ホラー短編練習場

紅鮭くわえたドラ猫

おーい、そこの君、ちょっと話をしていかないか?

 そう、君だ、そこの暇そうな君だとも。

 是非話をして行こうじゃないか。


 ん? ああ、急に話しかけてきた人間の言うことなんか信じられないかもしれないけど、怪しい者じゃないんだ。


 え? 宗教勧誘!? まさか! 僕はなんの神も信じてないよ、神社巡りは好きだけどね。


 マスクをつけてるのが胡散臭いだって!? 僕だってこんな暑い日につけたかないわこんなモン!


 これは単純に体の弱い同居人が居るから伝染病を拾わないようにだね…いや、そんな話はいいんだ。

 …わかったわかった、理由から話そう。


 僕の家は今エアコンがぶっ壊れててね、正直言うと外の方が風がある分まだマシってくらい暑いんだ。

 それで特に用もなく外をぶらつかされる羽目になってね、最初のうちはまだ良かったんだけど、ドンドン退屈になってきちゃったからさ、こんな通りすがりの話でも聞いてくれそうな顔してた君に声をかけたって訳さ。

 …という訳で君に金銭的な損失を負わせる気はさっぱり、これっぽっちも無いし、君が望むなら喫茶店でコーヒーくらいは奢ってあげたって構わないんだぜ?


 何か混ぜられそうだから要らない? 案外警戒心が強いな君は。

 よろしい、じゃあ立ち話もなんだし、そこのベンチで話そうか。


 話のジャンル? そりゃあこんな暑い日の夕方だぜ? 話す事は決まってるだろう?

 当然、ホラーだよ。

 僕はエアコンが壊れたからここに居るんだ、気持ちだけだって涼みたいじゃないか。

 さ、じゃあ定番の始め方で行かせて貰おうかな。


 ”これは昔、僕がとある紳士から聞いた話なんだが…”

 ────────────

「いや…流石に怪しすぎるでしょ」


 青年がつまみ上げた物を眺めて苦笑した。

 真っ白な裏面と、それと対極にごちゃごちゃとカラフルに様々な文字や絵が書き込まれた表面。

 極めつけにはババーン!という効果音が鳴りそうな程に大きく書かれ、ギザギザの吹き出しに彩られて、中央にドンと居座るカラフルな見出し。

 …そう、青年が泊まるホテルの部屋に舞い込んできたソレは、どうしようもない程にチラシであった。

 チラシは当然紙である。

 窓を開けて眠っていた彼の部屋に、風に吹かれて入り込む事が不自然とまでは言いきれまい。

 だが、そうなると青年は何故「怪しすぎる」とまで言ったのか。


「新興宗教すぎるよこれ、もしくはかなりヤバい土着信仰」


 その原因こそが、件の”見出し”である。

 それにはこう書かれていた。


『不老不死の祠!お参りして不老不死になろう!』


 最早怪しいどころの騒ぎではない、ここまで怪しいと一周回って怪しくないように思えてくる程だ。

 青年は少し面白くなってきて、つい記事の部分にも目を通してしまった。

 祠に祀られている神の”来歴””姿”、そして”権能”、無駄に詳しく書かれたそれらを、青年は笑いながら読んでいく。

 詳細とは言っても所詮はチラシ、5分もしないうちに青年は遂に最後の記述へと辿り着いた。

 ”最後の記述”は、その『祠』があるであろう場所の地図であった。

 これもまた、こんな怪しい物体には有るまじき事に、星のマークで位置を示されている。


「へぇ、案外近いんだな」


 ”どうせきままな一人旅、温泉に入る以外に予定も無いし、ちょっと行ってみてもいいか”


 そんな気持ちが青年の中に湧き起こる。

 だが、当然ながら青年はこうも考えた。


 ”もしこれが『危ない集会』のような何かだったとしたら、自分の身が危険だ”


