群青は波に乗る。

なるき

鬼さんこちら


 これは私、百田桃華のお話である。


 昔、祖母の家で祖母と一緒にラジオを聞いていたことがある。

 まだ7歳と幼かった私は縁側に座る祖母が洗濯物を畳みながらラジオを聞いて笑っていたのが不思議で仕方なかった。

 だってラジオは見えない。だから、おもしろくない!

 と、まぁ朝の子供番組で魔法少女達がド派手な必殺技をかますことに憧れていた私からすれば当然だったのだろうが……今思い返すとなんとも言えない微妙な気持ちになる。まぁ感性ってやつなんだろう。きっと。

 だから幼かった私は幼心そのままに祖母に聞いたのだ。


 『なんでばぁばはラジオがいいんよ!こんなんちっとも面白くないやんか!早よ洗濯物畳んでTV見よーーよ!』 と。


 祖母は隣でお手伝いを早々に諦めた私を膝の上に乗せると「ええか?」と私の頭を優しく撫でて言った。

「ラジオっちゅーのは、心のかくれんぼみたいなもんや。言いたくないけど、言いたいこと。そんなもんが誰しもの心の中にある。それをラジオを通して優しい鬼さんに聞いてもらってるんやで」

 

 …………。


 はぁーーー??である。


「なんやソレ、そんなんはじめっから全部言うたらいいやんか!」

 私がそう言うと祖母は、ふふふ、とシワを刻み優しく笑った。

 

『ホンマやなー。みんな桃ちゃんみたいに素直になればいいのになー』と。

 そしてまた私の頭を優しく撫でる祖母は私に問いかけた。

「でも、ももちゃんもほんまは、ばぁばやママに言いたいけど言いたくないことあるやろ?」

「そんなんももちゃんにはないもん!」

「ええー?ほんまに?」

「うんっ!ほんまに!」

 自信満々に頷いた私に祖母はまるで全てを見通しているかのように意地悪な声音で私の心をギュッとした。

「なんや、最近お家の中からガムテープやらダンボールがよくなくなるんやけど……桃ちゃんもしかして秘密基地とか作ってるんちゃう??」


 …………。


 やばい。


「し、知らんもん!ももちゃんじゃないよ!?」

 必死に取り繕うとして声が裏返ってしまった私の嘘に祖母はクスクスと笑っていた。

 まさにこの時、私は近所の子供達と一緒に近くの河川敷に秘密基地を作っていたのだ。そこはちょうど橋の下で人気も少なく、すぐそこには川もある。おまけに元々その場所に住み着いていた白い小さな住民、野良猫のみーちゃん。(私が勝手につけた)までいて、しかもみーちゃん。随分と人慣れしているのである。当然私たちの間ではみーちゃんのだっこ争奪戦が頻繁に行われた。

