噂の黒い公衆電話

涼風岬

第1話

 パソコンの画面と睨めっこをしている者がいる。時刻は、すでに0時を回っている。その者の名前は思井おもいあずまという。大学生2年生である。


 授業とバイトを終えると食事を片手間に済ませ、パソコンの画面と向かい合うのだ。土日はバイトのシフトがなければ一日中、いや二日間ぶっ通しといっても差し支えない。


 そんな事ばかりしている者を一般的にはインドア派や陰キャと呼ぶのであろう。しかし、数ヶ月前までは至って普通の大学生であった。


 普通という定義は難しいが、友人とカラオケに行ったり、趣味の映画鑑賞にも興じていた。バイトは週5でシフトを入れていた。


 ある日ネット上で、ある噂を目にした。それからは友人関係は疎かになり、趣味である週末の映画鑑賞をパタリと止め、バイトは週2に減らした。


 その噂とは黒い公衆電話に関してである。その話題沸騰となった内容とは、突如として目の前に黒い公衆電話が出現したという投稿であった。


 その一文だけでは、さほど話題にはならなかったであろう。


 その投稿を爆発的に押し上げたのは、それと共に添付された画像であった。それには確かに黒い公衆電話が写っていたのである。


 その画像には薄らもやが、かかっていた。それ故にネット民の反応は合成という意見、いや罵詈雑言で溢れかえった。


 ある投稿で一気に流れが変わることとなる。それは、その界隈で有名な画像ソムリエというIDが、画像は100%合成でないと断言したのだ。


 このIDは、これまで閲覧数やイイね稼ぎ目当てで投稿された偽画像を数々看板してきた。


 熱心なファンを抱えている。フォロワー数は、この界隈では異例の100万に届きそうな勢いである。


 ファンの間では、看破された者は垢消しをしてネット上から消え去るので死刑執行人の異名であがめられている。


 それを裏付けるように、著名な専門家数名が合成ではないとの結論付ける投稿を行ったのである。これにより、ネット上はザワつき特定斑により場所が割り出された。


 そうなると予想通りというか何というか、ネット配信者たちが閲覧数お目当てに群がってきた。


 彼らは、何としても映像に押さえようと躍起になっていた。中には、テントを張って1ヶ月間定点配信すると宣言した強者も現れたのだ。


 しかし、一向に黒い公衆電話は出現してはくれなかった。閲覧数が稼げないので、1人また1人、その場所から去って行くという次第に。


 人の気持ちは熱しやすく冷めやすい。3ヶ月も立たずに黒い公衆電話の噂は立ち消えになった。人の噂も七十五日と言うが言い得て妙だ。


 思井の熱は冷めなかった。オカルトに目覚めたのかというと決してそうではない。死者と話したという投稿文の一言が頭にこびりつき中から離れて行ってはくれないのだ。


 それ以来、黒い公衆電話の噂に魅入られている。いや取り憑かれているという表現が正しいだろう。血眼になり一心不乱なのだから。受験勉強など比較にすらならない程に。


 その動機は高校時代の一件にある。それはクラスメートが自死してしまったことだ。その事は心に深く刻まれ癒えることない傷となっている。


 名前は新園しんえんこうといい、いじめに遭っていた。それは次第にエスカレートしていった。


 見かねた思井は、その現場に割って入り止めさせたのだ。そして、二度とやらないように強く言った。すると、いじめは収まった。


 それから、2人は少しずつ距離を縮めた。しかし、友人というには微妙な関係であった。でも自然と会話が出来て下の名で呼び合う仲ではあった。


 そんな新園は自ら死を選択したのだ。それは、辛く心が引き裂かれそうで無念な事だっただろう。本意ではなかったんだろうと思井の胸を掻きむしるのだ。


 思井は、その事実を知ったとき茫然自失となった。しばらくすると、なぜだという思いが込み上げてきたのだ。その当日、新園は初めて笑顔を見せてくれたのに。


 その思いが胸につかえ、幾度となくフラッシュバックしては鼓動を速めるのだった。


 そんな中、黒い公衆電話の噂を目にした。なぜだか、自然と信じられた。どうしても理由を知りたいという思いが脳を麻痺させたのかもしれない。


