第110話 おまけ・私の名前は……


 久遠の入院する病室を訪ねた運はノックをしてから扉を開いた。


「あ、お兄ちゃん。待ってたよ~」


「おう。……あれ? 父さんでも来てたのか?」


「うん、さっきまでね。お兄ちゃんと入れ違いになったみたい」


「父さん、何か言ってなかったか?」


「渋々だけど、私達のこと、認めてくれるって。私を連れ戻してくれたお兄ちゃんの努力と、正直に打ち明けた心に免じてって言ってた」


「……そっか。どうやら、真のラスボスも何とかなったようだな」


「それから、一度エヒモセスにも行ってみたいって言ってた」


「それは良かった」


「お兄ちゃんのほっぺたの腫れ、ひかないね? ヒールしてあげよっか?」


「良いんだ。大事なお前を貰ったんだ、殴られるくらいは仕方ない」


「あははっ! 男前じゃん」


 久遠は笑った。


「そう言えばお兄ちゃん聞いた? お兄ちゃんが転移した日、歩道橋から飛び降りてずっと意識不明になっている女の子が、実はこの病院に入院してるんだって」


「誰から聞いたんだ?」


「父さんからだよ。こっちでは行方不明になっていたお兄ちゃんと何か関係があるのかもって、随分と情報を探していたみたいだから」


「そっか。ぶつかる直前にトラックが転移しちまったから、そのまま頭から地面に落ちてしまったんだろうな……なんか人事とは思えない、見舞いに行こうか」


「うん……私もついて行って良い?」


「良いけど……もう歩いても平気なのか? リハビリとか色々……」


「それが、駄目元でヒールしたら治っちゃったんだよねぇ。あ、こっちでも使えた、って」


「お医者様が腰抜かすぞ」


「こっちで宗教でも開く?」


「久遠様マジやめろ」


 運は呆れ顔をしつつも身体を起こす久遠に手を差し伸べた。




 一方、時は少し遡り、エヒモセスにて運のトラックを見送り終えた妻達。


 その様子を傍から見ていたゾエとサフランは穏やかな雰囲気でプカプカと浮いていた。


「行ってしまったな、ご主人様は」


「ぽよぽよ」


「大丈夫じゃ。すぐにまた戻って来るわい」


「ぽよぽよ」


「あんなに麗しき奥方様を放っておく訳はあるまいよ」


「ぽよぽよ……ぽよっ!?」


「ん? どうしたサフランや」


「ぽよっ! ぽよぽよっ!!」


「なにっ!? 奥方様の数が合わない!?」


「ぽ~よぉ……」


「7……8……本当じゃ1人足りん! そんな馬鹿なことが……先程までは確かに全員……」


「ぽ……ぽ……ぽよぉ……」


「なにっ!? もしかして、ご主人様について行ってしまったかもじゃとおっ!?」


「ぽぽぽぽぽぽぽよよよよよよよ……」


「偉いこっちゃあ……ワシ等、奥方様の身を守る大切なお役目を授かっていると言うに!」


「ぽよぉ……ぽよぉ……」


「不味い不味い不味い……ご主人様達の世界は人間のみの世界……奥方様がそこへ向かえば、その身体がどうなってしまうか解らんのじゃぞぉ!?」


「ぽよぉ……ぽよぉ……」


「誰じゃ!? 誰がいなくなってしまったのじゃ!? ……困ったぞ、もし万が一、奥方様やその大切なお体に何かあった時には……ワシ等の責任問題じゃあ~……」


 ゾエとサフランはただひたすらに戦慄していた。




 そしてまた場面は運達の世界の、とある病院の一室へ移る。


「ヤバ子……お願い、そろそろ目を覚まして」


 意識を失った女子高生、小林ヤバ子の手を取ってその母親が語りかけた。


「子供の気持ちも考えず、ヤバい名前を付けた私達がいけなかったの。謝るから……」


 母の涙が落ちた時、連日の願いが天に届いたのか、彼女は目を覚ました。


「こ、ここ、は……」


 長く眠りについていたヤバ子の声は擦れていた。


「ヤバ子っ!? 目を覚ましたのねっ!? ※△#・□$ёネЖ !?」


「……」


 目の前の女性が発する言語の意味を理解出来なかったヤバ子も、徐々に脳内に残っていた記憶を取り戻すように意味を解せるようになる。


「言葉……が、解る……?」


「大丈夫!? ヤバ子? ヤバ子?」


「……ヤバ、子?」


「貴女の名前よ! 上から読んでも下から読んでもコバヤシヤバコ!」


「ヤバ子とは、この身体の……そして、貴女がお母さん……?」


「どうしたのヤバ子? お母さんが解らないの?」


「そう……では、ここへ来る途中で入れ違いになったのが、本当のヤバ子ちゃん……」


「ど、どうしたのヤバ子。貴女ちょっと変よ?」


「ごめんなさいお母様。ボクは、貴女の娘のヤバ子にゃんではありません。アタシは、とある人を追ってこの世界にやって来た者で、貴女の娘のヤバ子くんは、残念ですが、先程私と入れ違いになって……旅立たれてしまわれました」


「どうしたのヤバ子、変なことを言って……いえ、そうよね。きっと混乱しているのね」


「違うんです、お母ちゃん。私はもう、ヤバ子さんではないんです」


 ヤバ子の身体の主は憐憫な表情で首を横に振った。


「私の名前は……」


 そこへ病室のドアをノックする音が響いた。


 そしてドアの向こうからこんな声が聞こえて来た。


「あの、すみません。私、日野運と申します。小林さんが事故に会われた日、たまたま近くを通り掛かった者なのですが……」


 その声を、名前を聞いて、ヤバ子の身体の主は涙を流し始めた。


無事に転移できた安堵と、早々に想い人に出会えた幸運に。

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異世界トラック ~冒険者登録すら出来ない半強制追放の底辺運転手が極振りトラック無双で建国余裕の側室ハーレム、世界平和したいのに魔王扱いでツラい~ @nandemoE

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