第26話
8月28日。
想蘇祭が終わってから3週間が経った。
想蘇祭の最終日は創護社に所属している人間の尽力で、どうにか行う事が出来た。
西条さんや丹波達は捕まり、事情聴取を受けてから、御伽町の地下に存在する収容所に収容されている。
傷ついたテイルダイバーの人達も治療を受けて全回復している。
「終わった。書き終えた」
ノートパソコンのキーボードを叩くのを止めた。そして、マウスで上書き保存をクリックする。
初めての長編小説を書き終えた。タイトルは「誰もが笑顔になる世界」
今まで味わった事の無い達成感と充実感だ。これが作品を作り上げる嬉しさなのか。もう次の作品を書きたいと欲が湧いてきている。
部屋の壁に掛けている時計で時間を見る。
9時12分。
もしかして、徹夜してしまったのか。そんな事さえ気づかない程集中していたのか。そうに違いない。そうじゃないと、窓のカーテンの間から差す光に気づくはずだから。
一回寝よう。その後、起きてから誤字脱字と改稿しよう。
僕はベットにダイブする。どんどん意識が遠のいていく。
8月30日。午後15時。
僕は誤字脱字と改稿終えた「誰もが笑顔になる世界」のデーターが入ったUSBメモリーを持って、南エリアの丘にあるベンチに座って、莉乃姉が来るのを待っていた。
「賢ちゃん。ごめん、ごめん。遅くなった」
後方から女性の声が聞こえる。
僕は振り向く。莉乃姉が手を振って、こっちに向かって来ているのが見える。
「いいよ。今来たところだし」
「優しい事言うね」
莉乃姉は僕の隣に座った。
「優しいから」
「賢ちゃん言うようになったじゃない」
「まぁね。これ、受け取って」
僕は「誰もが笑顔になる世界」のデータが入ったUSBメモリーを莉乃姉に手渡す。
「なにこれ」
莉乃姉はUSBメモリーを受け取ってから聞いてきた。
「僕が書いた長編小説のデーターが入ってるんだ」
「え、本当に?」
「うん。だから、表紙の絵を描いてよ」
「書く。絶対に書く。やっと書けたんだ。ずっと、待ったかいがあったよ」
莉乃姉は嬉しいそうにUSBメモリーを見ている。
だいぶ待たせてしまったな。長編小説を書き終えた。もう、何も迷う事は無い。
「莉乃姉、聞いてほしい事があるんだ」
「うん?なに?」
「……あのさ、僕と」
「僕と?」
「僕とお付き合いしてくれませんか」
僕は立ち上がって、言った。
あー顔が無茶苦茶熱い。それに心臓が皮膚を突き破ってしまいそうな程に激しく脈打っている。どうなる。どうなるんだ。
「…………」
「…………」
返事が無い。どうしよう。何か言って場を繋ぐか。いや、それは逆効果だ。あー死にそうだ。
これで無理だったら死んでしまう。
「……それってさ。賢ちゃんの彼女になるって事だよね」
莉乃姉は顔を真っ赤にして訊ねて来た。
「う、うん。しょうだよ」
だ、大事な所で噛んでしまった。痛恨のミス。でも、分かってくれるだろう。
「……そっか」
「……駄目かな」
この状況に耐えられなくなり質問してしまった。情けない。情けないぞ。僕ってやつは。
「駄目じゃないよ」
莉乃姉はベンチから立ち上がって、僕を抱き締めた。
「そ、それって。OKって事でいいの?」
「うん。お願いします」
莉乃姉は僕の背中にある手を両肩に置き換えて、僕に顔を見せた。
莉乃姉は今までで一番嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「ありがとう」
僕は莉乃姉を抱き締めた。
莉乃姉は僕を抱き締め返す。
「これでやっと言えるよ。大好きだよ。賢ちゃん」
「僕も言えるよ。莉乃姉、大好きだよ」
「莉乃姉じゃなくて莉乃で、その言葉をもう一回言って」
「……り、莉乃。大好きだよ」
「……うん」
幸せだ。僕は世界一の幸せ者だ。この幸せが一番のままで終わらせたらいけない。ここから
幸せを更新し続けなければならない。
それは創作活動も同じなのかもしれない。次の作品、次の作品と、新たな作品を生み出さないといけない。
続ける事が大事なんだ。続ければそこに歴史が生まれるんだ。その歴史が未来の何かに影響を与える。たとえ、その影響が小さかったとしてもいい。誰かの何かを始めるきっかけになれば。
テイルダイバー APURO @roki0102
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