資質異常
珊瑚水瀬
資質異常
「次の方どうぞ」
私が一声かけると、40代くらいだろうか、角刈りのいかり型の男が風を切りながら診察台にドカッと座った。
「先生、僕の人生はこれからどうなるんでしょうか」
僕がどうされましたか。と聞く前に前のめりに話し始めた彼は、その恰好とは裏腹におずおずとした声で僕にすがるような目で僕を一心不乱に見つめている。
「はいはい、ちょっと待ってくださいねえ」
カルテの名前を見ると「飯田 徹」と書かれれており、その横には文字はなく、でかでかと大きなバーコードが張り付けられている。そこに張り付けられたバーコードをスキャンすると私の画面上に今までの生きざまや記憶が共有されるシステムである。
今では医者という職業は他者の適切な職業を診断し、これからの暮らしの仕方を決定づける権利を持ちえていた。その医者の判断を基にして、行政にこれからの人々の人生を委託し、どのように生きていくのかをその個人の資質とその資質の伸び具合の推測から行う職業診断士という役割を担うまでになっている。
というのは、心理学が発展して人間の心理が解明されるにつれて、どのような生活環境で過ごして、どのような資質と能力を元々兼ね備えているかによって、人間がどう育つかが規定され、そのデータを搾取してAIに学習させ分析させているうちに、予定の確定、つまり、人生の終焉までシミュレーションと出来るほどの分析がすでに完成されたのである。
それを応用したのが、職業選択士という医者が兼用して持つことが出来る新しい職業であった。
最新鋭の高度医療センターであったうちの病院は最初こそ反発も大きかったが、この国の経済が悪化し、失業率が60パーセントに上ったあたりで国は強制的にこのシステムを国の運用に移行することを決定した。
デジタル化、少子高齢化が進行する現在では、働いたところでそのお金は自分の手元に残らず、その多くは国に吸い取られていく上に、AIの登場によって職業自体の選択がすでに少ない枠で争わなければいけないのだから、せこせこ働くことも馬鹿らしくなって、働かないという選択をする人が増えるに増えたのである。
その是正に向けて職業の判断と管理をうちの機関が受け持つことによって、人々は未来の心配がない自分に合ったものに就労し、職の安定を手に入れることが出来るようになった。この現状はこの国にとどまらず先進国各地で起きている模様だった。そのため、今では当たり前の技術として日本いや世界中に普及することとなったのだ。
「飯田さん、あなたは筋力が高く大工の仕事に従事してきたが、その衰えを感じてこのまま仕事をやっていけるのかと言う不安をお持ちですね」
「はい、その通りなんです。私はこれ一本でここまでやってきたんですよ。だけどね先生、今は重いものを持つロボットが大活躍していて僕の職業はもう廃れそうなんだよ」
「そうですか、わかりました。あなたの育成環境はdレベルで粗悪に近かったと考慮をしますと、国から支援金を得られますね。それを休業時の資本として、高齢者向けのジムで働くという結果が出ております。地域は後程あなたの資質に合うところへ配属いたしますのでご心配なさらず」
「本当ですか、先生。本当にありがとうございます」
彼の目が輝いたのを見て良い仕事をした。とは思うが、僕にはいつも閉塞感が押し寄せる。その正体はよくわからないが、僕ののど元にきゅうと押し寄せてそのまま息がつまった感覚を覚える。
「あの先生、休憩とられないんですか」
看護師が僕の方を不思議そうに見つめていたので、時計を見ると確かに交代の時間であった。ああ悪いと声をかけると
「まあ先生は物事に過集中の傾向という資質が出ていますもんね」
脳を指さしながらふふっと笑うと納得したかのようにカルテの整理を続行始めた。
ーー普通だ。でも何かがおかしい。私はずっとこのつっかえを取りたくて、色々なことを医者なりに試してみたのだが一向に良くならないどころかさらに、息苦しさは増している気がする。
何をしてもたいして喜びも苦痛も感じなければ、かといって体自身に不調を感じているわけではない。この前に受けた健康診断だって良好そのものだった。しかし、僕の体調に異変が出ていることは確かである。まあ、疲れがたまっているのかもしれないな。
