魔法を使えないまま『まほうつかい』になってしまった俺が転生するまで

奈火

魔法を使えないまま『まほうつかい』になってしまった俺が転生するまで


 ──はぁーっ!せいっ!ふっ!ふっ!やっ!とりゃあ!……エクスカリバー!──


 自宅警備員兼世界を救う英雄の俺は、液晶の奥から聞こえてくる掛け声に合わせてひたすらにキーボードを打っていた。

 部屋のカーテンは締め切られ、机の上には空のペットボトル、足元には脱ぎっぱなしの靴下が散乱している。この部屋に明かりがあるとすればそれは目の前のパソコンから溢れ出るブルーライトだけ。

 そんな部屋で何をしているかだって?……そんなことたった一つしかないだろう、レベル上げだ。


 昨日俺は一つレベルアップして30レベを迎えたばかりだった。

 喜ばしいのはそれだけじゃない、長くに渡り俺を苦しめて来た不名誉な称号……社会の底辺であるニートからジョブチェンジしまほうつかいになったのだ。


「…………はぁ」


 知ってる、わかってるよ。

 現実逃避をしても俺のジョブはニートのままだし、まほうつかいだってこの世界じゃ蔑称だ。

 魔法も使えないまほうつかいだなんて笑えるだろ?

 そんな笑い者に俺は昨日、30歳の誕生日を迎えてなっちまったのさ。


「なんでこうなっちまったかなぁ……」


 もちろん俺だって好きでこんな風になったわけじゃない。

 子供の頃は仮面ライダーに憧れ、漫画の主人公に憧れ、クラスメイトとヒーローごっこをして遊んでいた。

 自慢じゃないが結構強かったんだぜ?

 剣道を習っていたクラスメイトにだってチャンバラでは一度も負けなかった。鬼ごっこでクラスの全員を墓地送りにしたことだってある。

 いま思えばここが人生で最大の山場だった。


 中学に入っても俺は小学校からの友人と変わらずヒーローごっこをやっていた。

 そうだな、中二に上がるまではやっていたはずだ。

 中二の春、体調不良で早退した日のことだ。小児がんと診断された。

 その日から俺の人生は軋むような音を立て始めた。

 

 学校にはロクに通えなかったが、何度か入退院を繰り返し俺のがんは完治した。

 闘病は大変だったが悪いものではなかった。

 父さんは励ましてくれるし、母さんは……泣いてたけど。そのおかげで俺は頑張れたからだ。


 母さんの許可を得て、俺は高一の秋から再び学校へ通い始めた。

 久しぶりの登校はそりゃあ胸が躍ったさ。だけどそれも教室に入るまで。

 2年と5ヶ月という時の流れが俺に牙を剥いて来やがったんだ……まるで異国の地に来たようだった。


 クラスのみんなが何を話しているのか、何もわからなかった。いやもちろん発音はわかる、文章である事もわかる。

 ただ意味がわからなかった。


 目まぐるしく変わる会話の流れに振り落とされ、既に出来ているグループの輪を見て悟ったんだ。

 ここにはもう俺とヒーローごっこをしてくれる人はいないことを。


 ──その日、俺の人生は音を立てて崩れ落ちた。


 その後は簡単だ。

 教室の隅を陣取り、たまに話しかけられる異国の言葉に適当な相槌を打ってやり過ごす。

 話しかけられないように受験勉強に励むフリをした。

 な?簡単な話だろ?


 フリとは言え勉強していた甲斐があり中の中、ザ普通と言える大学に入る事が出来た。

 俺は気付けば見知らぬ森の中に立っていた。

 ビックリするだろ?でもそれだけじゃなかったんだ。

 見知らぬ森には時折人が来るんだ。

 それも挨拶をしてくれる。だから俺も返事をするだろ?そしたら俺を置いて森を抜けて行ってしまうんだ。……俺にはわからない異国の言葉を喋って。


 その頃、俺はゲームと出会ったんだ。


 一瞬でハマったよ。なんせ久しぶりに俺のわかる言葉だったからな。

 毎日剣を振り、魔法を唱えた。

 強大なボスだって倒せたし、世界だって救えた。

 いつしか俺は一日のほとんどの時間をゲームに費やすようになった。


 そんな俺を父さんと母さんは心配したんだ。

 なんでもいいから外に出て日の光を浴びなさい、食事は3食摂りなさい、バイトでもいいから働きなさい。

 口うるさいと思っただろ?でもそれは俺にもわかる言葉だった。

 だから素直に従った。俺でも出来る仕事を探した。


 辿り着いたのは工場だった。

 単純作業の繰り返しで人と喋ることも少ない。たまにかけられる言葉と言えば『うぃ』や『おつかれ』と言ったほぼ鳴き声と同等の短い単語だった。

 