 遊び盛りの私達にとって、まさにそこはもってこいの場所だったのである。

 そして、少しだけ盛り上がった場所に登った我らがリーダー 柳木 想くん。

 想くんは、よっしゃ! お前らええか? と元気な声で言った。

『この場所は今日から俺らの秘密基地や!!絶対みんな誰にも言うなよ!!絶対やからな!絶対!!』

 そして、ガハハハハハハと盛大に笑う想くん。

 何かが始まるとワクワクして、おぉー!!と手を突き上げる私。

 そりゃもう楽しくって仕方なかったのだ。

 自作のダンボールハウス。みーちゃんハウス。各々の部屋。泥棒退治のダンボールソード。

 と、まぁそんなわけでちょくちょく家の中から段ボールやらガムテープを拝借していたわけである。

 祖母は黙り込んでしまった私の顔をニヤニヤしながら覗き込み、

「なんや、桃ちゃん静かになってもうて。どないしたん。ももちゃんじゃないんやったら幽霊さんが勝手に持っていったんかな?」

 私の小さな心はバックンバックンビートを刻み、

「そそそ、そうや!絶対アレやで!幽霊さんやで!ももちゃんじゃないもん!」

「そんなら幽霊さんにしっかり言うとかなあかんな。使うのはいいけどちゃーんとゴミの後始末はしなあかんよって。桃ちゃんも、そう思わん??」

「お、思う!!ももちゃんもそう思う!!んじゃ、ももちゃん言っとくわ!幽霊さんにゴミちゃんと片付けてねって。そしたら大丈夫やろ」

「あぁーそれなら大丈夫やねー」

 祖母はそう言ってまた深くシワを刻んで笑った。

 いやー、ほんと我ながら、もっとマシな嘘つけよっ!ってね。でも我ながら素直でいい子じゃん。とか思ったりもするんですよね。はい自画自賛です、すみません。

 でも、ずっと優しく私の頭を撫でていた祖母に私は心のバックンバックンが聞こえてるんじゃないかドキドキして私は気が気がじゃなかったのは秘密だ。

 心なしかシュンとしてしまった私に祖母は続けた。

「誰にだって誰かに言いたいけど言われへんよーな、楽しい秘密も、つらーい秘密もある。」

 桃ちゃんも、もーちょっと大きくなったら分かるんやで、と。

「おっきくなると、みーんなそうやって心のかくれんぼばっかり上手くなる。桃ちゃんもこれからきっと心のかくれんぼする時が来る。好きな人の事やったり、学校の事やったり、仕事のことやったり。誰にも聞いてほしくないのに、誰かには聞いて欲しい。そんなことがきっと出来る。ラジオは、そんな人たちの優しい鬼さんなんやで。そうやって、自分の中に隠してる『思い』っていうのは、どこかの誰かと一緒やったりもするし、今まで一人で抱えてきたもんがスッと楽になることだってある。優しい鬼さんが優しい言葉をかけてくれたりもする。」

 だから心のかくれぼ?と私が聞くと祖母は、そう。と笑う。

「人の思いっていうのは、人と人を繋ぐ。だからばぁばはラジオが好き。でも、桃ちゃんにはまだちょっと難しいかも知れんへんね」

 優しく笑う祖母の顔。眉間に皺を寄せる私。

 祖母の言ってることが分かるよーな、分からないよーな、不思議な感じだった。でも、私達の秘密基地の話、みーちゃんが犬みたいに投げたボールを持ってくる話。想くんがダンボールソードばっかり作る話。そんな話が私の喉のすぐ下まで来てたのは、きっとそーゆー事だったんだろうと今なら理解できる。

 でも、当時の私にはやっぱりちょっと難しかった。


「なんかももちゃんには、よう分からんわ」


 そう言って私はTVへと駆けて行ったのだ。

 

 それから十数年。

 祖母は天国へと旅立ち私は大人になった。


 ***


 こじんまりとした部屋にいるのは私だけ。でも、私の目の前には一本のマイクがある。

 このたった一本マイクを通して私の声や思いがみんなに伝わるのだと思うと、やっぱどうしても緊張する。

 あぁーやばい。マジでやばい。だってプレッシャー結構すごいんだよ?この仕事。ほんと先輩方には顔があがらない……

 ふぅ、と軽く深呼吸。

 ヨシ!!いける!!いけるぞ私!!

 私は気合いを入れるように自分の頬を叩いて目の前のレバーを勢いよく引き上げた。


—————ON AIR —————


赤いランプが点灯し、リスナーと私の時間が始まりを告げる。


——土曜日の夜にこんばんは。皆さん明日は休みだからって深酒は禁物ですよ?ARE YOU OK?? YES OK!!よーし!じぁ、はじめていきしょう!!百田桃華のピーチな時間!!っと、その前に!何度も繰り返しますが、この番組名に釣られてやってきたアナタ。ドキッとしちゃったそこのアナタですよー!。この番組は至って健全な番組であり、ピーチすぎるお話はどんぶらこっこっと流してしまうのでご注意をっと!!それでは始まります百田桃華のピーチな時間!!今日もみんな頑張りました!!——


 ***


 今なら祖母の言った言葉がよく分かる。


 人の思いは人と人を繋ぐ。

 私の仕事はラジオパーソナリティー。

 人と人を繋ぐ手助けをするお仕事だ。

 

 今日も私は優しい鬼になる。


 ***


 はい、じゃあーえ〜っと、ラジオネーム『深夜のため池』さん。メッセージありがとう!!

