第7話 とうの昔に

「――で、その女とはここで会ったというわけか?」


 リエナに案内される形で、ルヴェンは近くの町まで足を運んでいた。

 その女はここで『魔法薬』などを売っていたらしいが、すでにその姿はない。


「えっと、一応出店みたいな感じで売っていたみたいなんですけど……」


 おそらく、各地を転々としているのか――少し気がかりなのは、女が魔法薬を取り扱っていた、という点だ。

 そういう物に詳しいのであれば、確かに商人が手に入れた薬が何なのか、という情報を得られるかもしれない。だが、


(……そうであれば、『万能薬』などという下手な括りに入れはしないと思うが)


 ――そもそも、万能薬などという物はあくまで噂でしかない。

 逆に、魔法薬には若返りの効果のある薬は、偽物も多いが実在しているという話は聞いたことがある。

 ただし、ルヴェンのようにここまで劇的に若返りの効果を持つものは今までにないものだろう。

 間違いなく、リエナが会ったと言う女が、ルヴェンが若返ったことに関係していると思われる。


「……」

「どうかしましたか、師匠?」

「――いや、久方ぶりに町に降りたのでな」

「あ、確かに……師匠はもう何か月も家にいましたもんね」


 そもそも、家の周りですらろくに出歩けないような身体になっていた――改めて、自由に出歩けることのありがたさを感じる。


「……というか、師匠。一つ気になってたんですけど」

「なんだ?」

「その服は、どこにあったんですか?」


 リエナに指摘されたのは――今まで、彼女の前では見せたことのないようなもの。

 実際、傭兵時代はこういった黒を基調としたコートなどをよく使っていた。

 汚れも目立たず、頑丈という、使い勝手のよさがあったからだ。


「倉庫にしまっていたものだ。これは一部に竜の革を使っている。何十年――いや、百年経とうと劣化することはない。もっとも、斬られたり刺されたりすれば修繕の必要はあるが」

「意外です、師匠ってそういうの取っておかないタイプかと」

「お前に出会った頃までは仕事をしていた。いずれ――お前に渡してやるつもりだったが、私ほどには成長しなかったな」


 ――ルヴェンとリエナでは頭一つ分くらいの身長差ある。

 ぽんっ、と軽く叩くようにリエナの頭の上に手を置くと、


「こ、子ども扱いしないでくださいっ」


 リエナは少し恥ずかしそうに距離を取った。


「――しかし、情報が少なすぎるな。顔も見ていないんだろう?」

「えっと、はい。ローブを被っていても、多少は分かるはずなんですが」

「何らかの魔法を使っていた可能性があるな。近くで聞き込みをしたところで、女の行方が分かるとも思えないが……」


 町中ともなると、人通りは決して少なくはない。

 けれど、魔法で自らの正体を隠していたとすれば――リエナにすら分からないのであれば、どうしようもないことだ。


「匂いなら一応、覚えているんですが……花の香りがしたので」

「花の香り――『セラフ』か?」

「! え、どうして分かってんです?」


 セラフ――特定の環境下においてしか、花が咲かないと言われている植物。

 以前に、リエナにも見せたことがある。

 魔法薬の製造にも使われる貴重な花だ。


「――昔の知り合いに、その花を好んで使っていた奴がいる。魔導師なら、その花の可能性もあると思ってな」

「そうなんですか。昔の知り合いって、傭兵時代の?」

「ああ、一緒に仕事をしたこともあった」

「じゃあ、その人に聞けば、師匠が飲んだ魔法薬のことも分かるんじゃ?」


 リエナの問いかけに、ルヴェンは小さく溜め息を吐くと、静かに答えた。


「それは無理だ――そいつはとうの昔に死んでいるからな」

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