第11話:サヨナラ死亡フラグ
純白のウェディングドレスを身に纏うヴァネッサはバージンロードを歩いていく。仲人の代わりには、アルヴィスが腕を組んで新郎の元へと向かう。
ヴァネッサのドレスは、まるで彼女の美しさを引き立てるために作られたかのように、純白のシルクが光沢を放ちながら優雅に彼女の体に沿って流れている。肩から胸元にかけては繊細なレースがあしらわれ、微細な花柄が淡い光を纏って輝いていた。ドレスの裾はふんわりと広がり、まるで雲の上を歩いているかのように軽やかだ。背中には長く流れるヴェールが付けられ、ヴァネッサが一歩踏み出すごとに、まるで夢の中のような光景が広がるようだ。
式場は天井から降り注ぐ柔らかな光がヴァネッサの進むバージンロードを照らしており、白い花々で彩られたアーチが彼女の行く先を導いている。列席者たちは息を呑むようにその姿を見守り、誰もがその瞬間を心に刻みつけていた。
会場全体はまるで童話の一場面のようで、優しい音楽が静かに流れ、花の香りが漂う中、ヴァネッサの歩む姿がこの日の主役として堂々と輝いていた。
ベールの下で、ヴァネッサは緊張した面持ちだが、ふと寂しげな表情をした。
彼女の視線の先には、ぽっかりと空いた席が一つ。
きっと来ないだろうと思っていたが、実際に予想通りになるとやはり悲しいものだ。
アリアベルが駆け落ちしたと言う話は、彼女の姿が消えたその日の夕方にはヴァネッサの耳にも届いた。まともにさようならさえ言えず、それが彼女にとっての結婚前の唯一の心残りだ。
「来ませんでしたな……」
「そう、ですね」
「それにしても、私がこんな大役をいただいて良かったのですかな?」
「でしたら、今からでも変わりますか?」
「ははっ、ご冗談を」
ほんの少しだが、アルヴィスのおかげで緊張が溶けたような気がする。ヴァネッサは堂々と過去を振り払うようにヴァージンロードを歩く。
人生は決して小説なんかじゃない。
生きていく限り決して逃れられないのだ。
「ヴァネッサ様、こんな時になんですが謝罪を」
「なんですか、改まって……」
「以前、ヴァネッサ様を侮辱してしまい申し訳ございませんでした」
「気にしてません」
「エリオット様の面倒を見ていただいた謝礼もお渡ししておりませんでした」
「──っそれは、もういいです」
「お許しいただけて恐縮です」
「アルヴィスさんのことなんて、気にするものではありませんし」
「ありがたき幸せ」
やっとのことで長いヴァージンロードを歩き終わりエリオットの元に到着すると、彼の薄青の瞳が優しく彼女を迎える。彼は、穏やかな微笑みを浮かべながら、ヴァネッサの手をそっと取り、その温かさを感じるように軽く握り返した。
彼のブロンドの髪は柔らかな光を受けて、まるで黄金のオーラを纏っているかのように輝き、ヴァネッサの純白のドレスと美しく調和している。
二人の間には、言葉にしなくとも愛情が満ちている。エリオットの瞳がヴァネッサを見つめ、まるで彼女の全てを受け入れると誓うかのように優しい光を湛えている。その瞬間、会場全体が静まり返り、ただ二人の絆だけがそこに存在しているかのような感覚が広がった。
参列者たちは二人に見とれて一言も発さない。それも手伝ってか、ヴァネッサたちはこの世界に二人きりのように思えていた。
ヴァネッサとエリオットが誓いの場に立つと、会場の空気が一瞬にして厳粛なものに変わった。参列者たちは息を飲み、国王が二人の前に進み出るのを見守っている。国王はその威厳ある姿で、まるでこの場全体を支配しているかのように立ち、二人の結婚を証明する役目を果たすために声を上げる。
「エリオット・エンデュミオン。汝はこの日、この場において私の前で誓いを立て、良き夫としてヴァネッサ・エイブリーと共に歩むことを誓うか」
「誓います」
エリオットは深く頷き、落ち着いた声で答えた。その言葉には、彼の内に秘めた強い決意と愛情がはっきりと込められている。
続いて、国王はヴァネッサに視線を移し、その瞳に真剣さが宿る。
「ヴァネッサ・エイブリー。汝はこの日、この場において私の前で誓いを立て、良き妻としてエリオット・エンデュミオンと共に歩むことを誓うか」