 しばらく熟考した彼は、ひとまずこのチラシを持ってホテルの受付に向かう事にした。

 何せここは年間数百万人は観光客が来る全国的にも有名な観光地である。

 もし寂れた田舎村なら、村ぐるみでナニカを信仰しているという事も有り得ようが、流石にこの規模の町ではそんな事はできない。

 そして、このチラシが危ない集団の物ならば、近づくべきでは無い物として住民には当然周知されているだろう。

 つまり、近隣住民であろうこのホテルのスタッフに話を聞けば、行っても問題ないかわかるはずだ。

 実際にそうかはともかく、青年はそう考えて、チラシを持ったままエレベーターで階下に降りる。


「すみません、窓を開けていたらこのチラシが飛んで来たんですが…」


 青年は1階に降りてすぐ、ホテルのサービスカウンターへと向かい、チラシを差し出した。

 立っていたスタッフは特に躊躇う事無くそれを受け取り、一瞥するとまた青年に向き直る。


「窓からとは…珍しい事もあるものですね。

 それで、こちらが如何なさいましたか? 」


「え? いや、如何と言われると困りますが…その、このチラシに載ってる祠をご存知無いかなぁと思いまして…」


「はぁ、祠ですか…」


 先程はチラりと見ただけだったチラシを改めて確認し始めるスタッフを見て、青年は内心当惑する。

 スタッフはとぼけるでも嫌悪感を示すでもなく、終始ただ不思議そうな様子のみ見せていた。

 つまり”こんなに目立ちそうなチラシ”を、”ホテルの一室に飛び込んでくるほど”貼っているにも関わらず、このスタッフは一切知らないのだ。

 これはどう考えても異様な事であった。

 動揺する青年を目の前にしながらも、スタッフは淡々と仕事を進める。

 チラシと手もとの地図を照合して首を捻り、幾らかのパンフレットを取り出して眺め、そしてまた首を捻り、最後にどこかに電話をかけて少し話した後、難しい顔をしながら電話を切る。

 一連の動作を終えて、スタッフは再び青年の方へと顔を向けた。


「申し訳ございませんが、私共はこちらの祠を存じ上げません。

 地図で示されている場所自体は概ね見当がつきますので、向かわれるのであればルートのご案内までは可能ですが…思い当たる史跡等もこの辺りにはないので、おそらく近隣住民のどなたかが悪ふざけで作った物でしょうね」


「そうですか…」


 青年は些か残念そうに呟いた。

 特に予定の無い旅の良い目標にでもならないか、という期待を自ら聞いたとは言え打ち砕かれた形になった為である。

 元より文字通り降ってきた予定、潔く忘れるが吉か…そう思った青年だったが、それを口に出そうとする直前に、ひとつ、新たな考えが湧いて出た。


「いや、折角ですし行くだけ行ってみましょう。

 ルートを出して頂けます? 」


「かしこまりました、少々お待ち下さい」


 その考えとは、”とりあえず追ったらマズイ物でも無さそうだから、デマの出処でも探ってチラシを突き返してやろう”という物であった。

 ”誰も知らない謎の祠”などという存在は、暇な青年にとってはあまりに甘美に過ぎたのである。

 今や青年はまったく探偵気分になっていた。


「お待たせいたしました、こちらがルートのメモで…それから、こちらがお預かりしていたチラシでございます」


「ありがとうございます、では少し行って来ます」


「お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 かくして青年は宿泊していたホテルに別れを告げると、バスに乗って山の方へと出発した。

 バスの中には何人もの客が乗っており、ほとんどが観光客である事もあってか、皆一様に活気に満ちている。

 車窓を覗けば、あちらこちらに温泉の物であろう湯気が漂い、その中を沢山の観光客が行き交ったり、逆に温泉街の人々が忙しく動き回っていたりと、非常に賑やかで楽しげな風景が目に入る。

 そんな訳で、青年は特に退屈する事も無く目的のバス停へと辿り着いた。

 ここもまた端の方とはいえ温泉街、中心には一歩劣るが、寂れていると言うには随分と活気のある場所である。


「…ふーむ、折角謎の祠探しなんだ、もうちょっと鬱蒼とした森みたいなのを期待してたんだがなぁ」


 そんな益体もない事を呟いて、男は歩き出した。

 ただし、祠の場所とは反対に、である。

 ”いきなりその場所に行くなんてつまらない、まずは聞き込みでもしよう”