 俺にとってはまさしく天職だったと思う。

 なんせパソコンに張り付いてレベリングするのとほとんど変わらない、俺は工場の勇者になった。


 2年が過ぎた頃、工場が潰れた。

 工場長が何やら頭を下げていたが、俺の耳は異国の言葉を受け付けなかった。

 晴れて俺はゲームの世界に戻ってきた。


 久しぶりのゲーム三昧に俺は舞い踊った。

 上がるレベルの量、ボスを倒せる回数、ランキングの順位。

 ……どれも桁違いだった。


 再び俺はゲームにどハマりした。

 ペットボトルを用意して一日52時間ぶっ続けでやったこともある。

 この頃の俺は世捨て人になれば全て丸く収まると思っていた。

 社会に適合出来ず、足元を見なければロクに歩けやしない。

 そんな俺は自分だけの楽園に閉じこもる事が最善だと本気で思っていた。

  

 そんな生活をしていれば心配もさせるわけで。

 毎日父さんと母さんが扉の前に交互に来るんだ……謝りに。

 わけがわからなかった。悪いのは部屋から出ずにゲームばかりやっている俺で、親の買って来た冷凍食品を食い漁ってる俺で。

 ……悪いのは全部俺のはずだったんだ。


 初めて俺は異国の言葉を聞きたいと思ったよ。



 ある日からぱたりと親が来なくなった。

 最初は喜んだ、やっと辞めてくれたのかってやっとわかってくれたのかって。

 しかし名前を叫んでみても、部屋から出てみてもその姿が見つからなかった。


 その行方を知ったのはたまたま家に入っていた留守電を聞いた時だ。

 ……父さんと母さんが死んだ。


 二人は俺が存在も知らない流行り病で命を落としていた。

 『移したら悪いから』……二人は最後まで謝っていた。


 その日、俺の理想の楽園は地獄の棺桶になった。



 その後のことはあまり覚えていない、ブルーライトすらモノクロに見えたし、カップヌードルすら味がしなかった。

 ただ一つ、気付いたことだけは今でも鮮明に覚えている。


 俺が働いて来た工場も、人生を費やしたレベリングも。

 ……俺じゃなくてもいい単調な作業ばかりだった。


 ロボットの手を借りれば俺は工場の勇者じゃなくなるだろう、マクロを組めば部屋に入らずともレベルが上がるだろう。


 今の俺は勇者でもなく英雄でもないただのニートだった。





──ふっ!ふっ!エアリアル!ふっ!ふっ!インパクト!──


「ほんと……なにやってるんだろうなぁ」


 回避、回避、詠唱。回避、回避、詠唱。一日中変わらない動きで淡々と狩るだけ。

 一連の動作を一度も間違えることなく行うその正確さは、皮肉にも俺をロボットやマクロの類いに近づけるものだった。


 不意に視界の隅にメッセージが届いていることに気付いた。

 いつもの俺なら一瞬開いて速攻で消すが、今は気分的に読んでみたくなった。


「『同窓会のお知らせ 3-A』……なんで今更俺のとこに?」


 異国からの招待状に俺は首を傾げる。

 もう10年以上も前だ、俺は差出人の名前にも出席者の名前にも覚えがなかった。

 どうせ一括送信で送られて来たとかそんなところだろう。


「悪いけどゴミ箱に──は?」


 俺の手を止めたのはメールの最後。

 俺の名前を添えて話が聞きたいなんて旨が書いてあった。


 決してチョロくない。チョロいわけではないがどうせ1レベル分にも満たない時間で終わる。

 出席にチェックを入れ送った。


 それにしても同窓会かぁ……もう何年も外出てないし着ていける服がない。それどころか伸びっぱなしの髪と髭もなんとかしないといけない。

 

 再び視界の隅にメッセージが届いた。


「『おう来てくれるんか!?たっぷり話聞かせーや!待っちょるで!』……ちょる?」


 差出人の名前は相変わらず思い出せないがその特徴的な口調に覚えがあった。


 確か二つ前の席に居た……そうだ、アフロだ!