とりあえず外に出て太陽の光でも浴びながら、伸びをすることにする。
「やーね。またあそこにたまっているわ」
「ほんとほんと、人間のガンってああいうやつらのことよ」
「どうせ何にもなれない資質のないやつの集まりよ」
患者らしき人達の噂話に耳を傾けながら彼女たちの視線を追うと「資質医療反対」とプラカードを掲げ、みすぼらしく腰を曲げて立つ老若男女の姿があった。
彼らは、この医療の枠組みに入ることが出来なかった者たちだ。資質の中で、社会的害を与えそうな資質の値が高いと就労不可となり、野良化とする。
僕的には可哀そうであると思うが、そうしないと社会のシステムが成り立たない。
その犠牲を彼らが受けるが故に我々の最大多数の最大幸福が成り立ってるともいえる。
ふと誰かが僕の袖をひぱったかのように思え、僕は後ろを振り返る。
「お兄さん、僕何か悪いことしたと思う?」
先ほどの群れの中にいた6歳くらいの子だ。悲し気にニカッと笑ったその男の子の歯は既に何本かいかれてしまっている様だった。
「はなせ、気持ち悪い」
いつもは使わない言葉を咄嗟に吐く。
自分がこんな人間だったのかという気付きと共にしまったと思うが、口から出てしまったものはまた飲み込むことが出来ない。恥ずかしくなってその子の手を振り払うと、急いで医局の中へ医者用のパスを使い戻ることにした。
午後の職業検査は全く持って実が入らなかった。先ほどの言葉が脳裏に刺さったまま離れることがないからである。
資質がないかもしれないと疑ったことはなかった。なぜなら数値として可視化できているのだからそれ自体に間違いはないことは確かである。しかし、この閉塞感の正体がもし、僕が彼らと同じ様な資質、反社会性が僕の中に生まれたのからなのではないかと疑念が頭をよぎる。
ただ、苦痛は感じるが、不思議と今日閉塞感は感じないことに気が付く。
「先生?今日変ですよ。資質異常起きていませんか」
「ああ、働きすぎたかな。ちょっと考え事していて」
「考える必要なんてないですよ。全てデータによって私たちの思考スタイルまでわかるんですから。考えなくても全てわかりえてしまうんですよ」
そうか、僕は、もしかしたら考えすぎているのかもしれない。自分の疲れによって変に掻き立てられているのかもしれない。
違う。そもそも反社会性とは一体なんなんだ。誰がその資質というものをあらかじめ手にしているんだ。社会というものを知らない段階から、社会から疎外されるのか?
――先ほどの彼らのように。
今まで気にすることなかった「資質」が、重く僕にのしかかる。
先ほどの小汚い子供が言うように僕は既に何かに侵されていて、彼らと同じような異常が存在するのかもしれない。ただご飯を食べて、心理的資質バランスに見合った仕事をして、同じような人たちと談笑しているこの生活にすら疑問を抱くようになるなんて。
そんなことばかり考えている僕は日に日に自分が狂っていくような感覚を覚え、寝る時も明日が来るということを知らせる時計の音におびえ続けた。
仕事も閉塞感の代わりに、耐え難い痛みが僕を襲う。
そんな日を数週間過ごした後、看護師が僕のことを手招きした。
「実は先生最近変だったので、検査をしてみたら反社会的な思考がどうもトレースされていたようです。資質異常ですね」
「大丈夫ですよ。先生は資質異常をお持ちだったのですからね。仕方ないですよ。心理分析によるとその資質は」
―――資質、資質、資質、資質………。
彼女が僕のバーコードに何かを書き足しているのが見える。
「もう良くなりますからね」
資質とは一体なんなんだ。と言う不安を考える前に針が僕を刺しつけるとすでに意識は途絶えた。
資質異常 珊瑚水瀬 @sheme
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
エッセイ 大学生のひとりごと/珊瑚水瀬
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 18話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます