第3話 ゲームシステムの穴を突ける彼くん
馬車を降りてから学園の校舎まで歩きながら、こう考えた。
正義感を発揮すれば角が立つ。情で甘やかせば寝取られる。意地を通せば悪者だ。とかくに人の世は住みにくい。
過去にこんな文章に触れたことをクラウスは思い出したが、まさか世界を跨いで――いや、ゲームの世界に入ってもまさか同じとは思わなかった。
とはいえ、住みにくいからと引っ越したりもできない。
中世風の世界で、ところどころがオーバーテクノロジー風のものがあったりするが、まだまだ世界は狭く、華やかに見える表舞台など猫の額ほどの広さなのだ。
ましてや、これまで貴族の令嬢として育てられてきたリリーナが、すべてを投げ出しても生きて行けるほど世の中は甘くはない。
だから、すべてを失った悪役令嬢はどうにか生きていけるよう修道院に入れられたりするわけで……。もっとも、社会的にはこの時点で死んだも同然だが。
イザとなれば、これまでに備えたあれこれでどうにか生きてはいけるとは思うのだが、それもまたクラウスの好みではない。
いや、そもそも――
「今日も元気にお勉強ですわ~」
トコトコと歩く姿はちょっとアホの子のようだが、これでいてリリーナは努力家なのだ。
下品にならない程度にブレザー風の制服の裾やらを揺らして元気に歩いている。
どうしてブレザー風の制服が存在するのか。ゲームの世界だからで済む話ではないが、クラウス含めて数人しか気にする人間などいない。
もしかしたら過去の有力者に転生者がいたのかもしれないとでも思っておくことにしよう。どうせ答えはないのだ。
それはさておき。
「大身貴族なのに勉学に励もうとはいい心意気ですね、将来家から放り出されてもどうにか生きて行けそうですよ」
「……ねぇ、クラウス。どうしてわたくしの転落人生のビジョンを勝手に描いてらっしゃるのかしら?」
従者にあるまじき軽口に、リリーナが怪訝な顔で振り返った。
「勝手にだなんて、そんな滅相も。お嬢様はすぐ短慮に走るので、いつかやらかすと思っているだけです」
できる従者はコメントも違うのだ。
「確定扱いではありませんか! わたくしはそんな浅はかな女ではありませんことよ!」
いや、真面目に言うとゲームではどのシナリオでもやらかすんですよ、あなた。
……というか、昨日もやらかしそうになっただろ、覚えていないのか? よもや頭ニワトリ令嬢か?
「ねぇ、何かものすごく失礼なことを考えておりませんかしら?」
「はい、口に出したらご気分を害されると思われますので申し上げられません」
思わず爽やかな笑みが出てしまった。本音とはおそろしい。
「どうしてそこで否定するくらいの配慮がないんですの!」
本当の配慮があるから主を諌めるために口にしているのだ。
おべっかを使うだけならそれはもう
「否定する余地がないというか……。政略結婚前提で繋がった家柄だけの婚約者と、なんか運命の出会いをしちゃった的な貴族社会慣れしていない女の子を天秤にかけたら、新鮮さでコロっといくんだろうなって思っていただけです」
客観的に言及すると新たな料理を味わいたい王子のクソっぷりが出てしまうが仕方ない。
だいたい、年頃の男なんてそんなものだ。王族がやっていいかは別として。
「配慮どころか遠慮までないじゃないですの! 誰が不敬罪スレスレの本音を口にしろと!」
それは違う。スレスレではなくアウト判定取られる域にまで達している。周りに誰もいないからやってるだけである。
「まぁまぁ、そう深刻にならないでください。現実は非情なものです。……お嬢様、修道院に送られてもお元気で」
雰囲気を出すためにハンカチを取り出して目元を拭ってみる。
「ど、どうして味方が真っ先に敗北を見越しているんですの、うごごごごごご」
とうとう貴族令嬢にあるまじき奇声が出てきた。これはよろしくない。でも軽口が止まらない。止められない。
「ほら、あれです。やっぱり公爵家が王家を敵に回して勝とうとするのはいささか無謀かなと」
「ド直球ですわ……」
