恋の人

 女は好きな人のことを思っていた。逆さまの硝子コップのなかに、妖精を閉じ込めた哀愁があった。恐怖があった。なにより酷いのは、この閉じ込めが哀愁ある妖精自身の自作であることだ。


 日もすこし窓からこぼれてきて、なお薄い影から覆われた部屋のなか。大人しく椅子へ腰かけて、女はひたすらに助けを求めた。恋愛が心臓を忙しくした。思うほど、なにもかも始められなかった。


 やがて女は痩せ衰えた。恋だけ肥えていった。現実は古びていくのに、恋愛だけはとても新鮮に生きていた。恋愛は女の亡くなってしまっても続いた。なんら遺品もなく続いた。


 ひたすら膨らんで、きっと誰の心にも、この女が一片ずつ宿っていく。しかしこの女が成就することはない。出会いが別れであり、妖精はコップを退かすとこの世の空気に堪えられない。


 ならなんで助けを求めたのか、しかし助けることが必ずしも命をつなぎとめるとは限らない。女は次第に衰退したけれど、けっきょく女はどこにでも残っていた。


 女のいた部屋はいまでも、暖かいものが射し込むのに、どこか薄暗いもので覆われている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヘルエットケット 外レ籤あみだ @hazurekujiamida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る