最終話 シンデレラと魔法使い

「ごめん!!」


 私は頭を下げられるだけ下げて、力の限りそう叫んだ。


 そんなつもりじゃなかったんだ……


 そう言ってしまえばそれまでだが、それは所詮こちら側の理屈だ。

 森田はあの時泣いていた。

 私の言葉が間違いなく森田を傷つけてしまったのだ。


「謝るくらいだったら、最初から言わなきゃいいじゃない……」


 森田からそんな言葉を投げかけられたが、私は頭を深く下げたままなので、森田がどんな顔をしているのかわからない。

 まだ怒っているのだろうか?

 それとも、怒りを通り越して呆れているだろうか?

 それとも、あの時と同じように泣いているのだろうか?


 私は頭を下げたまま動くことができなかった。

 沈黙がしばらくその場を支配したあと、再び森田の声が降ってくる。


「なんで、あんなこと言ったの?」


 どう答えるべきか……

 どう言えば、取り繕えるか……


 いや、取り繕うべきなんかじゃない。

 私が言いたかったことを、今度こそちゃんと森田に伝えなきゃいけない。


 私は頭を上げた。

 森田の表情が目に飛び込んでくる。

 目に涙を溜めながらも、怒りに満ちた顔で私を睨んでいる。


 そんな森田の表情に、私の心は一瞬怯むが、もう一度意思を固めて言葉を発する。


「本心だった……」


 私の言葉に森田は困惑する。


「どうしても森田に言ってやりたかった……」


 私の言葉がまた森田を傷つけるかもしれない……

 でも……

 それでも言おう!!


「森田の髪はダサ過ぎる!! そんなんで学校に出てくんな!!」


 私の言葉で、森田の目に溜まっていた涙が流れ落ちる。


 それを見て胸が痛くなる。

 でも、ここで止まるな!!

 最後まで言いきれ!!


「そんな可愛い顔してるのに、なんでそんなダサい髪してるんだ!? なんでそんなダサいメガネかけてるんだ!? 私の好みのクソ可愛い顔してるんだから、上から下まで、隅から隅まで、私好みの女になれ!!」


