【短編】【不定期連載】神様に100万時間ゴネました。ヒャッハーな男と元飼い猫が巡る異世界珍道中 ~目指すはスローライフだが、転生先が暴力に満ちすぎていてヤバイ~

つくもいつき

第1話 ディーという男


 ある日、女神との果てしなく長い問答の末に、多くの転生特典を受け取った男がいた。

 男の名はディー。



 転生の間を出る直前、ディーは前世で死んで以来長い付き合いとなった女神に、別れの言葉を告げた。



 女神は泣き疲れており、ディーに向かって「もう顔見たくない……」とこぼした。



 ディーは100万時間に及ぶ討論のことを思い出し、感慨深さから涙をこぼした。

 


「また、お会いしましょう」とディーは女神に言った。



 女神は驚いて、肩を跳ね上げた。

 首を横に振り、涙目で女神はディーに訴えかける。



 別れが惜しまれていると思い、ディーは胸がはりさけそうになった。

 次の人生が終わったときに、必ずここに舞い戻ることをディーは固く決意する。



 深々と頭を下げ、ディーは転生の間から次元のはざまに飛び込む。

 新世界へ、ディーは降り立った。





「ヒャッハー! 活きのいい村人だーっ!!! かかれーっ!!」

 


 ボディペイントを塗り、肩アーマーにビキニ姿で武装した女の無法者たちがサリエル村の住人達に襲い掛かった。



「うわぁあああああ!?」



「おかーさん、おとーさーん!!」



 逃げ惑う住人。馬に乗った無法者たちに男や子供はひっ捕らえられ、反抗する女たちは無法者に次々と殺されていく。



 無法者の女リーダー、エセル・タンニーンは馬上で腕を組みながらその光景を眺めていた。



「反抗的な大人の女は見せしめに殺せ! 他の女と若い男と子供はひっ捕らえて売り飛ばす! 馬車に詰め込めそうになかったら年寄りから間引け! 顔のいい男は我々の棒奴隷にしてやる! 暴れつくせお前ら!!」



「おおーっ!!」



 小一時間ほどの競り合いが終わり、村は壊滅状態に陥った。



 エセルは馬から降りてサリエル村内を歩き回る。

 死んだ女戦士の遺体にすがりつく女児を、エセルは仲間の無法者たちと囲んでは笑い飛ばした。



「はっはっは、お前の母親は抵抗するから死んだんだ! おい、誰かこの女のレベルは聞いたか!?」



「へい、レベル2とか勇んでました!」



「はっはっは、村の守衛にしちゃやるじゃないか! だが無意味だったなぁ!」



 おもむろにエセルは遺体に近づいて蹴り飛ばす。

 遺体にすがりついていた女児は大声をあげて泣き喚いた。

 その声を聞いて、エセルは高笑いをあげる。



「ああ、いい声音だ。おい! この子供も馬車に詰め込んどけ!」



「はい、おかしら!」



 馬車に木の枷をはめた奴隷たちを無法者たちは詰め込む。

 無法者たちがいよいよ村を発とうとしたとき、街道に外套を羽織った人間が一人現れた。



 黒髪の男であった。

 エセルは馬上から目を凝らして黒髪の男を見やる。

  


 男は勢いよく走り出す。

 無法者たちの間に緊張が走った。

 エセルは取り乱さずに、冷静に指示を出した。



「おい! あの男を射ろ!」



「へっ、へい!」



 無数の矢が男へ降りかかる。

 矢の雨が男にあたることはなかった。



「なにぃっ!?」



 男は大きく跳躍し、空中で外套を振り回す。

 男は外套で降りかかる矢を弾いて見せた。

 


 そのまま、エセルの前に着地。

 尋常ではない身体能力を目の当たりにし、エセルは息をのんだ。



「な、何者だ!?」



「初めまして、エセル・タンニーンさん。僕は、ディーと言います」



 エセルは驚愕する。自分のことを知っているのかと、エセルは焦りを覚えた。



 ディーと名乗った男は、男にしては筋骨隆々で、落ち着きがあった。

 この世界の男はレベルが上がりづらく、押しなべて女より弱い。

 大概がレベル1のまま一生を過ごし、女の尻に敷かれて生きる。

 