 今日もまたネットと睨めっこしなかがら情報収集している。しかし、有力な手掛かりとなる端緒すら掴めていない。焦りが募るばかりである。


 方法を変えることにした。これまでは関連度が高い順からシラミ潰しに当たっていた。


 それを止めて関連度順の最後の方から当たってみることにした。すると、程なく黒い公衆電話に関する情報を提供するという文言のあるサイトで見つけたのだ。


 そのサイトは管理人の過去の携帯、スマホコレクションを紹介する内容だった。失礼ながら、思井は誰が閲覧するんだと思った。


 胡散臭いとは思いつつ、藁にでもすがる思いなのでメールの捨て垢を取得しコンタクト取った。


 というのも、そう指定されていたからだ。理由は個人情報トラブル防止とのことだ。なので特定されるような情報は一切送らないようにとのことだった。


 すぐに連絡があった。そこには、更なる指定が記されていた。それは、絶対条件としてサイト管理人が自作した通話アプリをインストールしてくれとのことだった。


 個人情報保護のため強力な防御システムを構築してるので安心安全であるとの文言が添えられていた。


 更に胡散臭さを感じ諦めようと一瞬過ったが、個人情報の取り扱いに細心の注意払う遵法じゅんぽう意識の高い管理人だと言い聞かせた。


 それで、ヘルノゥと名のアプリをインストールしたのだ。ネーミングセンスは如何なものだろうと思井は首を捻ひねった。


 その後、やり取りを繰り返し本日に至る感じである。指定された時刻ジャストにかかってきた。


「あっ、初めまして」


「いゃぁ、名無しさん。ヘルノゥの世界へようこそ」


「お邪魔させて頂いております」


「そんなに硬くならずに」


「はっ、はい」


「私は管理人のノベマです」


「よろしくお願いします」


「下の名前はですねぇ~」


「あっ、結構です」


「個人情報に気を遣って頂いているんですね。安心して下さい、偽名ですよっ」


「……はぁ」


「下の名はタオと申します。名字のノベマはノベが延長の延でマが時間の間、タオのタは大きい、オは中央の央です。フルネームは延間のべま大央たおと申します」


「あっ、はい」


 思井は実は本名なのではと疑っている自分に気づきハッとなる。


「このアプリどうですか? 使い勝手が良いでしょう?」


 その愚問に唖然とする。使って2分程で聞く質問かと。そう言い返してやりたい気持ちになる。しかし、ぐっと堪える。


「音声がクリアですね」


「そこは他のアプリと変わりませんよ」


「…………あっ、すみません」


「これから、たくさん使って見つけて下さい」


 じゃあ聞くなよ心の中で思井は叫んだ。そして、今の状況を深く後悔し始めている。


「あっ、そうだ! 一年間は絶対にアンインストールしないで下さいね。お約束ですから」


「えっ!」


「やっぱり。名無しさん。私のヘルノゥの同意文よく読まずにOK押されましたね? 読んで頂いていたら、こういうリアクションにはなりませんから」


「もっ、申し訳ありません。早く連絡取りたい一心で」


「まっ、そういう事にしておきましょう」


「えぇっ」


「営業トークはここまでとして。聞きたいことは何かな?」


 急な言葉遣いと口調の変化に戸惑う。


「ないなら終わりにするけど」


「まっ、待って下さい」


「どうぞっ~!」


「どっ、どうやったら黒い公衆電話は出現するのでしょうか?」


「さあぁ、聞いた話では願い続けることらしいけど」


「それだけですかぁ!?」


「あぁっ、そうだけど」


「…………ああっ」


「もういいかなっ?!」


「……………………」


 思井は騙されたと思った。そして、多額の請求書が送り付けられてくるんだろうなと想像し憂鬱になる。


「冗談! ここまで辿り着いた君に敬意を表し掴んだ情報を進呈しようと思う。通話した人から聞いたんだけど、相手からもう掛けて来ないよう念押しされたらしい。あっ、それとさっき言った願い続ければ出現すると言ったのは嘘じゃないから。ちゃんと複数人から証言とってるからっ」