 

 アフロの彼は異国語を使うが隠しきれないちょるだけが強く印象に残っている。

 俺が一人でいるとどこからともなくやって来て話しかけて来るんだ。


 何を言っているかはわからなかったから適当にちょるってオウム返ししたら何故だかよく俺のところに来るようになったんだっけ。


 なんだ?意外と覚えてるぞ?名前を聞いてもわからない他の奴らも会えばわかるかもしれない。

 そう考えると生えて来たタスクにも前向きになれるってものだ。

 よれよれの服と靴下に財布という最低限の装備で俺はキリッと決めた。


「よし……行くか」


 俺は一日に数度しか開けない扉を開け、すっかりキツくなった靴に気合いで足を捻じ込み、立ちくらみも気にせずもう数年もまともに開いていなかった扉を開け放った。


 灰色の雲に生ぬるい風、なんとも言えないジメジメとした空気だ。

 なぜこうも俺を迎えるのは気持ちの良くない……言ってしまえば地味ーな天気なのか。


 



 道中、アフロ君のことを考えていたら思い出した事がある。

 意外にもアフロ君以外のクラスメイトにも構われていたという事だ。


 俺はアフロ君を始め、話しかけてくる全てのクラスメイトに適当な返しをし、距離が近くなれば用事を装って距離を取る。

 恐らく俺がわからなかっただけで何かに誘われたこともあるだろう。

 その全てを邪険にし壁を作っていたはずだ。

 付き合いも悪ければ愛想も悪い。そんな俺に何故話しかけ続けたのだろうか。

 ……アフロ君は何故、毎年熱心にこんな俺を誘っていたのだろうか。


 それは俺にはわからない事だが、少しだけ願望が入ってもいいのなら。


 ……それは『やさしさ』じゃないのか?


 クラスに馴染めていない俺に話を振り、何かに誘い、付き合いも悪く今では連絡すら取れない俺に何年もメールを飛ばす。

 やさしさでなければなんだと言うのか。


 俺の頭には父さんと母さんが思い浮かんだ。

 病気にかかったからか過保護気味で口うるさいけど、どれも俺を思っての事だった。


 クラスのみんなも一緒じゃないのか?

 こちらが鬱陶しがってもクラスから浮きすぎないように、拒絶されると分かっていても話を振ってくる。

 これも俺を思ってのことじゃないのか?


 だったら日本語俺のわかる言葉だろうが異国語俺のわからない言葉だろうが関係ないだろ?

 俺はクラスのみんなにもう大丈夫だって、立派なまほうつかいになったよと胸を張って言いたい。

 もう気遣われるだけの人生は懲り懲りだ……!


 気持ちを新たに顔を上げた時、不意に公園からボールを追って飛び出してくるこどもの姿が見えた。

 ゲームが鍛えた俺の周辺視野は、視界の片隅にある赤信号をしっかりと認識した。


 危ないと叫ぼうとしたその時。

 ──何かが破裂する音が聞こえた。

 

 再発。頭によぎるその二文字を振り払う。完治はした、そんなはずはない。

 しかし同時にこうも思った。定期検診にはもう何年も行っていない、ゲーム中心の生活は不摂生の塊。何があってもおかしくないと。


 子供に伸ばしたはずの手は届くことなく空を切り、もつれるように地面に倒れ込んだ。

 

 体が思うように動かない。くそっ!だれか!


 突然もがき苦しみ出す俺を見て、幸か不幸かこどもは赤信号から距離を取った。

 ……それは俺の死を意味していた。


 ごめんよ母さん、俺母さんみたいなやさしい人になれなかった。

 ごめんよ父さん、俺父さんみたいにかっこいい人になれなかった。

 ごめんよアフロ君。折角誘ってくれたのにドタキャンみたいになっちゃって。

 

 死にかけの今だから言うけど、俺ほんとはずっと誰かに話を聞いて欲しかったんだ。

 すごいだろ俺の人生こんなに不幸なんだぜって、俺はこれから先どうすればいいんだって。


「なあアフロ君。俺がもし、ヒーローになりたいって言ったら笑うか……?」


 30の大人が言うには遅すぎる子供じみた夢。でもきっとみんなはやさしいから笑い飛ばしてくれるんだろ?

 だったらこれも笑い飛ばしてくれよ。


「だれ、か……俺とヒーロー……ごっこ、しようぜ…………」


 なあ神様、頼むよ。今やっといいとこなんだよ……終わらせないでくれよ、助けてくれよ。

 

 思えば何もかも遅かった。がんの発見も、何もかも。

 2年5ヶ月のハンデを引き摺るべきじゃなかった。変わることを拒絶するべきじゃなかった。

 もっと早く、みんなのやさしさに気付きたかった……!


「ごめ……ん、みんなの……言葉……ぜんぜ、んおぼえ……て……ないんだ…………」


 あー、もっとちゃんとみんなの言葉に耳を傾けておけばよかった。

 俺いやだよ、覚えてる言葉がちょるだけだなんて。


 なあ神様。なんで今なんだ?セーブポイントまであと少しだったはずだろ?

 俺のこと嫌いなのか?


 なあ、答えてくれよ。

 俺はこの世界にとってのがんなのか?


 ……どうせ答えてくれないんだろ?だったら自分に聞くよ。

 

 俺がもし本当に立派なまほうつかいって言うなら、その魔法とやらで作ってみせろよ。


「にど……め、の…………ちゃ……んす…………を……!」

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