第25話

御伽町立図書館の屋上から黒色の光の柱が空に向かって聳え立っている。

 あそこに西条さんが居る。少しでも早く着かないと。

「ドラゴン、速度上げてくれ」

 ドラゴンは首を縦に振る。

 僕はドラゴンの背中を強く握る。ドラゴンは速度を上げる。

 風が口に当たり続けて、息が出来ない。でも、そんな事を気にしている暇なんかはない。屋上に着いてから息を吸えばいい事だ。

 ドラゴンは屋上の上空に着いた。

 屋上には黒現具と思われる黒色の万年筆を持った西条さんが居た。黒い光の柱は黒い本から出現している。十中八九、あの本が神創記だろう。

 ドラゴンは屋上に着陸した。

 僕はドラゴンの背中から降りる。

「西条さん」

「……巌谷君か」

 西条さんの表情は普段の優しい顔ではなく人を殺しても何も感じないだろうと思うぐらい冷たい顔をしている。

「なぜ、貴方がこんな事を。あんなに優しくしてくれたじゃないですか」

「君に私の何が分かる?」

「……それは」

 全ては分からない。

「答えられないだろ」

「でも……」

 全ては分からなくても、優しい部分は分かる。けれど、どう言葉にすればいいか分からない。

「でも、なんだい」

「……僕は……僕は貴方の作品を読んで小説家になろうと思ったんです。貴方の心優しい作品を。僕もこんなふうな優しい作品を書きたいと」

「……巌谷君。この世の中は感情だけでは評価されないんだよ」

「え?」

「この世の中の大勢の人間は何を見て、評価すると思う?」

「……何を見て評価する?」

「数字だよ。どれだけ素晴らしい作品を書こうが数字が振るわないと淘汰される。その逆もある。どれだけ駄作でも数字がよければ名作として名を馳せる」

「数字は数字じゃないですか。僕は心から貴方の作品が素晴らしいと思っているんです」

 いくら売れたとかそんなのどうでもいい。僕はどれだけ自分が良かったかで作品を評価する。

「君はそうだろ。でも、それはね。少数派なんだよ。自分で責任を負いたくないからね。だから数字で判断する。あの有名人が良いって言っていたから。評価サイトで最高評価を受けていたから。他人の言葉や評価を羽織っている人間ばかりなんだよ。裸の自分では判断できない。この世の中はね。無責任な奴らばかりなんだ」

「……それは」

 言い返せない。思い当たる節がある。ここ最近の世の中はそう言った方に傾いていると思う。

でも、ちゃんと評価できる人もいる。

「言い返せないだろ。そうなんだよ。まごう事なき事実なんだ。そのせいで、価値の知らない者達に罵倒され、尊厳を踏み躙られる。どれだけのクリエイターが傷ついたか分かるか」

「…………」

 何も言えない。その代わりに涙がこぼれだして来た。

 どれだけ素晴らしいものを創っても、数字が伴わなければサンドバックのように叩かれる。そんな世界だから仕方がないだろうと言われる人を何人も見てきたことがある。言われた人達は影で泣いていた。そう言う人達を思い出したら、目の奥が熱くなった。

