ジェイルシップ

楽々園ナタリー・ポートピア

囚人船アルカトラズ号


  深い眠りから警報で叩き起こされた一人の女性、不服そうな顔をしながら今まで寝ていたカプセル状のベッドから上体を起こして周りを確認する。


『緊急警報発令、現在船内では謎の生物により乗組員の大量虐殺が確認されています。 対策班は至急船内の危険生物を排除して船内の治安維持に努めてください。』


 警報と共にアナウンスが流れると対策班として船内に待機していた自分が叩き起こされた事に気づいた女性は自分と共にコールドスリープされていた装備を確認する。


「弾数に余裕なし、敵の総数は不明。 こんな状況でどうやって対処しろって言うんだい、長旅でメインコンピューターでもトチ狂ったのか?」


 女性が皮肉を込めて呟くと最低限の装備である拳銃をホルスターにしまって船内の状況を確認しようと傍にある端末を操作する。


「こちら対策班のカレン・アンダーソン。 敵の情報と総数、船の状況を確認したい。 あ、後は残りの対策班の居場所もよろしく。」


 船のメインコンピューターに情報提供を求めると最も聞きたくない回答が返ってくる。


『声紋認証完了、カレン・アンダーソンの生存を確認。 敵の情報、総数共に不明。 対策班はカレン・アンダーソンを除き全滅、船内の生存者と共に任務を遂行してください。』


 合成音声の冷たい声が死刑宣告のように響き渡る。 が、このままではどうしようもないので生存者を捜索しつつ敵の正体を探る為にカレンはメインコンピューターに生存者の所在を確認する。


『生存者一名は食糧プラントに籠城中、電子ロックで出入り口を塞いでいる為通気口から侵入する事をお勧めします。』


 電子ロックに細工ができるという事はハッカーか何かだろう、少なくともここにはマトモな人間はいない。 何故ならここは囚人船アルカトラズ号、犯罪歴が3桁を超える凶悪犯や政治犯が銀河の果ての植民惑星にコールドスリープをしながら移送される現代の流刑船だからだ。


「了解、通気口から侵入した後に食糧プラントにいる生存者を護衛しながら脱出艇で脱出する。」


 カレンが作戦を進言するとメインコンピューターから回答が帰ってくる。


『了解、本来の任務の続行不可能を確認。 任務を生存者の脱出に変更、脱出艇の発進を確認した後に本艦は安全確保のために30分後に自爆します。 カレン軍曹、ご武運を。』


 カレンは元々軍に所属していたのだが、過酷な戦場を渡り歩いた結果PTSDを発症して除隊した。 その後、民間刑務所の看守を経て今回の移送任務に参加したのだがこのメインコンピューターは皮肉を込めて時々カレンを軍曹と呼ぶ。


「アンタもいつまでも軍隊気分を引きずってんじゃないよ、アンタも私もとっくに軍に払下げられたビンテージ品なんだよ。 じゃあ行ってくるよ。」


 同じく老朽化を理由に軍から払い下げられた元戦艦のアルカトラズ号に見送られると生存者のいる食糧プラントに繋がる通気口に突入するのであった。


  通気口を抜けると食糧プラントには大量の酒瓶と飲んだくれた兎の耳が生えた女性が寝転がっている。 オレンジのツナギを着せられた兎耳の女性はおそらく囚人だろう、カレンは特に躊躇する事なく寝転んでいる女性のみぞおちに蹴りを入れる。


「ゴボッ!? アイツらか? アイツらがオレを食べにきたんだな!? 畜生タダじゃ死なねぇ、殺してやるぅ!!!」


 みぞおちを蹴られると一瞬で起き上がると転がっていた酒瓶を割って凶器を作りながらカレンを睨みつける女性にカレンは容赦なく拳銃を突きつける。


「落ち着け、私は対策班のカレン・アンダーソンだ。 今この船で起こってる事は分かるな? 私と一緒に脱出艇で脱出するぞ、名前は?」


 銃を突きつけられると観念したのか割れた酒瓶を床に置いて手を上げる女性。


「対策班? まだ生き残りがいたとはな! オレはミッフィー・ロップイヤー、政府のコンピューターにハッキングしただけで捕まって囚人船にぶち込まれた挙句に化け物に襲われて今度は銃を突きつけられてる哀れなウサギちゃんだ!」