「そうなんですかぁ」


「以上!」


「それだけですか? あっ、すみません」


「まぁ、やっとここまで辿り着いて、これっぽっちかと言う貴方の気持ちは充分に理解できるよ。収集した情報からの私なりの推測があるだけど。聞きたい?」


「もちろんです。是非お願いします!!」


「いい返事。いいでしょう。まず1点目、相手方が念押しする位だからぁ。あるのかないのか知らないけど、ルールを破ったらペナルティが課せられるじゃないかな。どんなペナルティかは知らないけど相当なものだと想像するに難くないと思う」


「あっ、ああぁっ」


「理解できてるかな?!」


「はい!」


「2点目、通話は一定期間は時間を空けないといけないんじゃないかなと。その場合は通話者か相手方、もしくは双方にペナルティが課せられるじゃないかと。双方が濃厚なのかなと思う」


「なるほどぉ」


「嬉しくなっちゃうな。普段、話し相手がいないもんだからぁっ」


「あっ……そうなんですね」


「3点目は黒い公衆電話から掛けるのには回数制限があるんじゃないかなと。この場合、通話者に課せられるのが濃厚かな。カウントされるのは、相手方と通話が出来た場合、単に掛けた場合が考えられるね。体験者に何回かけて何回通話には成功したか聞いておくべきだったなぁ。失念していたよ。まあっ、普通に考えれば前者だろうけど。でもね、こっちの常識は、あっちでは通用しないよっ………………ごめん、ごめん。普段喋らないものだから口が止まってしまった。通用しないかもしれないと言いたかったんだけど。流石に1回ってことは無いかなと思う。万が一、2回目があるなら相応の覚悟が必要かもね」