 全てを一気に吐き出し、私は肩を揺らして、はぁはぁと息をつく。


 全部出しきった……

 これで森田に嫌われたとしても……

 もう悔いはない……


 森田はポカンと口をあけてしばらく呆然としたあと、呆れきった声を漏らした。


「なにそれ……意味わかんない……」


「うん……そうだよね……」


 私はそれ以上の言葉が出てこず、下を向くしかなかった。

 視線の先には、切り落とされた森田の髪の毛が新聞紙の上に散乱している。


 悔いはないけど、恥ずかしくて仕方がない。

 散らばっている森田の髪の毛までも、私に呆れかえっているんじゃないかという妄想に駆られる。


「もういいよ……」


 冷え切った声で森田が言う。


「早く帰りたいから、早く終わらせて……」


 その言葉は、どこか私を突き放しているような感じがした。


 まるで告白してフラれたような気分だ……


 気がつくと私は笑っていた。

 急に自分の姿が客観で見えてしまって、とても滑稽に思えたのだ。


「うん。あとちょっとだから、すぐ終わらせるね」


 私は精一杯森田に微笑みかけたあと、また鋏を手にした。

 森田の後ろにまわり、再び髪を切っていく。


 後の一番長いところを項の高さに切りそろえ、全体を整えていく。


「信じないから……」


 不意に森田が口を開いた。


「私が可愛いなんて嘘、絶対に信じないから……」


 反論しようとしたが、森田の表情が鬼気迫っており、安易に否定することができなかった。


「なんで嘘だって思うの?」


「私は可愛くない。それが真実だから」


 森田はどこか憎しみのこもったような声でそう言った。


 私の手は完全に止まってしまい、また沈黙がその場を埋め尽くす。


 しばらくして森田が口を開いた。


「小6のとき、好きな男の子がいたの……」


 森田は遠くを見るような目で、話を続けた。


「親友から『望は可愛いから絶対大丈夫だよ!! 告白しちゃえ!!』って背中を押された。それから、その男の子はショートが好きだっていうから、長かった髪をばっさり切って告白した。そしたら『お前みたいな根暗のブス、無理だわ』って言われてフラれた。それだけでも大概ショックだったけど、問題はそこからだった。中学に上がって、その男の子は私の親友と付き合いだした。あとになってわかったんだけど、親友はその男の子が私のこと毛嫌いしてるのを知ってて私を焚き付けたんだよ。おまけに、その男の子が好きなのはショートじゃなくてロングだったんだって。私がフラれたあと、親友は髪を伸ばしはじめて、中学に上がってすぐに告白してOKをもらったんだよ。親友もその男の子も、通学路が私と被っててさ。しょっちゅうその二人がいちゃついてるのを目にしちゃった。その光景がトラウマで、ドラマでも漫画でも男女がいちゃつくのを見るのが無理になっちゃって、気がついたらBLのイラストばっか描くようになってた……」


 そこまで語り切るころには、森田はいつの間にか泣いていた。


 私は森田にかける言葉が見つからなかった。


 好きな人に酷い言葉を浴びせられ……

 親友だと思っていたヤツに騙され……


 森田じゃなくても……

 私でも人間不信になる……


「これで分かったでしょ? 私は友達のいない、一人でBLイラストばっかり描く根暗のブスなんだよ……私が可愛いなんて嘘、騙されないよ」


 森田は涙を流しながら笑っていた。


 私は悟った。


 森田には何を言っても無駄だ……

 どんなに可愛いと言って聞かせても……

 どんなに言葉を尽くしても……


 私は作業台の上に置いていた卓上鏡を伏せた。


「よくわかったよ、森田……」


 森田には何を言っても無駄だ……


 だから……

 実力で分からせるしかない!!


 私は鋏をふるった。


 私はまだ素人だ!!

 プロのカットには及びもしない!!

 でも、森田がめちゃくちゃ可愛いってことを世界で一番知っている!!

 森田の可愛さを限界まで引き出したいって世界で一番思っている!!

 だから!!

 だから!!



 30分後、私は伏せていた卓上鏡を立てた。

 その鏡には、変わり果てた森田の姿が映っていた。

 参考にしたファッション誌のモデルに劣らぬ、ショートボブの美少女。

 髪は荒削りながらキレイに整っている。

 眉も少しカットし、手持ちのメイクで極薄くだが手を入れている。

 あとはメガネを外すか変えるかできれば完璧なのだが、さすがに当の森田が見えなければ意味がないので、そのままだ。


「うそ……」


 鏡に映った自分の姿を見て、森田は呆然としていた。


「こんなの……私じゃない……」


 森田が悲しそうな表情をする。

 きっと、まだ過去の呪縛に囚われているんだ。


 そんな森田に私は語りかける。


「森田はシンデレラなんだよ。今まで悪い奴らに虐げられて、灰をかぶせられて、本当の美しさがわからなくなってただけなんだよ」


 我ながら上手いこと言っていると思いつつも、流石に少しクサいかなと恥ずかしくなる。

 そんなクサいセリフに、森田は涙を流しながら反論する。


「シンデレラだったらダメじゃん……時間がきたら魔法がとけて元に戻っちゃうじゃん……」


 あー、喩えが悪かったー……

 あー、もう、めんどくさい!!


 私は背後から森田を抱きしめ、耳元で囁く。


「私が何度でも魔法をかけてやるよ。これからずっと森田のそばにいて、何度でも何度でも魔法をかけてやる」


「本当に?」


「うん。たとえ王子様がガラスの靴を持って、森田を攫いに来ても、絶対に渡すもんか!!」


 私のキザなセリフに、森田は「なにそれ」と言って、くすくすと笑った。


 こうして、私、四条玲奈と、森田望は友達になったのだった。



 完

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カースト底辺の私、カースト頂点の女王に目を付けられて、弱みを握られました。私の高校生活終了したかもしれません。 阿々 亜 @self-actualization

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