 青年はそう考えたのだった。

 まず、手始めに入った土産物屋で、チラシを見せてみる。


「すみません、このチラシに見覚えありません? 」


「これか…何か買ってくれたら答えてやんよ」


「そう来ますか、商売上手で困っちゃいますね…」


 ニヤリ、と笑った店主に苦笑を返しつつ、青年は近くにあった謎のキーホルダーを取って、代金と共に渡す。


「ほい、毎度あり…んで、そのチラシだが…スマン、ちっと貸してくれ」


「はぁ」


 青年が嫌な予感をおぼえながら店主にチラシを渡すと、店主はひとしきりチラシを近づけたり遠ざけたりしながら観察し、突き返す。


「うん、どっかで見た覚えはあるんだが、さっぱりわからん! 立派ならおぼえてるだろうしボロ祠だな! 多分」


「えぇ! そりゃ無いでしょう、態々お金払って商品買ったんですよ!? 」


「スマンスマン、本気にすると思ってなくてな。

 金なら返したっていいぜ、ホレ」


「いや…いいですよ、このキーホルダー結構気に入ったので」


「ホントか? じゃ、改めて毎度あり、だな」


 そんな具合で青年は土産物屋を後にすると、別の店に探し始める。

 しかし、次に入った店も空振り、こちらでは温泉饅頭を買って退散。

 その次に入った店でも有力な情報は無く、こちらではクッキー缶を購入。

 青年は引き続き店に入って行くも…


「見覚えはあるんだがなぁ…」

「いやぁ、思い出せん」

「さっぱりわからん…」


 と、反応は芳しく無く、荷物だけが勝手に増えていく。


「うーん…予想が聞けただけ1軒目がマシだったかも知れんなぁ…」


 そんなボヤきが口から漏れ始めた頃。


「ああ、あったな、そんなの」


「…え? ホントですか! 」


 随分とあっさりとした口調で、新たな手がかりは現れた。


「お、おう…と言ってもそのチラシを誰が作ってる、とかそういうのを知ってる訳じゃないぞ。

 なんせ今見せられるまで忘れてたからな」


 店主の老人が、青年の勢いに押されて若干引く。


「そうですか…でもとりあえずいつ見た、とかそれだけでもお教え頂いても? 」


「そんぐらいならお安い御用よ、そうさな…ソイツは確か、俺がガキの頃に見たんだ。

 学校で友人連中と遊んでた時に風に乗って飛んできてな、面白ぇ肝試しだ行ってみようってんで、翌日の土曜日に公園に集合して向かうって事になったのよ。

 俺ァその頃ちっと遠い所に住んでたんでな、自転車漕いで急いでやってきたんだが…こっからが面白いとこだぜ? 」


「面白い所…ですか? 」


「おう」


 店主の頬が、ニヤリと歪む。


「必死こいて自転車漕いでやってきたってのに、だーれも来やがらねぇの。

 いくら待っても来ねぇもんで、おかしいと思って1番近いヤツの家に出向いたら…ソイツ一体何してたと思う? 」


「何って…」


「昼寝こいてやがったんだよ、そりゃあもう心地よさそうに寝息なんぞ立ててなぁ。

 あんまりにも頭に来たもんで、胸ぐら掴んで引き起こして”お前今日の約束はどうした! ”って怒鳴ってやったら、アイツめ”約束なんかしてない”なんて抜かすんだ。

 俺ァ当然ますます怒ったが…どうにもとぼけてる訳でも寝ぼけてる訳でも無さそうだったもんでな、気になって別の家にも行ってみた。

 するとコイツがビックリ仰天、どの家いっても”知らねぇ””おぼえてねぇ”ってな具合に返ってきやがる」


「それで! それで一体どうしたんです!? 」


 最早期待も尽きかけていた時に、初めて見つけた”面白そうな話”。

 青年は身を乗り出して次の言葉に期待をかけるが、彼の心とは裏腹に、店主はゆっくり首を振った。


「残念ながらどうもしねぇよ、つい昨日の約束を自分以外誰1人おぼえてねぇんだぞ、怖くなってチラシも捨てちまった。