ヴァネッサは一瞬、エリオットの瞳を見つめた後、優しく微笑みながら応える。
「誓います」
その瞬間、会場全体に温かな感情が広がり、二人の誓いがこの場所に深く刻まれる。国王の前で交わされたこの誓いは、永遠のものとして二人の心に刻み込まれるのだった。
「では、誓いのキスを」
国王が告げると、会場の雰囲気は一層厳粛なものとなる。エリオットとヴァネッサは、互いに視線を交わし、心の奥底からの愛情を確認するかのように微笑み合う。エリオットはそっとヴァネッサの顔に手を添え、その優しい手つきに、彼の深い思いが込められているのがわかる。
ヴァネッサはエリオットに近づき、彼の頬に触れるようにして、彼の唇を軽く結びつける。その瞬間、二人の周りには静かな喜びの空気が広がり、会場に集まった人々の心にも感動が伝わる。エリオットはそのキスを受け入れると、優しく彼女を抱き寄せ、深い愛情を込めて彼女の唇に応える。
キスは短くとも、二人の間に流れる真実の感情が凝縮されたもので、観客たちの心に永遠に残る記憶となるだろう。互いの唇が離れると、エリオットとヴァネッサは、満ち足りた表情で微笑み合い、その後ろには喜びに満ちた参列者たちの拍手が響いた。
誓いの儀式も終わり、二人は揃ってヴァージンロードを歩いて行く。鳴り止まない拍手を浴びながら。
晴れ渡る空の下、誓いの儀式が終わると、エリオットはヴァネッサを優しく抱きかかえ、そのまま会場の外へと向かう。彼の抱擁は温かく、彼女を守るという強い決意が込められている。ヴァネッサはその心地よい温もりに包まれ、幸福感と安堵感で満たされていた。
外に出ると、空からは無数の花びらが舞い落ち、祝福の中に包まれている。花吹雪は、まるで二人の結婚を祝うかのように、風に乗ってゆっくりと降り注ぐ。色とりどりの花びらが、陽光を受けてキラキラと輝き、幻想的な景色を作り出していた。
エリオットはヴァネッサを見つめながら、誠実な愛情と幸福感に満ちた表情を浮かべている。ヴァネッサは彼の愛情を感じ取り、真っ直ぐに受け入れていた。
その時、花吹雪の中に紛れるようにして、人混みの中にアリアベルの姿をヴァネッサは見たような気がした。
もう一度振り返るのだが、そこにはアリアベルの姿はなかった。
ヴァネッサの心に一瞬の驚きと喜びが浮かぶが、すぐにエリオットの温かい抱擁と周囲の祝福の雰囲気に引き戻される。彼女はその瞬間の思いを心の奥にしまい込み、幸せな現実に戻りながら、エリオットの胸に顔を埋め、エリオットの耳元で囁いた。
「愛してる、エリオット」
「僕もだ。何が私が公爵夫人だなんてありえませんだよ」
「ふふっ、そうね。でも、今なら分かるわ。私は──あなたのために
「何言ってるんだよ、ヴァネッサ。迎えに行ったのは僕の方だろ?」
「うん、そうね。そうだったわね」
ヴァネッサの人生は決して幸福とは言えなかった。だからと言って不幸でもないと信じている。
ここから先の未来は誰も知らない。
知らなくていい。
未来を知れば恐れ、あるいは安堵するだろう。筋書きのある
彼女の手には、エリオットとの新たな未来を象徴するリングが輝き、その指には確かな重みが感じられる。それは確実な愛の証であり、これから歩む道を照らす光でもある。彼女の心には、未知の未来に対する期待と希望が交錯していた。
それでも、彼女は今、ここにいる。
エリオットと共に、この瞬間を生きることができる喜びに満ちている。過去の痛みや困難を乗り越え、たどり着いたこの幸福な瞬間を、心から楽しんでいる。
未来がどれほど予測不可能であろうと、彼女は今、愛する人と共にいることに深い感謝を感じている。彼女の物語は、予測できないからこそ美しく、これからどんな展開を迎えようとも、その一瞬一瞬を大切に生きることこそが、彼女にとっての真実であり、きっと幸福の源なのだ。
私が公爵夫人だなんてありえません! 鷸ヶ坂ゑる @ichigsaka-L
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