 その言葉に思井は一瞬不安になったが、通話できるまで諦めないと心に決める。


「考え事かな?」


「あっ、すみません」


「まっ、あくまで推測にすぎないけどね。肝に銘じてくれると嬉しいかな。では幸運を祈っているよ」


「ありがとうございました、延間さん」


 思井は椅子から立ち上がり、顔もどこに居るかも知らない延間に対して深く頭を下げた。






 それから、願い続けているが一向に出現してくれない。それでも前向きに祈り願い続けている。近所のコンビニに向かっている。


 気分展開に普段は通らない道を歩いている。街灯はあるが、いつもの道よりは暗く感じる。


 進んでいると右側でドンッという音がした。気になりその道に入る。


「こんな所に公衆電話ボックスがあるんだぁ? 誰が使用するんだろ? あっ!?」


 そう呟くと、そこ目がけて走り出す。電話の色を確認する。


「黒だぁ! 遂に現れてくれたぁぁぁ!!!」


 思わす絶叫した。しかし、我に返り周囲を見回す。幸い人気ひとけはない。扉を開け中に入る。


 それから震える手で恐る恐る受話器を取り耳に当てる。すると、発信音が聞こえてきた。どうやら、自動ダイヤルのようである。


 十数回鳴り続けている。更に何回か鳴り続けるとプゥーップゥーッと音がして不通になった。


 思井は、ゆっくりと受話器を置き項垂うなだれながら外へと出る。その落胆は相当なものだった。


 どうやって家に着いたかもハッキリと覚えてない。椅子に座り電源の入っていないモニターに映る自分を眺めている。


「そうだ」


 そう呟くと前向きに考える。なぜなら、黒い公衆電話は実在したのだからと。


 いつかは通話できるかもしれないという希望が奮い立たせてくれている。絶対に諦めないと心に誓う。


 あれから、二度黒い公衆電話は出現した。しかし、そのどちらでも通話は叶わなかった。


 黒い公衆電話は実在するが、死者と通話できるというのは本当なのかと疑念を抱いてしまった。






 それから、3ヶ月が経過した。3回が回数制限なのかと弱気になったともあったが、気持ちを立て直し希望は捨てていない。


 今日も願いながら帰路に着こうとしている。その甲斐あってか、待ちに待っていた黒い公衆電話が出現してくれた。


 思井は4度目の受話器を取る。いつも通り発信音が聞こえてくる。


 今度こそ出てくれと祈る。願いが通じたのか通話中になった。しかし、声が一向に聞こえない。受話器の向こうから吐息が微かに聞こえている。


「もっ、もしもし? 声、聞こえてますか?」


「…………」


「もしもし? 向?」


「……あっ、うん」


「ようやく繋がったぁ」


「ごめんなさい。これまで取らなくて」


「謝る必要ないよ。こっちが話したかったわけだし」


「実は、これまでの三回は電話の前では来てたんだけどね。取れなかった。どうしようか悩んでた」


「そうだったんだ」


「でも、やると決めたんだ」


「決心してくれて嬉しいよ」


「……あっ……………うん」


「もしかして後悔してる?」


「後悔だなんて。そんなはずない。絶対やると覚悟を決めたんだから」


「良かった」


「久しぶり」


「そうだね」


「元気?」


「そこそこかな。向は、あっ! ごめん」


「うんっ!? どうしたの?」


「いやぁ…………」


「あっ! 分かった。そういう事か」


「……うぅんっ」


「気遣ってくれてるのか。大丈夫だよ、自分なら」


「でも」


「ところで、どうして連絡取ろうとしたのかな? 話に聞いたんだけど、黒い公衆電話まで辿り着くのは大変らしいね」


「まぁ、そうかな?」


「思っててくれたんだね。とっくに忘れ去られてるかと思ったりしてたよ」


「そんなことない!!」


「ごめん、ごめん」


「こっちこそ」


「何聞きたい?」


「……あっ…………そのうっ」


「何でも答えるよ。せっかく苦労して連絡取ってくれたんだし」


「あっ……うぅ~ん」


「この調子じゃ、いつまで経っても聞いてくれそうにないな。当ててあげようか?」


「ええっ?!」


「そんなの一つしか無いよね。どうして死んだかだよね?」


「………………あっ、うん」


「実はね、いじめは続いていたんだっ。校外でね。反動なのかな? 輪をかけて酷くなった。それで精神が壊れたみたい。気付いたら、こっちにいたし」


「どうして言ってくれなかったの!?」


「そうだなぁ~、勇気がなかったんだと思う」


「どうして?」


「迷惑だと思って。だって四六時中一緒にいることは出来ないんだし」


「家まで送ることは出来たよ」


「あっ!! それ期待してた答えだ。優しいな~、やっぱり東は」


「そんなことないよ」


「いつも輝いて見えてた。周りに人がいて、嫉妬するくらい、違うや。嫉妬しそうなくらい羨ましかっなぁ~」


「そうかな?」


「そうだよ! 生まれ変われるもんなら、東にって思ったよ。そんなこと、あるはずも無いのに」


「あっ、そうなんだ」


「こっちが電話に出ると一つだけ願いを叶えてくれるんだよ」


「えっ! そうなの?」


「そう」


「…………何か願ったの?」


「願わなかった」


「どうして?」


「その必要がないから」


「そっかぁ」


「そろそろ時間みたい」


「向?」


「何? 東」


「助けられなくて、ごめんなさい」


「何言ってるの? 東は、これっぽっちも悪くないよ」


「あっ………………そう言ってくれると…………」


「東が良心の呵責に苛まれることないよ」


「そっ、そうかな?」


「そうだってぇ!」


「あっ、うん」


「あっ! もう時間だって」


「名残惜しいよ」


「そっかぁ、 話せて良かった。でも会いたいよ、東に。ワガママだな、自分。本当にごめん。そしてサヨナラかな?」


「話してくれてありがとう、向。また通話したいな」


「教えてあげるよ、東。 次はないよ。数秒後が、そっちの世界での東の最期だから。こっちで話そう」


「えっ…………」


 向が、ゆっくりと受話器を置く。その瞬間、黒い公衆電話と共に思井は消失した。

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