 カレンは哀れなウサギちゃんにしては酒臭いミッフィーに銃を突きつけるのを止めるとアルコールを少しでも抜くようにと水の入った容器を差し出す。


「私はさっきコールドスリープから覚めたからな、ここで何があったか知らないがお前らどんな怪物に襲われてるんだ?」


 カレンに水を渡されたミッフィーは水を一口飲むとこれまでの経緯を話す。


「囚人船っていうのは皆が皆コールドスリープしてるわけじゃねぇ……… 船が安全に運航してるか確認するために10年ごとに誰かが船の中で生活しながらメンテや物資の補給をしてるんだ。 オレが前任から船のメンテを引き継いでから2カ月ぐらい経った頃、この宙域で救難信号をキャッチしたんだがそれが始まりだった。」


 ミッフィーの話を聞きながらカレンは時計を確認する。 カレンはこの船に乗り込んでから一度も目覚めてないが確かに50年ほど経過していた。


「船の中には生存者がいなくて中は死体だらけだった。 気味が悪くて対策班が中の調査を終えたらすぐに投棄したが、その隙をついて奴らはこの船に入りこんできやがった………」


 ミッフィーが奴らについて話そうとすると手が震えてきて、慌てて酒を飲むと暫くしてまた話し出す。


「奴らは暗がりから人を襲って脳みそを吸うんだ、そして脳みその中の知恵を付けて船のメインコンピューターにアクセスしてコールドスリープ中の人間を起こしてはわざと追いかけ回して食い殺していったんだ………」


 ミッフィーが船のメインコンピューターという言葉を発するとカレンは嫌な考えを頭の中に浮かべてしまう。


「ちょっと待て、私は船のメインコンピューターに起こされてお前を捜索するように言われた。 ということは?」


 カレンがそう伝えるとミッフィーがカレンに掴みかかる。


「アンタ奴らの手先か!? 俺を殺しにきたのか!? ここにアンタが居るって事はもう居場所がバレてるのか!?」


 掴みかかってきたミッフィーを逆に取り押さえるとカレンがミッフィーの眼を見て叫ぶ。


「私は化け物の手先じゃない! お前を助けに来ただけだ! 化け物をぶち殺してお前と一緒に脱出するためにここに来た! 生き残る事だけを考えて余計な事は考えるな!」


 カレンの声に正気を取り戻したミッフィーはコクリと頷くと深呼吸した後に話をする。


「分かった、アンタを信じる……… オレは化け物から逃げてきたから分かるが奴等光を恐れている、強い光を浴びると煙を出して溶けるから多分光に弱いんだ。」


 ミッフィーはそう言いながら懐中電灯をカレンに差し出す。


「光だな、そうなるとまずは船内の照明をつけながら移動しないと危ないな。 それに最寄りの脱出艇までは2ブロックぐらい走らないとたどり着けない。」


 懐中電灯を受け取ったカレンはミッフィーにタブレットで地図を見せる。


「光はそのタブレットを貸してくれれば2分でハッキングして5分ぐらいは最大光量で付けられるぜ。 後は脱出艇だがおそらく罠だろうな、例の難破船みたいに次の犠牲者を見つける餌に使われるだけだ。」


 カレンはタブレットをミッフィーに渡すと脱出艇に向かうルートではなく別のルートを提案する。


「脱出艇が罠なら脱出艇は使わず脱出カプセルを使う、食糧プラントの近くの主砲発射装置に設置されているマスドライバーでこの座標に飛べば廃棄された例の難破船に乗り移れる。 宇宙船は緊急時の為に近くの居住コロニーに行ける位の燃料は貯蓄している筈だからしばらくは大丈夫だろう、後は救難信号を拾ってくれる船がいつ来るかだな。」


