悪魔株式会社

@MK_desu_

第1話

「縄は用意した。あとは覚悟だけだ。」


アパートの一室で、男はボサボサの髪をかきながら呟いた。これまで幾度も自殺を試みたが、すべて未遂に終わった。死ぬ意思はあったのに、いざとなるとためらってしまう。まだ生への未練があるのだろうか?


いや、そんなものは残っていない。この世にはもううんざりだ。


「さあ、死ぬか。」


男が縄に首をかけたその瞬間だった。


「ちょっと待ちな。」


男はその声の方向に目を向けた。それはこの世のものとは思えないほどおぞましい姿だった。まるで悪魔のような…。


「そうさ、俺は悪魔だ。」


心の声が漏れている?男は口を開けたまま凍りついた。


「これで俺がただ者ではないことが分かるだろう?」


「一体、悪魔が何をしに来たんだ!?」


悪魔は薄ら笑いを浮かべた。


「取引をしないか?貴様の望むものを与えてやる代わりに、貴様の寿命を半分頂く。先ほどまで貴様の様子を見ていたが、死ぬつもりだったんだろう?だったら断る理由はないはずだ。」


「だったら、俺を社長にしてくれ。」


男は間髪を入れずに言った。


「良かろう。ただ、なぜ社長になりたいんだ?金が欲しければ、大金を望めばよいだろう?」


先ほどとは異なり、男は少し躊躇したが、やがて口を開いた。


「今はニートだが、もともとはサラリーマンだった。その時は一生懸命仕事をした。でも、俺は不器用で、仕事が全然うまくいかなかった。周りにどんどん追い越されて、二つ下の後輩にもだ。直接は言われなかったが、陰で馬鹿にされて、それで鬱になり、休職して、そして辞めたんだ。」


男は震える身体を抑えながら話を続けた。


「だから、俺は社長になって、これまで馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい。俺でも偉くなれるんだぞって。」


男は涙を流した。これまでの悩みや苦しみを初めて口にしたことで、塞ぎ込んでいた感情が解放されたのだろうか。


「わかった。では、お前を社長にしてやる。ただし、少し時間がかかるから待っていろ。」


そう言うと、悪魔は姿を消した。


残された男は、泣き疲れたのか、身体を横たえた。疲れによるものか、それとも社長になれるという喜びからだろうか?男の心は安堵に包まれていた。


「さてと。」


悪魔もまた安堵に包まれていた。実は、この悪魔も男と同じ境遇だったのだ。これまで幾度も人間との契約に失敗し、周囲から馬鹿にされてきた。しかし、男とは違い、ついに契約に成功したのだ。


「やっとあいつらを見返すことができる!」


だが、その喜びも束の間、悪魔の顔は曇った。


「困ったな。人間を社長にする方法が分からん。」


一般的に悪魔は魔法が使えるが、その能力には限界がある。この悪魔は下級悪魔なため、使える魔法も限られていた。


悪魔は仕方なく他の悪魔に相談した。しかし、どの悪魔も返事は同じだった。


「お前程度では、そんな魔法は使えない。」


どうしたらいいものか。他の悪魔に願いを代行してもらうことは禁止されている。


「こうなったら…。」


悪魔は長い間使っていなかったスーツを手に取った。




「では、弊社を志望した理由を教えてください。」


「御社を志望したのは…。」


悪魔が考えた末にとった行動は、自分が社長になることだった。しかし、悪魔にはビジネスのスキルがなかったため、まずは会社員として働くことにした。


だが、会社員として働くのは簡単ではなかった。


人間界のルールがわからず、失敗の日々が続いた。上司に何時間も説教され、心が折れそうになる日もあった。しかし、悪魔はへこたれなかった。目の前には、契約という名の人参がぶら下がっているからだ。


その異常なまでにへこたれない姿勢に、上司のパワハラも次第に収まり、同僚からも応援されるようになった。


少しずつではあったが、悪魔は成長していった。その努力が実を結び、会社内で異例の昇進を続けていった。




そして、悪魔は会社を去り、次の目標として会社を設立することにした。


これまで培ったスキルをもとに、悪魔は新たな会社を立ち上げた。設立後も苦難は続いたが、持ち前のへこたれない精神により、次々と困難を乗り越えていった。



「では、本日の役員会議はここまでにしよう。」


悪魔は社長室に戻り、コーヒーを一口飲んだ。デスクには「悪魔株式会社」と書かれたプレートが置かれている。


悪魔はついに社長の座を手に入れたのだ。


「さて、ついにこの時が来たな。」


悪魔は男のもとに向かった。


一方、男の人生は悪魔との出会いを境に色彩を取り戻していた。早く社長になりたいという思いを胸に、生きてきた。


「待たせたな。」


男は前と同じように視線を傾けた。


「やっと来たな。」


男は興奮しながら、悪魔の言葉を待った。


「じゃあ、早速だが、俺を社長にしてくれ。」


しかし、悪魔の返事は予想外のものだった。


「断る。」


男は目を大きく見開き、口を開けた。


「えっ、どういうこと?」


悪魔は一瞬、下を向いたが、今度はそのまま、真っ直ぐ男を見つめた。


「あれから考えたが、俺は悪魔として生きるよりも、社長として生きた方が幸せだと気づいた。」




「だから、契約は破棄だ。」



悪魔はそう言うと、そのまま姿を消した。


残された男は叫んだ。


「ふざけるな!社長になれると思って待ち続けたのに。ニートの俺がどうやって生きていけばいいんだよ!」


男は絶望の中、仕方なしに携帯をいじりながら横たわった。


その時、ふと目に入ったのは、今までなかった一通の封筒だった。


「なんだこれ?」


中身を開けると、そこには内定通知書と採用関係の書類が入っていた。


「悪魔株式会社?」


男はネットで検索してみた。どうやら、そこそこ大きな会社らしい。しかも、社員の評判も良く、完全なホワイト企業だ。


「仕方ねぇな。」


男は長い間使っていなかったスーツを手に取り、久しぶりに外へ出た。太陽が眩しく照り輝いていたが、男にとってその光はもはや苦痛ではなかった。

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