 え〜っと、なになに。


『学生です。自分の目標や、やりたいことがなくて自分の人生に自信を持てません。輝いてる人たちを見てると自分の事が嫌になります。』


 うーん……そうだよね、分かる。すごく分かるよ。その気持ち。

 実はね、私も同じ事で悩んでた。

 親とか学校の先生に、何がしたい?って言われても、分からないって言葉しか出てこないんだよね。なんなんだろうね、あの答えが出ない分からない迷路は。

 でね、実は深夜のため池さんみたいなメッセージは結構頂いてるんですよね。みんなもね、色々悩んでるんだよね。

 なので今回は私も同じ事で悩んでて、その時期から脱した、その時のことをお話ししたいと思います。

 で、先に言っときます。ちょっとキツイ言い方になるかもです。ごめんなさい。

 まず結論から言うとさ、自分の目標や、やりたいことって言うのは誰にだって一つや二つは絶対にある。ただ、現実的に考えた時に厳しいから出来ないって諦めてるのが一つ。

 後は、自分の目標や、やりたい事を本気で分かろうとしてないのが一つ。

 まぁ私の個人的な意見だけど……。大体はこの二つに当てはまるんじゃないかなーって思うんだ。

 毎日仕事して、学生さんなら学校行って、そうやって毎日がどんどん過ぎていくわけじゃん。するとね、気づかないうちに色んな物が自分の中にたまり出して、持ってたはずの『こうなりたい自分像』から遠ざかって行く時があるんだよ。現実と理想のギャップみたいな?

 そんな時に、こう思っちゃうの。

—いや、自分には無理だし。とか。

—才能ある人しか、やっぱり無理なんだ。とか。

—世の中そんな甘くないか。とか。

 世の中は金。でも、人生は金じゃない。

 はい、名言出ました。はい、すみません。話戻します。

 で、まぁそーやってね、ネガティヴ思考になっちゃう。そしてそれが自分の中の土台になっちゃう。

 私もさ、学生の時に周りと自分との違いとか

こうなりたいと思ってる自分と出来ない自分との差に直面して、ものすごい落ち込んだ。

 なんかねー、そーやって自分の目標や、やりたい事がハッキリしてて、その事に対して真っ直ぐに頑張ってる人間ってさ、こっちからするとどうにも輝いて見えるんだよね。うわーあの子すごいなーって。そーゆー人達には私の気持ちなんか分からないんだろーなーって。そんな風に私は思ったりもしてたんだけどね。

 だってさ、そーゆー人達ってあからさまに口には出さないけど、

 『目標もやりたい事も、ないんだ。ふーん、早く見つけた方がいいよ。自分のために。』

 みたいな?ちょっとこっちが可哀想感出してくるじゃん?それがね、ちょームカついてた。

 そんなんお前みたいに出来てたらこんな悩んでねぇーよ!!ってね。

 でね、ある時ちょっとした言い合いなって私言ったの。

「そんなん桃華の気持ちも分からんくせに勝手な事言われたくない!!」って。しかもおっきな声で。

 相手はまぁ…気になってた幼馴染みたいな?

 でね、私がそうやって言うじゃん?そしたら相手も、はぁ? だよね。

「なんやねんお前、めんどくさいな。 お前さ、桃華の気持ち云々の前に自分で自分の気持ち向き合って無いだけやろ。俺に責任転嫁すんなよ。だるいな」

 これはもう、はい。ももちゃんもプッチーンですよ。

「そんなん、想みたいに誰だってそんな風に出来るわけじゃないやろ」

「お前ほんまにめんどくさいわ、だまれよ」

「はぁ?!なんやねんお前、うっとしいな!調子乗んなや!」

 もうお互い火ついちゃってさ、喧嘩、喧嘩。大喧嘩。

 しかもみんながいる教室でだよ?やばいでしょ?

 でもついちゃった火はメラメラ、ぼうぼう、燃えちゃってるわけよ。

 言葉の応酬。語彙不足。

 私ね、訳わかんなくなって2回も3回もおんなじ事言ってたみたいでさ、

—私の気持ちなんか想には絶対わからんもん!!想みたいに誰でも出来る訳ないやんか!!

—あぁ?じゃあお前何してきたんじゃ。何もしてないやろ、口だけやんけ!!