そろそろリリーナの心が折れて口から魂が出てきそうだ。
転生するまでクラウスは魂の輪廻など信じていなかったが、こうして同僚と一緒に異世界まで来てしまったら信じざるを得ない。
「ご安心を。まともに張り合っても勝てないのがわかっているのですから、それを逆手に取れば良いのです」
「逆手に?」
きょとんとしたリリーナが首を傾げた。こうした仕草はかわいらしい。
「放っておくのですよ」
クラウスは事も無げに言ってのける。
「それは――」
「このまま目覚めなければそのままです。周りは止めるでしょうが、お嬢様が変なことをしなければ公爵家には関係ありません。むしろ何か言っても口うるさいヤツと遠ざけられるだけです」
「それは、そうかもしれませんが……」
ぽっと出の相手に負けを認めたようで釈然としないのだろう。
だが、べつに競争をしているわけではないのだ。
「そもそも、リリーナ様は王妃になられたいのですか?」
オススメはしないが訊いておく。
もし意志が固いのであれば、また別の方法を考えなければいけなくなるが、それならそれで仕方ない。
「……どう、なのかしら。幼い時に決まったものだからそういうものだと思っていただけで……。国父を補佐してこの国をなどと考えたことは……」
明らかに心が揺らいでいるのがわかる。
「なら、構わないではありませんか。もういい歳をした大人なのです。彼の人も自分のことは自分で決められるでしょう」
「そう、かしら……」
「近くにいるから見えない、わからないこともあります。遠ざかっても色褪せない想いがあるなら、それこそ真の愛というものです」
そう、彼女がゲームの悪役令嬢だろうが、こうして地球人が転生して暮らしている以上、同じように意志を持ったひとりの人間なのだ。
主人公である男爵令嬢を中心にイベントが起きるなら、そこに関わらせなければいいだけだ。
「むしろ好きなことをする時間ができたと思えば良いではありませんか」
何もしていないのに婚約者が他の女に現を抜かしていて会いに来ないのだ。非難される筋合いはない。しかも目撃者多数だ。
「好きなこと……」
「たとえば、学園を卒業したら何をなされたいですか? 世の中は王国だけではありません。世界を見たいと仰せなら私もお付き合いいたしましょう」
「そんな。わたくし、爵位もない身分ですわよ?」
「だったら私が出世を目指してもいいですし」
「それは、その、あの、あなた……」
なぜかリリースの顔が赤くなっているが、それは置いておく。
そう、ゲームシナリオから離れつつも、ここからシステムの穴を突いていくのだ。
シナリオでクラウスは、数年内に起きる戦争を経てリリーナの腹心として頭角を現す。ライバル陣営が強力になるイベントとして。
北方の国との戦いにおける功績で騎士爵になり、すぐに公爵家の力で男爵に引っ張り上げられる。ひとたび爵位を持てば貴族として囲い込めると判断したのだろう。
この流れに乗っかればいい。
そうすればあとは適当に生きていける。法服貴族として領地は持たず、しばし
「とにかく、今は焦らず参りましょう。“懸命に、そしてゆっくりと。速く走るヤツは転ぶ”、だそうですよ」
「……いい言葉ですわね。でも、誰の言葉かしら?」
「さぁ、どこかの国の作家の言葉だったような……」
本来彼女がそうしなければいけない謂れもない。
だが、これはゲームシステムというイカサマダイスのようなものに愛されている主人公が絶対的に有利なのだ。
どう考えても横紙破りをする方に問題があるし、そのような相手に
真実の愛? 脳細胞と精子のタンパク質はほとんど同じだからどこかで入れ替わっておかしくなったのだろう。
無茶苦茶な運命が待ち構えているからこそ、自分たちは巻き込まれないように、それこそどうなってもいいように備えるのだ。
婚約破棄寸前の悪役令嬢、そんな私にも理解のある彼くんがいます(仮) 草薙 刃 @zin-kusangi
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