第8話 依頼

 ――結局、町を回ったところでローブの女の情報を得ることはできなかった。

 近辺でよく露店を出している人物ですら、その女については知らないと言っている。


「一先ず、近くで宿を取るとするか」

「え、家には戻らないんですか?」

「もう日も暮れてきた。わざわざ戻る必要もないだろう」


 ルヴェンがそう答えると、何故だかリエナは少し嬉しそうな様子を見せる。


「どうした?」

「いえ、師匠と外泊するのは久々なので……」

「まあ、そうだな。泊まりたいところがあるなら、お前が好きに構わない」

「いいんですか? それなら、あっちによさそうな宿がありましたよ!」


 リエナははしゃぐ様子を見せながら、ルヴェンを案内する。

 ――ここ最近は、ルヴェンの体調がずっと思わしくなかった。

 こうして、共に出かけられるようになっただけでも、彼女にとっては嬉しいようだ。

 ルヴェンはリエナの後に続くが、


「リエナ、先に宿に向かっていろ」

「? どうかしたんですか?」

「馴染みの店が近くにある。ちょっとそこに寄っていくつもりだ」

「だったら、わたしも一緒に――」

「もう暗くなり始めている。部屋を取れなくなったらどうするつもりだ?」

「あ、そうでした……! 宿の場所は向こうの通りを抜けた先ですからっ」


 リエナは駆け足で向かって行く。

 その後ろ姿を見送った後、ルヴェンは一人――人通りのない道へと入っていく。


「――そろそろ出てこい」

「おや、バレてましたか」


 ルヴェンの言葉に反応して姿を見せたのは、黒を基調としたスーツに身を包んだ男であった。

 風貌にはいかにも気品に溢れているが、その表情は笑顔を張り付けたようで、どこか胡散臭い。


「私を意図的に呼び出しただろう。殺気を向けるとは――斬られても文句は言えない行為だ」

「ですから、言葉に従ってこうして丸腰で姿を見せたわけです」


 男はひらひらと掌を見せるように振るが、懐に武器を隠していることに、ルヴェンはすでに気付いていた。


「丸腰、か――まあ、いい。それで、私に何か用か?」

「ええ、まずは自己紹介をさせていただきます。私は、ヘラン商会からの使いとして参りました」

「ヘラン商会? 森にいた奴の仲間か?」

「いえいえ、その件についてはすでに耳に入っておりますが、違う商会の者でして」


 リエナが万能薬を盗んだ相手は商人だった――だが、それとはまた違う人物のようだ。

 ――とはいえ、話が通じる辺り、すでにルヴェンのことは耳に入っているということだろう。


「あなたが斬った男――実のところ、この町でも相当に腕の立つ剣客でして」

「あれか。確かに、それなりの腕だったとは思うが」

「あの男を『それなり』の一言で済ませることができるなら、やはりあなたは強い。実際、この距離ならまず――戦えば私は助からないでしょう」

「私は快楽殺人鬼ではない」

「ええ、そうでしょう。彼の仲間は生かしていたわけですし」


 随分と、細かい情報を手に入れているようだ。

 逃げ出した商人から聞き出したのか、あるいはその生き残りからか――ルヴェンは小さく溜め息を吐いて、男に再度問いかける。


「私に用か、と聞いたはずだが」

「これは失礼。本題から外れておりましたね。あなたの腕を見込んで、依頼したいことがあるのですよ、ルヴェン・フェイラル殿」

「――私の名を知っているか」

「おっと、誤解なきように。あくまで断片的に得られた情報から出た結論を述べただけでして、つまり鎌を掛けさせていただきました。まさか、本物のルヴェン殿が生きていたとは。それに、随分とお若い姿のようですが」

「……こちらにも色々と事情がある。それで、依頼したいこととは?」

「それは、受けてくださるということで?」

「内容次第だ。それと、こちらにも依頼を受ける上で条件がある」


 はっきり言えば、この男はかなり怪しいと言える。

 だが、わずかな情報だけでルヴェンに辿り着いた――その点に関しては、今のルヴェンにとって必要なものだったのだ。

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