恋人はのっぺらぼう!
崔 梨遙(再)
1話完結:1800字
僕は、深いため息を吐き出した。今日は引っ越し。住み慣れた1LDKのマンションから、8畳と4畳半のボロアパートへ。失業したのだから仕方が無い。とはいえ、ボロアパートを見る度にため息が出る。
最低限の荷物しか持ってこなかったので、引っ越しは午前中ですんだ。僕は、布団の中に潜り込んだ。今日は休むと決めていたのだ。すぐに睡魔が襲ってきた。
金縛りにあった。そういえば、この物件は事故物件だと聞かされていた。幽霊と同居するのもいいかもしれないと思えた。だって、家賃が1万5千円だったから。
ベッドの横に人の気配。僕はようやく言葉を発することが出来た。
「誰か知らんけど、金縛りを解いてくれ」
身体が急に楽になった。僕は横を向いた。赤い着物姿のお姉さんがフローリングの上に座っていた。座っているが、スレンダーでスタイルの良いことはわかる。
「いやいや、座布団使ったら? 足が痛いやろ?」
「私に、そんなに優しくしていいんですか?」
「アカンの?」
「これでも?」
女性が振り向いた。僕はドキッとして、それからホッとした。
彼女はのっぺらぼうだったのだ。良かった。僕は血が苦手だ。血まみれだったらどうしよう? などと思った。それと比べれば、血の出ていないのっぺらぼうなら気が楽だ。僕は心に余裕が出来た。
「のっぺらぼうでも女性やろ? 女性には親切にせなアカンねん」
「本気で言ってるんですか? みんな私を怖れて出て行くんですよ」
「何か悪いことするの?」
「いえ、家の中にいるだけですが」
「ほんなら無害やんか。あ、ベッド1つしか無いから使ってや。僕は床に毛布を敷いて寝るから」
「いやいや、そんなお気遣いわ」
「ええから、おやすみ」
朝、起きたらご飯、焼き魚、味噌汁の朝食が用意されていた。
「作ってくれたん?」
「はい、お口に合うかわかりませんが」
「いただきます! ……美味い! 美味すぎる!」
「良かったです」
「一人暮らしが長かったから、こんなまともな朝食は久しぶりや」
「良かったです」
「あれ、もしかして洗濯……?」
「干しています」
「部屋もピカピカになった気が……」
「掃除しました」
「お姉さん、僕のこと嫌とちゃうの?」
「出会ったばかりなので、まだなんとも。でも、第一印象はいいです」
「良かったら、同居してくれへん? こんなに素晴らしい女性、今時そうそうおらへんわ。なあ、アカンかな?」
「私は構いませんが、あなたは変わった人なのですね」
「僕、誠。お姉さんは?」
「淑乃です」
「ほな、一緒に暮らそうや。お互い、他に行く所も無いんやから」
「誠さん、お仕事は?」
「失業中。転職活動中やねん」
「それは大変ですね」
「まあ、淑乃さんくらいは養ってみせるから心配せんでもええよ」
「あの……」
「何? どうしたの?」
「私達、夜の営みは出来ないのでしょうか?」
「抱いてええの? ずっと我慢してたんやけど」
「私は、誠さんの妻になりたくなりました。誠さん、優しいから」
「うん、僕も淑乃さんと結婚したいと思ってたんや」
「私達、両想いだったんですね」
「じゃあ、今夜が初夜やで」
「あ、待ってください」
淑乃は手で顔を覆った。手を放すと、僕が1番好きな女性芸能人の顔がそこにあった。さすがに、僕も多少は動揺した。
「私、自分の顔は無いですが、誰かの顔になることは出来るんです。今夜はこの姿で抱いてください。その代わり、優しくしてくださいね、私、初めてですから」
好きな顔になってくれる、それはありがたい、いつも新鮮な気分になれる。だが、それでいいのだろうか? 僕はモヤモヤしていた。
「今日は誰の顔になりましょうか?」
「淑乃さんの素顔がいい」
「のっぺらぼうですよ」
「それが本来の淑乃さんなら、それでいい」
僕達は、のっぺらぼうの淑乃とも結ばれるようになった。外でデートもする。その時は、さすがに誰かの顔を作るのだが、僕達は幸せだった。
ところが、僕の就活が上手く行かない。僕は頭を抱え込んでしまった。そんな僕の目の前で、淑乃は四畳半の畳の床下を開けた。千両箱が入っていた。何百年もかけて貯めたものだという。僕はヒモになってしまった。
淑乃は言う。“今、私が幸せだからそれでいいの!” いい女房をもらったものだ。子供がのっぺらぼうになるかどうかだけが心配だ。まあ、のっぺらぼうでもいい、淑乃のように優しく育ってくれるなら。僕は淑乃のお腹を撫でた。
恋人はのっぺらぼう! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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