「君は優しいな。でもね。その優しさだけでは人を救えない」

「……西条さん」

「だから、そんな世界を私が変えるんだよ。正当なものが正当な評価を受ける世界を作る為に」

「そ、その為に関係ない人まで巻き込むんですか?」

「変革には犠牲が必要なんだ」

「それじゃ、また傷つく人が増えるだけじゃないですか」

 言っている事としようとしている事に矛盾が生まれている。矛盾が生まれる時点でそれは上手く行かない可能性が発生しているのは分かるはずだ。

「いや、増えないよ。全員が傷つかない世界に変えるから」

「矛盾してるじゃないですか」

「それがどうかしたかい。その矛盾と言う破綻も無理やりこじつければいいだけだ」

「西条さん。考え直してください」

「考え直す必要ないよ。ここまで来てしまったからね。やりきるしか選択肢はないんだよ」

「まだやらないと言う選択肢がありますよ。ねぇ、お願いですから」

 僕は必死に気持ちをぶつける。

「そのお願いは聞けないな。そこで見ててくれ」

 西条さんに僕の気持ちは届かない。届く前に拒絶されている。

「西条さん。西条さんが止めてくれないなら、僕が止めます」

「そうか。それは面倒だ。君にも現実を見せてあげないといけないな。黒絶筆(こくぜつひつ)よ。創造主イザウルスを黒現化しなさい」

 西条さんは黒改された本に黒絶筆の筆先を向ける。すると、西条さんの後方に魔法使いのような黒色のフードを被った少年が現れた。

「……イザウルス」

 たしか、神創記内で登場する世界を創造した存在。いわば、神だ。西条さんは神を黒現化したと言うのか。

「君は知っているよね。創造神だ」

「何をするつもりですか?」

「言っただろ。現実を教えてあげるだけだよ。イザウルス、そこの少年とドラゴンの足の自由を奪いなさい」

「了解しました」

 イザウルスが僕に向かって両掌を向ける。その掌に魔法陣が出現した。その瞬間、僕の足の力がなくなった。

 僕はその場に跪づいてしまった。動けない。動かさそうとしても全く力が入らない。これが創造神の力なのか。

 ドンと、何かが地面に衝突した音が聞こえた。

 僕は振り向いた。そこには僕と同様跪いているドラゴンが居た。

「君はそこで見ていなさい。世界が変化する過程を」

 西条さんは神創記のもとへ向かい、膝を着く。そして、黒い本に何かを書き始めている。

「西条さん。止めてください」

 西条さんは僕の言葉を無視して書き続けている。

「ドラゴン、イザウルスに火を吐け」

 ドラゴンが口を大きく開ける。

「イザウルス、ドラゴンが火を吐くという事実を無くしなさい」

 イザウルスの両掌に魔法陣が出現する。すると、ドラゴンは火を吐くのを中断した。

「ドラゴン、なんで火を吐かないんだ」

「吐くわけがないんだ。吐くという事実を奪われているんだからね」

 西条さんは黒絶筆で神創記に何かを書きながら説明した。

「そんな」

「イザウルス、ドラゴンの存在そのものを消去しなさい」

「了解」

 イザウルスがドラゴンに向けて、掌を向ける。その次の瞬間、ドラゴンが消えた。

「う、噓だろ……」

 どうすればいいんだ。ドラゴンが消えてしまった。次の何かを実像化させないと。

 僕は目を閉じて、ゴーレムをイメージする。イメージはどんどん鮮明になっていく。

 今だ。目を開けて、空気中に「ゴーレム」と書く。

「イザウルス、そこの少年の実像化の権限を奪いなさい」

「はい。主よ」

 イザウルスがまた掌を向けて来る。

「な、なんでだ。噓だろ」

 実像化できない。そんな事がありえるのか。

「イザウルスは創造神だ。それぐらいの権限はあるんだよ」

「……そんな」

 聞いた事ないぞ。神創具の力の権限を奪うなんて。

 どうすればいい。どうしたら、この状況を打破できる。いや、打破できるのか?