—そんなんお前に言われたくないわ!!

 と、まぁこうなったわけですよ。

 で、私なんか分かんないんだけどめっちゃ泣いちゃってさ、そこに想がまた言うのよ。

『お前は悩んでる自分にどっかで満足してて、その言葉で逃げ道用意して目先のことばっかテキトーになるようになればいいって本心では思ってるんやろ』って。

 私そん時、想のことめっちゃ睨みつけてるのにめっちゃ泣いてて、言われて何も言い返せなかった。

 なんかとりあえず悔しかったのかな?よく分かんない感情だった。でも、その言葉が刺さったのは事実だったんだよね。

 言われて初めて言い返せない自分がいて、でもそん時はそんなこと認めたくないから、


—うるさいわ!ぼけ!!


 って、筆箱投げつけて教室の扉バーンって。

 でも後々その言葉が妙に自分の中に突き刺さって抜けなくてモヤモヤするだよね。

 私とは違うくて、すごいなーっていうのは、私もあぁなりたいなーっていう、すごいなーだったんだって事にも気付いて、矛盾するけど今の自分に満足しきれてなかった。

 このままじゃ……って気持ちもあったんだよ。きっと。否定しきれない自分もいたし……。

 で、それからしばらく経った夜。LINEがね、届くんですよ、想から。

『ごめん。この前は言いすぎた。でも、お前人のためになる事したいって言うてたやろ』

 それ読んで私ハッとしたんだよね、そっかー私、想にそんな事言ってたんだーって。思い出したっていうか、見てなかったモノをちゃんと見たっていうか。

 多分なんだけどさ、自分の中にあったものが自分で見えなくなっても、自分の身近にいる人には案外見えてたりすることもあるんだよ。

 だから深夜のため池さんも恥ずかしいし、ちょっと勇気いるけどさ一回周りに訊いてみるのはどうでしょうか?案外周りって覚えてるもんですよ。

 きっと何かしらの答えが返ってきて、そんなこと今さら無理だろ、って答えが返ってきたとしても、それは自分の口から出た言葉で、自分がやりたいと思った事なんだから一回時間作ってちゃんとその事に向き合うってのは結構大事なことだと思うよ?

 んー後は…そうだね。なんか抽象的な答え、例えば私みたいに、人のために、みたいな答えが返ってきたとしても、それは深夜のため息さんがやりたかった本質的な部分なわけで、今学生さんなんだとおもうけど、一応それなりに世の中のこと知ってるわけじゃん?

 ぼんやりとでも、自分の気持ちとマッチする仕事だったり、他のことでもいいんだけどさ、自分の中にそれが出てきたなら、後は目を背けずに本気になること。それが大切。

 まだまだ知らないこともいっぱいあるだろうし、これから知っていく中で新しいことが見つかるかもしれない。

 悩む→探す→知る→行動!

 今はまだ悩むと探すを行ったり来たりだと思うけど、そこに知ると行動を足してみたらもっとハッキリとしたイメージが自分の中に湧くと思う。

 ただ、この2つのことは、時に痛みも伴うことがあるのも事実です。知りたくないことも知るし、行動して傷つくし。

 そんな中でも自分の中に出来たやりたいことっていうのは、それでも貫いてやろうと思うよ。今の私がそうだし。

 私にとってのゴールは人のために何かをすることだった。それで私は色々悩んで探して知って行動して傷ついて、この仕事についた。きっと思いの本質っていうのは変わらなくて、変わるのは自分の解釈の仕方で、それを自分で受け入れれるか、みたいな感じと言いますか……


 あぁーごめんっ!!偉そうなこと言ってるくせにうまくまとまんない!ごめん!!

 とりあえず無理やりギュッとしたら、なりたいものになれるのはそうなろうとした人だけだよって事です!!

 で、後からどうせ他のリスナーさんから突っ込まれるから言いますけど、その後、想と私は付き合いました。私から告白しました!!

 

 はい、以上!!曲行きます!!


 YOASOBI 『群青』

 

 ゆっくりでいいと思うし、自分のペースで頑張ってね。


 

 


 



 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

群青は波に乗る。 なるき @0naruki0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