 という訳で面白ぇ後日談なんかは紹介できねぇんだ、すまんな」


「そうですか…」


 しょんぼりと落ち込む青年。

 それを見た店主があまりに哀れだと思ったのか、青年の肩をポンポン、と叩いて言葉を続けた。


「…だが、そうだな、こんな強烈な思い出を今まできれいさっぱり忘れちまってたってのもやっぱり変だからな。

 それによく見りゃそのチラシも俺がガキの頃に捨てたやつとまったく同じのように見える、何十年と経ってるはずなのに、だ。

 ほれ、これで面白い話にはできそうだろ? 」


「えぇ、まぁ…」


「なんだ、まだ不足か? そしたら”祠に行った者は取り憑かれるのだー! ”みたいなオチでも足しとくか?

 まぁ、こっちについちゃ今考えた嘘だがな」


「いや、嘘言われても困りますから…ええと、とにかく貴重なお話ありがとうございました」


「なんだ、もう行っちまうのか…まぁまた来な」


「ええ、また」


 逃げるように店を出て、青年は考え込んだ。

 関係者全員が忘れてしまうチラシ…随分と話である。

 無論彼自身が望んだ展開と言えなくもないが、ここまで異常となると危機感の方も顔を出してくる。

 ここまで労力をかけてきたのだから結末まで見届けたい気持ちと、そろそろ手を引いた方が良いのではないかという漠然とした予感。

 2つを天秤にかけ、長いこと悩んだ末…彼は遂に結論を出した。


「…まあ行ってみるか、もし何かあったら走って逃げよう」


 そう口に出す事で迷いを完全に断ち切ると、青年はチラシを懐から取り出して目的地を確認し、好奇心の赴くままに歩き出したのである。

 1軒、2軒、建ち並ぶ家々の前を通り過ぎて行く度に、人通りは段々と減っていき、そもそも建物自体もまたまばらになっていく。

 なにせ誰も知らないような祠に向かって歩くのだ、あまり人が居ないのは当然と言えるだろう。

 しかし、今から得体の知れない相手と対峙するかもしれない、という不安を抱えた青年の心には、そんな些細な事ですら恐れをもって受け入れられる。

 加えて、ホテルを出た頃には未だ東の空にあった太陽が、今では西の空で周囲を真っ赤に染め上げている、という事実もまたそれに拍車をかける。


「行って、ちょっと見て、すぐに帰ろう」


 誰に聞かせる訳でも無い言葉が、ボソリと口から零れ出る。

 気づけば青年の足は普段ののんびりとした歩調に比べ、随分と忙しなく動いていた。

 その甲斐もあったのだろうか。

 青年は歩き始めてからそう時間を要する事も無く、祠があるであろう山裾の林、その入口を目の当たりにしていた。

 目の前にある、荒れた細い道。

 木によって作られた影で覆われたそこは、平時であってもなるべく避けたくなるような、見るからに不気味な場所である。

 そんな場所に、青年は殆ど意地に任せて足を踏み入れた。

 無論、内心はと言えば当然恐怖一色で、死ぬのではないかとすら思っている。

 しかし、そんな覚悟とは裏腹に、林に入ってからも特段”何かが起きる”という事も無く、青年はあっさりと地図に示された位置まで辿りついた。


「…まさか、アレか? 」


 訝しむような言葉。

 それも当然だろう、眼前にある件の祠と思しき物体は、一見すればただの苔むした岩山にしか見えないような物体だったのだ。

 よく見ると確かに、岩山の積み方に人の作為を感じたり、明らかに人工的な穴が空いていたりと、祠らしき部分はあるのだが、逆に言えばそれだけ。

 一日中散々引っ張り回された”謎の祠”に対して青年が期待していた規模感には到底及ばない。


「ま、こんなもんだよな、現実って」


 緊張の糸が切れて脱力する青年。

 多大な安堵と少しの落胆を抱えて彼が踵を返そうとした、その時だった。


(…あれ、なんだろ)