 ミッフィーが納得したように頷くと早速作戦が開始される。 タブレットを端末に接続すると2分でハッキングが成功し、主砲発射装置への道が5分間だけ照らされる。 懐中電灯で前方を照らしながら二人が宇宙船の中を駆けていく。


  脱出艇に向かっていると思っていた獲物が主砲発射装置に向かっているのに気付いた化け物は光の届かない物陰を伝って二人を追いかけていた。 黒い影のような不定形な獣の姿を煙を上げながら必死に食らいつこうとしている。


「クソっ! なにか速度を落とす術はないのか? このままだと追い付かれるぞ!」


 カレンがミッフィーに問いかけるとミッフィーの方が体力が無いのか息も絶え絶えに応える。


「照明が付いてるからこれぐらいの速さになってるんだってば……… 主砲発射装置に入った瞬間、前の部屋の照明をMAXに上げるからそれまで耐えてくれ!」


 二人が主砲発射装置に駆け込むと、その瞬間部屋の照明が閃光のように輝いて影の獣を焼いていく。


「これで倒したとは思えない、一刻も早く脱出しろ! ミッフィー、先に脱出して難破船の電源を復旧するんだ!」


 主砲発射装置に備え付けられた脱出カプセルの座標をセットするとカレンはミッフィーを先に脱出カプセルに入れて脱出させる。


「分かった、姉御も早く合流してくれよ! ここまで一緒に来たんだ、一緒に生き残ろうぜ!」


 ミッフィーを脱出させた後、主砲のエネルギーをオーバーロードさせて船を自爆させようと端末を弄るカレンに影の獣が追い付いて襲い掛かる。 カレンはとっさに身をかわすが影の牙が右肩をかすめて出血してしまう。


「化け物が……… 地獄に送り返してやるっ!!!」


 カレンが懐中電灯を向けると黒い煙を出して苦しむ獣、そこに拳銃を撃ちこんで更にダメージを与えるとメインコンピューターから通信が入る。


『無駄だ、我々には物理攻撃は効かない。 大人しく恐怖に屈して我々の糧になれ。』


 獣に懐中電灯を当てながら銃を撃つとカレンが悪態をつく。


「飯食ってクソしてんだ、じゃあ殺せるってことじゃないか! それに本当に無駄ならどうしてそんなに焦ってるんだい?」


 獣にマガジン全部の弾を撃ち込むと光と銃のダメージによってやがて煙になって消えていく。 負けを悟ったメインコンピューターがせめてもの抵抗に自爆シークエンスを開始する。


『こうなれば我々と共に死ね! 二階級特進だ、カレン軍曹。』


 そう言い捨てるメインコンピューターにカレンが中指を立てて答える。


「二階級特進なら准尉だろ、オンボロ船め。 死ぬのはお前だ。」


 カレンは脱出カプセルに入るとアルカトラズ号は爆発、カレンは爆発に巻き込まれたかに見えた。 だがしかし爆発に脱出カプセルが耐えてしばらく宇宙を漂う事になった。


  三日ほど経った頃、近くを通りかかったジャンク回収船がカレンの脱出カプセルを拾う、そこには先に脱出していたミッフィーもいた。 どうやら先にこの船に拾われて事情を説明したミッフィーが先導したのだろう。


「姉御! 大丈夫でしたか!? お怪我はありませんでしたか?」


 心配そうに駆け寄るミッフィーにカレンは手を広げてハグで答える。


「大した怪我はないけどしばらく船は懲り懲りだね。」


 無限の闇を湛えた宇宙だが時に安らぎの光が射すときもある、それがほんの一時でも我々定命の者には充分な猶予だろう。 ゴッドスピード・ライトスピード、宇宙の開拓者に幸あらんことを。

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ジェイルシップ 楽々園ナタリー・ポートピア @natalie_raku2en

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