誰もいない家

タカナシ

誰もいない……

 これは私が本当に体験した冷や汗もののお話。


 私ことタカナシは介護の仕事をしています。

 それも施設とかではなく、実際にお宅に伺う、訪問介護という種類の仕事です。


 お宅にお邪魔するというのは色々なトラブルがあり、その中のひとつに孤独死している場合というのがあります。


 ある日、私が残業していると、一通の電話がありました。

 それは警察からで、「Aさんという方をご存じですか?」という内容。


 こちらのご利用されている方だった為、利用者様ですとお答えすると、その方の息子様が亡くなられたという内容でした。

 しかも2週間も前から。


 警察からは、それまでに会っていないかとか、何か不審なところは無かったかなど質問されましたが、一切会ったことも見たこともない相手のため、知らぬ存ぜぬで電話は終わりました。


 あとで聞いた話では死体の腐敗も激しく、本人かどうかの確認が取れなかった為、DNA鑑定もかけられたそうです。


 息子様は引きこもりとのことで私たちは一度も顔すら見たことのない間柄で、引きこもり故に変な家の使い方をしていました。


 そのご利用者様のA様は母屋を息子様が使い、A様は工場の休憩室くらいのサイズの同敷地内の別宅に住んでいました。別宅というか、もはや倉庫とか物置とかそんな感じです。


 訪問した際も息子様とはこちらは会うこともなく、介護を提供していました。


 ですが、その間も息子様は母屋にて亡くなっていたというのです。

 私たちは死体のある家の隣で何日も介護に勤しんでいたのです。


 息子様が亡くなってもご利用者様ご本人は生きている訳で介護が無ければ生活が立ち行かない。そのため、それ以降も訪問は続きました。


 もともとA様は転倒によって腰を強かに打ち付けた為、痛みによって歩けなくなっていたのですが、介護の甲斐もあってか開放に向かっていきました。


 そんなある日。


「おはようございます。K様よろし――」


 別宅の扉の前でノックをしながら声をかけようとしたのですが、その声は途中で中断します。

 何かが、何かが視界の隅で動いたのです。

 それも、誰もいないはずの母屋の方から。


 見間違いか、はたまた幽霊か、もしくは不審者?

 様々な憶測が脳裏を過りました。


 母屋の扉はなぜか開いており、再び、そこに影がぬっと現れました。


 見間違いではなかったのです!


 そして、その影と目が合いました。

 よろり。一歩こちらへと近づいてきます。

 顔立ちはA様に似ており、息子様の幽霊かと背筋がゾッとしたのを覚えています。

 そして、よろり、よろりとした足取りでこちらへと向かって来ると、幽霊なんて非科学的なものではなく、A様ご自身でした。


 幽霊でも不審者でもないとわかり、ホッと胸を撫でおろしましたが……。


 いや、歩行がかなり不安定な人が歩いとるっ!!

 玄関は段差もあるし、マズいっ!!


 介護士がいるところで転倒なんてシャレになりません。

 安全に暮らす為にいるのですから。


 私はすぐに母屋に入って、A様を支え、一緒に部屋にまで戻りました。

 部屋までは5メートルくらいとはいえ、よくここまで歩いたものです。


 転倒しなかったから良かったものの、冷や汗ものでした。ある意味では幽霊がのこのこ出てくれていた方がよほど安全でしたし、慌てることもなかったかなと思います。


 そんなA様は現在も健康にお過ごしです。

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誰もいない家 タカナシ @takanashi30

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