 祠の穴から、白い物がはみ出ているのが青年の目の端に映ったのは。

 なんとはなしに青年はその白い物に近づき、ちょんちょん、とつついてみる。

 紙の感触、危ないものでは無さそうだ。

 そう判断した青年が、白い物を摘み、祠から引き抜く。

 それは予想通りに四角い白い紙、以上でも以下でもない。

 ただし…


「は? なんで…これ…」


 に限れば、だが。

 肝心の表面、そこには文字が、絵が、見出しが、そして…地図が、書かれていた。

 見出しには、こう書かれていた。


『不老不死の祠!お参りして不老不死になろう!』


 そう、ソレは青年が持っているのとまったく同じ…そして、折り目ひとつついていない新品のチラシであった。


「…前に来た人が置いていっただけだろ」


 青年はそう自分に言い聞かせながら、取ったチラシを元の位置へと返そうとする。

 だが、彼が確かにチラシを取ったはずのその場所には…また新しく”白い物”が現れていた。

 ありえない事態。

 それを目撃してしまった青年の手が動揺で震え、先程手に取ったチラシが滑り落ちる。

 瞬間、びゅう、と一陣の風が吹き渡った。

 風に拾われたチラシが舞い、街の方へ向かって飛んでいく。

 それを見て、青年は理解した。

 と。

 悟った瞬間、彼は手に持った荷物を捨てて、元来た道に駆け戻ろうとしたがもう遅い。

 足はひとりでに止まり、前方を映していた筈の視界がぐにゃぐにゃに歪む。

 せめてもの抵抗として叫んだはずの声は、どこか水底で聞いているかのように曖昧なものとなり、それに伴うように意識がどこかに沈んでいく。

 倒れ、もがき、這いつくばって、それでも離れようとする青年。

 その意識がとうとう消え去ろうという時に、彼は聞いた。

 何かが笑うような声を。


 ───────────────

…さ、これでお話はおしまいだ。

 どうだったかな? 多少怖かったら良いんだけど。


…え、オチがアッサリしすぎてる?

 まぁねぇ…事実って割とそういう物じゃん?


 いやいや、言ったじゃないか、この話は僕がとある紳士から実際に聞いた話だって。

 君はその紳士が嘘つきだって言うのかい?


 んー、確かに実話ならこの話を伝える人間は居ないよねぇ、青年は死んでしまった訳だから。

…でも、よーく考えてご覧、この話は青年に寄り添ってした話、青年の意識は確かに永遠に消えてしまったが、登場人物が全員居なくなった、なんて言ってないよ。

 例えばもし、青年が取り憑かれて乗っ取られたんだとしたらどうだろう、この話が伝わる余地は充分にあるんじゃないかな?


…いやいや、店主が言ってただろう?

 ”祠に行った者は取り憑かれる”と。


 ああ、確かに店主はそれを”嘘”とも言っていた。

 だがね、その”嘘”という発言自体が嘘でない保証は存在しない。

 もっと言えば、店主が事実として話した事が、嘘でないという保証もまた存在しない。

 つまり、”他人から聞いた噂”において、虚偽と真実は思いのほか曖昧な物なのさ。

 無論、自身の中に明確な論拠を持って、”それは虚偽である”と示せるならば、別だがね。


…そういえば今思い出したんだが、僕にこの話をしてみせた紳士は、話の最後にこう付け足したんだ。


『この話、どこまでが本当だと思います? 』


…ってね、面白いだろう?

 あくまで怪談話の中で起きていた他人の事件を、一気に自分が普段住んでいる世界にまで近づける為の一言、という訳だ。


 とはいえ僕はそういう風情がわからないタイプだったからね、笑いながら答えたとも。

”全部作り話じゃないんですか”ってね。


 そうすると彼はこう…ちょうど今、僕がやってみせたように、口もとを覆う布を外してみせたんだ。

 それを僕が見た時の気持ちは…ま、言わなくてもわかるか。


 ほら、これで他人事じゃ無くなった。


 さて、それじゃあ僕も先人に習うとしようかな。


『この話、どこまでが本当だったと思う? 』

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