間章 キロの決意

 アルバ峡谷からほど近い、人里離れた針葉樹の森。その樹木の幹枝に三角帽子の魔術士が腰掛けていた。


「不測の事態はあったけど、とりあえず計画は進んでいるみたいだね」


 月明かりに照らされた白い三つ編みを風になびかせながら、キロは眼前に創り出した《映像魔術シアタライファ》を観てホッと胸をで下ろす。

 魔術で擬似的に作った四角い画面に映るのは、爆発した〈汽車きしゃ〉を離れ森へと駆け込むクラソルと朱鷺常の姿。

 魔獣たちの襲撃から逃れられたと見ていいだろう。

 二人の位置からして、一番近い村は[セギン]か。

 土地勘のあるクラソルなら、夜でも問題なく森を抜けて村に辿り着けるだろうから、あとで先回りして二人が一夜を過ごせる宿を手配をしておこう。

「しかし、

 キロにとっても、協力者の出方は予想外だった。

 立場からして積極的に介入はしてこないだろうと踏んでいただけに、黒狼犬の大群を〈汽車〉に差し向けられた際は正直焦りを覚えた。

 これについては、自身の見立てが甘かったと反省せざるを得ない。

 もっとも、

 互いに利害が一致しただけの協力関係で、万一の保険としてどうしても協力せざるを得なかったまでだ。

 今後は敵として、協力者の行動を注視する必要がある。

 アクロウの方は……。断定出来ないが、恐らく問題はないだろう。

 気がかりなのは、朱鷺常とクラソルに《健忘の魔術フォルゲダーザ》を掛けた何者かだ。

 おそらく〈電話鳥〉の通信妨害や、客車内に"黒狼犬"を転送したのも同一犯だろう。

 《健忘の魔術フォルゲダーザ》や《転送の魔術ショートラーザ》はいずれも第三階級の高度な魔術で、並の魔術士に扱えるものではない。

 難度の高いそれらの芸当を容易にこなせる魔術士となれば、

「敵も本格的に動き出している。ここからが正念場みたいだね」

 幹枝から立ち上がると、キロは森のはる彼方かなたにそびえる三角の山を見つめた。

 夜闇の空へモクモクと白い蒸気を発するその火山は、クラソルたちの目的地である[始まりの山]だ。

 全ての諸悪はあそこに根付き、【雪の魔導国】の大地を、竜脈を蝕み続けている。

 同時に、七年前の全ての悲劇を引き起こしたのだ……。

 [始まりの山]を見つめるうち、気づけばキロの表情に険しさがこもる。

 正直、上手くいくか不安はある。

 けれど、やるしかない。

 この日のために、"極東"へと足を運んだのだから。


「あなたが繋いでくれた希望と願い、必ず実を結んでみせます。


 計画の功労者とも言える"極東"の恩人に、キロは翡翠ひすいの瞳をそっと閉じて黙祷を捧げた。

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【改稿前の没作】(旧)剣豪の猫 ルンタロウ(run-taro) @runta_7010

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