第9話 こんな機会も

 男の話を終えると、ルヴェンは宿の方へと向かった。

 リエラが宿の前で待っていたようで、ルヴェンの姿を見るや否や駆け寄ってくる。


「もう、遅いですよ!」

「ああ、すまない。少し話し込んだ」

「話し込んだって……。そういえば馴染みの店って言ってましたけど、今の姿でよかったんですか?」

「別に私の正体を言う必要はなかったのでな。それで、部屋は空いていたか?」

「あ、一応取れはしたんですが……一部屋しか空いてなかったみたいで」


 リエラは申し訳なさそうな表情をしながら言った。

 一部屋――それを聞いて、ルヴェンは周囲を見渡す。


「まあ、他にも宿はあるだろう。お前はここに泊まっていくといい」

「あ、いや! ベッドは広いみたいなので、二人でも大丈夫かと!」


 リエラが慌てた様子を見せる。

 ――どうやら、ルヴェンと同じ部屋に泊まりたいようだ。

 彼女が幼い頃は、同じベッドに潜り込んでくることも多かったが、今ではそんな機会もない。

 彼女が成長したから、という理由もあるが――ルヴェンの体調も大きく関わっているだろう。

 今までは彼女が気を遣っていた、というべきか。


「分かった。お前が同じ部屋でもいいというのなら、そうしよう」

「……! はい! では、早速行きましょうっ」


 リエラの喜んでいる時は随分と分かりやすい。

 ――表情もそうだが、尻尾が大きく揺れるのだ。

 しばらくはリエラのやりたいことに付き合うつもりでいる。

 何せ、ルヴェンにとっての気がかりは――彼女自身だったのだから。

 リエラの泊まりたかった宿はそれなりの値段を取るだけあって、中は随分と小綺麗になっていた。

 部屋は四階の奥――この辺りでは高めなこともあって、どうやら周囲を見渡せるようになっているらしい。

 暗くなり始めているが、町中に灯る光を景色として楽しむこともできるようだ。


「ここは大浴場もあるみたいですよ。師匠はどうします?」

「私は後で行く。先に入ってくるといい」

「なら、わたしも師匠に合わせます!」

「何も風呂のタイミングまで同じにする必要はないだろう」

「それは――まあ、そうなんですけど……」


 ルヴェンの言葉に、俯き加減に落ち込んだ様子を見せた。

 はっきり言ってしまえば、リエラはいつも以上にルヴェンに甘えるような雰囲気すら感じる。


「どうした? 普段は子供扱いされるのは嫌っているだろうに」

「っ、だ、だって……。師匠、昨日の今日までずっと寝込んでいたんですよ? 若返ったとはいえ、何があるか分からないじゃないですか」


 なるほど――つまり、リエラはルヴェンの身体のことを気にかけているようだ。

 確かに、今のルヴェンの身体に起こった出来事は、『若返り』と言えば簡単に聞こえるが、そう単純なものではない。

 心配もしているし、同時にこんな機会も滅多にない、というべきか。

 ルヴェンとしては、一人で先ほどの男との話を考える時間も欲しかったのだが――


「……まあ、いいだろう。少し部屋で休んだら一緒に行くとするか」

「! いいんですか?」

「別に断る理由もないからな」

「あ、ありがとうございますっ」

「わざわざ礼を言うことか?」

「あっ、えへへ……」


 リエラは照れくさそうな笑みを浮かべ、ルヴェンは少し呆れたように溜め息を吐く。

 ――そうして、二人の夜は過ぎて行った。

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老兵は死なず、若返るのみ 笹塔五郎 @sasacibe

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