カースト底辺の私、カースト頂点の女王に目を付けられて、弱みを握られました。私の高校生活終了したかもしれません。
阿々 亜
第1話 底辺と頂点
スクールカースト。
日本の中学校、高校などにおいて、容姿やコミュニケーション能力に基づく学生間の疑似的身分制度である。
私はそのカーストの底辺にいる。
私の名前は
都内の公立高校に通う高校2年生だ。
自分で言うのもなんだが、私の容姿とコミュニケーション能力は絶望的だ。
クセっ毛が強い黒髪に、黒縁の眼鏡をかけている。
髪はまともな手入れをしていないため、中途半端な長さに伸びている。
身長はクラスで一番低い。
同級生の女子の一部はもう化粧を覚え始めているが、「私なんかが手をだしていいものじゃない」という心理的ハードルのため、私は触ったこともない。
はっきり言って、私は喪女だ。
そんな見た目が自分を余計に卑屈にさせてしまうのか、クラスメートとすらまともに話ができない。
私は陽の当たらぬ学校の底辺で生きている。
だが、私にとってそれは悪いことではなかった。
他の人からすれば暗い高校生活と思われるかもしれないが、この地の底は静かで平穏なのだ。
当たり前だ。
人と最小限にしか関わらないのだから。
私はこれでいい。
いや、これがいいのだ。
なのに、その平和な暮らしはある日粉々に砕かれた。
彼女の手によって……
彼女の名前は
彼女は私の対極にいる。
そう、カーストの頂点にいるのだ。
艶やかで少しウェーブのかかったモカブラウンのロングヘア、くっきりとした目鼻立ちを生かした上品なメイク、スラリとした高身長。
制服はいつも第一ボタンを開けて着崩しており、スカートは少し短い。
ファッション雑誌の読者モデルをそのまま連れてきたような女子高生だった。
こんな見た目だから、教師から目を付けられそうなものだが、彼女はその点抜け目がなく、無遅刻、無欠席で、成績も上位をキープし、おまけに委員会活動まで熱心にやっており、彼女のファッションについて学校側は目を瞑っていた。
コミュニケーション能力ももちろん高い。
誰に対しても分け隔てなく接しており、クラスメイト全員と仲がいい。
(私を除いて)
そんな完全無欠とも思われる彼女だが、一つだけ欠点があった。
彼女は美容に対して異常とも思える執着があった。
それも自分だけでなく、周囲に対しても。
だから……
「そのリップちょっと色キツい。似合わないよ」
なんてことを、取り巻きの友人に何の躊躇いもなく言ってしまう。
彼女の発言は絶対だ。
取り巻き達は何を言われても「あ、そうだね……ありがとう、言ってくれて……」と服従する。
リップの色が似合わないと言われれば、そのリップはもう使わない。
切ったばかりの髪が似合わないと言われれば、その日のうちにまた切りにいく。
ネイルの色が似合わないと言われれば、その日のうちに塗りなおす。
彼女の周りにはいつも笑顔が絶えないが、その実は恐怖政治に支配された中世ヨーロッパのようであった。
女王である彼女を頂点とするカースト社会。
それがこのクラスの実態だ。
そして私も、2年のクラス替えでこの恐怖のクラスに迷い込んでしまったのだ。
とはいえ、万年鎖国状態の私と女王である彼女が言葉を交わすことはまずなかった。
息を殺してこのまま静かに1年が終わり、来年別のクラスになることを願っていた。
だが、彼女はそれを許してくれなかった。
5月のゴールデンウィークが明けたばかりのある日のことだ。
私がトイレで手を洗っていると、ちょうど彼女が横に来た。
彼女は手を洗いながら、私の髪を見てこう言った。
「アンタの髪、マジ、ダサい……」
不意に飛んできたその言葉は、私の心を串刺しにした。
そんなこと……
言われなくてもわかってる……
私が一番よく知ってる……
だから……
面と向かって言わなくていいじゃない!!
心の中でそう叫んだ。
無論、声には出せなかった。
そんな私の心の叫びを知ってか知らずか、彼女は追い打ちをかけてくる。
「私だったら、とても学校に出てこれないわ」
そんな言葉を吐き出した彼女の口は、片方が鋭く吊り上がっていた。
私は、自分の存在全てを嗤われているように感じ、その場から逃げ出した。
もう、いやだ!!