 だが、目の前のディーからは、レベル1の弱弱しさを感じない。ディーの体は魅力的な肉付きをしていた。

 エセルの頬に一筋の汗が垂れた。



「な、なぜ私の名を知っている!?」



「ふふふ、秘密です。……みなさんは、この村を襲ったばかりと見ました。あってますか?」



「そ、それがどうした!?」



「ああ、よかった!」



 ディーが半身を傾け、拳を突き出す。

 ディーを取り囲む無法者たちが、緊張する。無法者たちは一斉に身構えた。



「僕は暴力を振りかざす奴をブチのめすのが夢でしてね」



 エセルの両隣の無法者たちが馬上から同時・・に落ちた。

 彼女らの胸には拳のような跡が残っている。



 何をされた? 確かめる間もないまま、エセルはディーが大きく跳躍したのを見た。



「おかげさまで夢が叶いました!」


「や、やれえ!」



 エセルの号令は空しく村内に響き渡る。

 一陣の風が吹き、エセルが気が付いた時には、一人二人と次々と配下の無法者たちが吹き飛んでいた。



 そして、エセル自身も、意識が途切れた。





「ありがとうござます、……なんとお礼をすればよいか」



 エセルが目を覚ますと、縄で縛られて無法者の仲間たちと一緒に地面に転がされていた。



 エセルは目の前で女村長と話すディーを見つめる。

 ディーの肩には白い猫が乗っかっており、猫はディーと共に神妙に話を聞いていた。



「いえいえ! 趣味と実益を兼ねてのことです! 大した事ありませんよ!」



「おお……、なんて聖人でしょうか……。あなたこそは、女神様の御使いに違いない……」



「確かに! 御使いと言えば、御使いでしょうね。僕は『女神の祝福』を得てますし、女神様から色々いただいていますから」



 ディーが胡散臭いことを言い出し、エセルは吹き出しそうになる。

 何が御使いだ。男のくせに。そうエセルが思っていると、とてつもなく巨大な影が村に影を落とした。



 村人たちが青ざめている。

 エセルも身じろぎして天を見上げた。



 人生の終わりを予期し、エセルは白目を剥きそうになった。



「れれれれれ、レッドドラゴン……ッ!!!???」



「ど、どうしてこんなところに……っ!?」



「私たちがなにしたって、言うのよ……っ!!」



「おかーさん、おとーさん……」



 巨大な赤い竜が、村の上空に姿を現した。

 この大陸では頻繁に、人間の集落に魔物が襲い掛かることがあった。

 レッドドラゴンはレベル6に相当する魔物で、国を亡ぼすと言われるほどの災害指定の魔物となっていた。



 村人たちがざわめく。死を間近にし、村人たちは地面に膝をついた。両手を合わせて、天に祈る。



 ただ一人、ディーだけが冷静に空を見つめていた。



「まったく……どいつもこいつも……! この世界は危険ばかり……! 人々の生活に余裕がなく、文化レベルが低いのも当然か……! 文化レベル向上後に夢の隠居生活を送るには、社会全体への教育的指導がやはり不可欠……!」



 ぶつぶつとディーが独り言を言う。

 


 胸の前で手を合わせて、ディーが言葉を紡ぎ始めた。



「――ス・スアー・ラ・ディ・テニ、終焉せし星の運命……! 高らかに歌え輝きの空! 天にまします我らが母よ、狂える破滅の光を解き放て!!」



 言葉と共に空が暗くなり、稲妻がほとばしる。地面が振動を始めた。



「な、な、なにをなさるつもりで御使い様!?」



「いやー全然大したことじゃないですよ! あれを消し飛ばすだけです!」



「あれをぉ!?」



「はい! 僕はね、暴力を振りかざす奴をブチのめすのが大好きなんです! あのトカゲはこっちをなーめ腐ってる! だったらやることは一つ! ブチのめすしかないでしょ!!?」



「み、御使い様、村が、村そのものがぁ!!!?」



「大丈夫です、後で治し・・ますから!!」



 レッドドラゴンが、硬直する。焦りからか、ブレスを吐き出した。

 レッドドラゴンが吐き出した炎はディーが生み出した力場に防がれる。



「はーっはっはっは! アホがもう遅い! 消し飛べ! 『星光の交響曲スターライト・シンフォニー!!』



 ディーが力を開放する。

 太陽が消え、辺りが昼にもかかわらず、黒一色になる。

 そして星のきらめきが輝きを放ち、レッドドラゴンへと降り注いだ。


 

 村人たち、無法者たちはのちに語る。

 黒の魔人が降臨したと。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



本作品を一読下さりありがとうございます!


・不定期連載作品となります。

・拙作「腕力逆転世界転生記 ~主人公の代わりに主人公する羽目になったモブの記録~」と世界観を共有しています。




・続きが気になりましたら、応援、☆評価等いただけたらと思います。

 参考にいたします。



つくもいつき


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