第0話第6章

エルム本社第一会議室は荘厳な雰囲気に包まれていた。それぞれを頂点とした三角形のような位置どりで巨大な机上に着席している3名。その背後に立って議会に参列するものが何名か。厳かな静寂の中で、席に着いた全身が白色の幼子が鼻歌混じりでガチャガチャとブロック遊びに興じる異質な光景が広がる。


「それでは、毎月恒例の三社会合を始めるとしようか」


芝居がかった言い方で立ち上がり、議場を取り仕切り始めたのは、短いブロンドヘアで糊が効いた白シャツとワンポイントの赤い蝶ネクタイを纏ったフォーマルな女性。

「例によって我がカドゥケウス社から定例報告をさせてもらおう」


死神業務のほか死界において多業種展開をする巨大企業・カドゥケウス社を取り仕切る才女・ヘルメスより、多岐にわたる事業成果が堂々と発表されていく。


分厚く印刷された資料を手に取りつつ、読み込むでもなく断片に視線を落としながら咥えた煙草に火をつける銀髪の女性は、短くまとめられたその髪によって右目が隠されている。ヘルメスによって読み上げられる成果を話半分に聞きつつ紫煙を燻らせるのは、エルム社の社長であるタナトスであった。


ヘルメスがインフラ事業において前月比10%増の売上を記録したと高らかに宣言する横で、タナトスは話を聞き流しつつ煙草の灰を灰皿へ落としていたが、その横でブロック遊びに熱中する幼子は聞いてもいなかった。約15分にわたりヘルメスの演説のような事業報告がなされると、

「我が社の報告は以上だ。続いてハデス社の報告を頼む」


誰も言葉を発さない時間が10秒は過ぎたのち、

「ハデス君、君の番だよ」と幼子へ視線を向けつつヘルメスが進行を促した。

ハデスと呼ばれた幼子は視線をブロックへ向けたまま「うん、いつも通り」とだけつぶやく。


「いつも通りで何よりだ」

それを気にすることなくヘルメスは着席すると、ハデス社から共有された1枚の用紙を手に取る。


「報告すべき事項はございません」

業務上の書類故に上下にテンプレートとして挿入される文言こそあれど、極めてシンプルにまとめられた報告のみがそこには記載されていた。


「それではエルム社、タナトス君。報告を頼むよ」

ハデス社の書類を一瞥し、議長が如く即座に次の話者へと話を振るヘルメス。

煙草の火を灰皿に軽く押しつけるようにして、その紫煙の元を絶ったタナトスと呼ばれた女性。一瞬だけ瞳を閉じ、淡々と事実だけを告げるように厳かに声を発した。


「執行宦1名殉職も問題なし。以上だ」


タナトスが読み上げた書類には、彼女が読み上げた以上の情報は書かれていなかった――。


■■■


五依のソファにロンは1人腰をかけてスマホゲームに興じている。スマホからは「ストライク!」と威勢のいい声が響くが、それ以外に事務所から鳴る音はない。


社長の御許は、あの日「本社にかけあってきます!」と珍しく怒気を込めつつ事務所を飛び出していき、しばらく不在の日々が続いていた。事務所のホワイトボードには、ロン:事務所待機と書かれ、机には書類が無造作に積まれたまま放置されている。


1週間が過ぎた頃。珍しく事務所の電話が鳴り、ロンが受話器を取ると、

「あ、ロンさんですか。粘りに粘って、やっと本社人事部と話ができましてね。事の重大さを捲し立てたら、なんとか補充人員を回してくれるそうですよ」

と言う御許からの着電であった。


「あー、よかったっすね。てか暇すぎるんで辞めていいすかね?」

だるそうにそう告げるロンに受話器越しから慌てたような声が響く。

「いやいや、いまうちにはロンさんしか死神執行宦が居ないんですから! 事務所に居てくれればゲームしてても時給を出しますから、補充人員がくるまでバイト続けてもらえませんかね?」

「まー、そういうことなら……」


そこからさらに1週間、現在に至るまで事務所でゲームをしているだけで時給をもらう簡単な仕事をこなすロンであった。


「てかレベルもカンストしたし、野球で100対0とかつまんな……」

そう独り言ちてスマホをソファの上に投げ捨てるロン。勤務時間が終わるまで昼寝でもしようかとあくびをした時だった。事務所のチャイムが鳴り響く音が聞こえ、眠気を堪えながら音の出所である玄関を目指す。


「ふぁーい、どちらさまですかー」

あくびをこらえるでもなく、その口元を開けっぴろげにしながら古びた磨りガラスの付いた扉を開けると、

「……ELM本社所属死神執行宦のクロウです。本日付でこちらに出向ということで」

赤いコートのフードを被り、無表情でそう告げた少女がそこに立っていた。喋り終わると、その口元は小刻みに動いておりガムを噛んでいることが窺えた。

(うわぁ、コミュ障くせぇ……)


と、ロンが思った同刻。五依前に停められた車両に載った黒縁眼鏡をして大きな獣耳を垂れ下げた少女と、事務所を見上げる白スーツで白い長髪を靡かせた少女。

「こ、ここで良いはずですよね……きっと……!」

「ここが出向先か。へぇ、思ったより汚いね!」


今にも雨が降りそうな空の下、五依と呼ばれるその場所に死神執行宦の少女4人が集ったのだった――。

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『少女死神執行宦』第0話「0=-1+1」 かとう@A²機関 @sss_a2system

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