四条さんと同じクラスにいたくない!!
四条さんと同じ空間にいたくない!!
だが、2年生はまだ始まったばかりだ。
あと、10か月は彼女が支配する教室で生きていかなければならないのだ。
この教室で生きていくために、彼女から何を言われても反応しない。
私はそう決心した。
だが、事態はさらに悪い方向に転がっていくことになる。
学校生活の中で、90%近くを占めていながら、彼女の干渉を受けることのない時間がある。
そう、授業中だ。
彼女の権力がいかに絶大だろうと、授業中だけは自由と尊厳を許された時間だった。
その気の緩みと抑圧の反動が、私をあの愚かな行動に駆り立ててしまったのだ。
私は漫画を描くのが趣味だった。
それも、普通の漫画ではない。
顔の良い男子と男子が絡み合うBLだ。
漫画は常に自宅の自室で描き、決して外には出さない。
当然だ。
こんな私がこんな物を描いているなんて人に知られたら、それこそもう生きていけない。
なのに、あの日、私は授業中にノートに描いてしまったのだ。
BLのイラストを……
ホームルームが終わり、帰り支度をしているところで、私は担任に呼ばれてしまった。
教科書やノートを鞄に詰めてから行けば良かったのに、その作業の途中で、ノートが机の上に出ている状態で、担任と教室の外に出てしまった。
そして話が終わり、教室に戻ってきたとき、愕然とした。
四条さんが私の机の傍らに立ち、BLイラストの描かれたノートを手にして立っているのだ。
しかも、問題のページが開かれ、四条さんの目は激しく絡み合うイケメン二人を凝視していた。
四条さんは私が戻ってきたことに気づき、ニヤけた顔で話しかけてきた。
「ああ、森田、ゴメン。ちょっと手が当たっちゃってさ。ノートが床に落ちちゃって、拾ったらつい目に入っちゃって」
本当に彼女の言う通りなのか……
それとも、何かイジメるネタでも見つけてやろうと、机の上にでていた荷物をあさられたのか……
だが、ここに至った経緯はもはやどうでもいい。
今の絶望的な状況をなんとかしなければ。
不幸中の幸いで、ホームルームからかなり時間が経っており、教室には私と四条さんしかない。
四条さんの取り巻きも、どういうわけか今はいなかった。
「お願い……何も見なかったことにして……」
下を向き、両手でスカートの布をぎゅっと握り締めながら、私は彼女にそう懇願した。
「え~、こんなイイもの……見なかったことになんてできないよ」
彼女は私の描いたイラスト嘗め回すように見つめながらそう言った。
「お願い!! 何でもするから!!」
苦渋の決断だった。
彼女に「何でもする」など言えば、どんな仕打ちを受けるかわかったものではない。
それこそ、残りの高校2年間、奴隷のように扱われるかもしれない。
だが、このイラストの存在を言いふらされるより幾分かマシだと判断した。
「ふーん、なんでも……」
四条さんはしばらく考えたあと、私の手を掴んできた。
「じゃあ、今からちょっと付き合ってよ」
彼女はまた、あの笑みを浮かべていた。
片方の口角が鋭く吊り上がったあの笑みを。
私は強く手を引かれ、教室の外に連れ出された。
廊下をどんどんと進み、本校舎から、特別教室などがある別館に連れていかれた。
最終的に辿り着いたのは美術室だった。
「ここで何をしようって言うの?」
私の問いに四条さんは答えず、美術室の前と後ろの出入り口の鍵をかけた。
そして、持ってきていた自分の鞄から鋏を取り出した。
「アンタの髪……マジ、ダサいから、私が切ってあげる……」
四条さんは笑った。
先ほどまでの笑みとはまた違う。
肉食獣が獲物をいたぶるときのような笑みだった。
「いや……やめて……」
私は恐怖からその場にへたりこんでしまった。
「何でもするって言ったじゃん」
四条さんは鋏をジョキジョキと鳴らしながら、近づいてくる。
「いや……いや……来ないで!!」
「あはははっ!! もう遅いよ!!」
1時間後、私はぽろぽと涙を流して、泣いていた。
私の前には鏡がある。
その鏡には、変わり果てた自分の姿が映っている。
可愛らしいショートボブに髪を切りそろえられた私の姿が……
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