鴉の少年
木陰でベンチに座り休んでいる少年が、真上の金木犀の枝振りを眺めていた。咲いているオレンジの色が匂ってくる香りと似合いだった。
少年は、この木陰を気に入って、楽しんでいた。路面では、人が嵐のように駆けている。けれどここだけ静まっている。より臨場感のあるテレビのなかの細々といった印象が溢れている。
あるときひっくり返ったゴミ箱を漁っている鴉のいた。少年はその鴉の外面的な卑しさをもろともしない啄みが、なんだか美しく映った。鴉の後ろ姿が、どこか髪の長い女性の後ろ姿を思わせた。それで惹かれて追っかけてみたが、走ったせいか鴉のどこかしら去ってしまう。それも天高い届かないところなのだ。
それから少年は奔走して、鴉の追っかけた。真っ黒い羽根の手に入るばかりで、鴉そのものの捕まらない。そこでパンを家から持ってきて、気に入りのベンチからちぎて撒いた。すると現金にもたくさん集まってきて、パンだけ啄むと帰ったり、うろちょろしたり。いざ捕まえようと、ちょっと腰の浮かしただけ勘づいて散ってしまう。やはり見つめるばかり、届かない者であった。
されどそうやってやっているうち、諦めもつく。見ているだけ魅力のような気持ちにもなる。真っ黒な背を追っているのが楽しみとなった。パンのやって、しかし裏切られる心の落差が面白くなった。
やがて地域のなかで、少年のパンのため鴉の居着いて迷惑になった。もう金木犀の木陰から少年は撤退せざるえなくなる。だがみいられ禁じられたらば、人の欲はかきたつ。また少年の年頃からして、それまでで諦められるほど成熟した抑止力はもっていない。よって各地で、鴉へ餌やる少年が目撃されるようになる。
あるときふと少年がパンを持って、あの木陰を通ったとき、金木犀のあの匂いが懐かしくした。しかし鴉がかぁと鳴いて呼んでいた。すると懐かしいのも忘れて、通りすぎた。きっと少年は、この木陰へ腰をおちつけることは二度とない。戻れるだろうが戻ってくることはない。それは戻れないことと同じであった。
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