「イザウルス、大量の隕石を上空に生み出せ。1分後、街に落とせ」

「了解」

 イザウルスが掌を空にかざす。

 突然、大量の隕石が出現した。その大量の隕石は落ちずにその場で浮遊している。

 これが町に落ちれば確実に被害が出る。この街は更地になってしまう。

「君には何もできない。これが現実なんだよ。分かったかい」

「嫌だ。嫌だぁ!!」

 このままだったらこの町が無くなる。莉乃姉や大事な人達が死んでしまう。そんなの嫌だ。考えるんだろう。この状況を打破できる方法を生み出すんだ。

「イザウルスの能力を全ての事象を再生する能力に変更」

 イザウルスに神夢筆を向けて、空気中に書く。

「能力の変更を拒絶する」

 イザウルスは神夢筆の能力を遮断した。

「……う、噓だ」

 そんなのありかよ。打つ手が無い。

「神には通用しないよ。普通の存在なら通用していたかもしれないけどね」

 もう時間がない。僕はこの現実を変える事ができないのか。みんなが居なくなる現実を受け入れないといけないのか。そんなの現実は受け入れたくない。

 何か現実を変える方法があるはずだ。考えろ。考えるんだ。絶対に何かあるはずだ。

「あと10秒だ。黒改も時間を待てば完成する」

 西条さんは書くのを止めて言った。

 ……神には通用しない。神じゃなかったら通用する。神じゃないもの。人間には神創具の能力の対象にはできない。……他に対象できるもの。

 ……そうだ。西条さんが手に持っている黒絶筆を違うもの変更すればいいんだ。出来るかはわからない。でも、可能性があるならするしかない。一か八かだ。

「黒絶筆を神夢筆に変更」

 僕は小声で言って、神夢筆を黒絶筆に向ける。

「どんな事をしても意味はないよ」

「いや、可能性は諦めなければ生まれる。神夢筆の所有者は僕だ。イザウルス、隕石を落とすのを中断して消去。それと、僕の足を自由にしろ」

「何を言ってるんだ」

 西条さんは手に持っている黒絶筆が神夢筆に変化した事にまだ気づいていない。

「了解しました。新たな主よ」

 イザウルスは僕の事を新たな主と認めた。その次の瞬間、上空に浮遊している隕石が消えて、僕の足の自由が戻った。

「イザウルス、何を言っているんだ」

 西条さんは起こっている事を把握出来ていないようだ。

「自分の手に持っているものを見てください」

 僕は立ち上がって言った。

「こ、これは君の神創具。なんでだ」

 西条さんは手に持っている神創具を見て、驚いている。

「僕の能力で貴方の黒現具・黒絶筆を神夢筆に変更したんですよ」

「そ、そんな」

「イザウルス、西条さんの両手両足の自由を剥奪」

「了解」

 イザウルスが両掌を西条さんに向ける。すると、西条さんはその場で倒れた。手に持っていた神夢筆は地面に転がった。

「き、君は傷つく世界のままで良いと言うのか」

「良いとは思いません」

 僕は黒改された神創記へ向かう。

「じゃあ、なぜ私の行いを邪魔する」

「やり方が間違っているからです。こんなやり方で変わった世界はまた違う傷を生み出す」

「じゃあ、正しいやり方があると言うのか」

「それは分かりません。だから、みんなで考えるましょうよ」

「みんなで?」

「世界は創作物とは違うです。一人1人が主人公だし、創作者です。1人じゃ答えを生み出せないものも何人かで考えれば新たな答えを生み出す事ができるかもしれない。……僕はその可能性を信じたいんです」

「……可能性」

「はい。可能性です」

 僕は神夢筆で神創記の改変された部分を正しいものに書き換えていく。

「そんな夢叶わない」

「大丈夫です。叶えてみせますよ」

「……なんで、そんなに自信を持って言えるんだ」

「この世は叶わない事を叶えてきた世界だから」

 神創記を書き直し終えた。

 今までの偉人はそうしてきたと思う。叶うはずないと言われ続けた事を叶えた。その事実が歴史となって今に繋がっている。それなら、僕らが叶うはずのない事を叶えたらそれも歴史になるはずだ。

「……叶わない事を叶えてきた世界か」

「はい。イザウルス、神創記に戻って」

「了解しました」

 イザウルスは神創記に戻って行く。

「……君には負けたよ」

「勝ち負けじゃないですよ。西条さん」

 僕は西条さんに手を差し伸べる。

「巌谷君?なんで私に手を差し伸べるんだ」

 西条さんは僕の行動に驚きを隠せないようだ。

「一緒に叶えましょう。ねぇ」

「……巌谷君」 

 西条さんは涙を流しながら、僕の手を掴んで立ち上がった。

「泣かないでくださいよ」

「君は馬鹿だ。大馬鹿だ」

「はい。馬鹿です」

「君なら素晴らしい未来と作品を作りあげる事ができる気がするよ」

「作り上げます。だから、見てください」

「……あぁ、楽しみにしてるよ」

 これで終わりだ。何もか終わった。そして、これからが始まりだ。色んな評価軸を生み出す事も、傷つく人が0になるような世界に近づける事も。それに自分の作品を作り上げる事も。

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