鬼灯の祠 第7話

 目が覚めた。

 しばらく、見知らぬ天井をぼーと眺めて、そういえば他人の家に泊まったのだったか、とようやく覚醒しかけた意識で聡は思い出した。久しぶりによく寝た気がする。

 窓の外はすっかり明るく、今日は講義が休みで良かったと思った。

 ふと左側を見ると、幸せそうに爆睡する翔人の顔があまりに近距離にあり、思わず身を引く。

「んん、……起きたか?」

 身を引いた後ろ側から声がして、一瞬ビクリとする。振り返ると、桐央が寝転がった状態のまま目をこすっている。

「ご苦労さん」

 桐央は眠そうな声で、聡にねぎらいの言葉をかける。

「全部終わったのか?」

「終わった。どれ」

 桐央が頭上に置いてあった箱を開ける。中身を確認すると、ぬいぐるみが、まるで鋭い刃物で切り裂いたかのようにボロボロに裂けていた。思わずそれに顔が引きつる。

「あの怪異は何だったんだ?」

 聡は気になっていたことを桐央に尋ねる。

「石の祠は水子供養のためのもの、怪異自体は子どもを産めなかった女が化けた、ってとこか」

 桐央は右肘をつき、横向きに寝直した。そしてあくびをひとつ。

「鬼灯は、昔から堕胎薬として使われていたな?」

 聡が確認を取ると、桐央はよく知ってんなあと、それを肯定した。

「産みたかったのに、堕胎させられたってとこだろな。それが、自分の子どもが欲しくて、子どもの魂を求めて、祟りになった」

 ふうんと、聡が相槌を打つ。そのとき、桐央の羽織からのぞく右腕が目に入る。気がつくと、聡はその手を取り袖をめくっていた。

 そこには網目状に広がる、紫色に変色した痣があった。

 静脈にしては太く、まるで根が張ったような形のそれは、ちょうど、あの怪異に襲われた右腕にあった。

「これは……」

 聡が絶句していると、桐央はパッと聡の手を振り払う。

「なんだよ。驚くことでもねえだろ。あれは、夢であって、現実だったんだから。こんなのすぐ治るしな」

 桐央はバツの悪そうな顔をしながら、その痣を羽織で隠した。

「……まだやることがある。面倒だから、クズ梨が起きる前にやっちまうぞ」


 その後、桐央の家の庭でぬいぐるみを燃やした。二人でパチパチと燃えるそれを眺める。

「これで最低限の後処理は完了。簪も、普通の簪に戻ったはずだ」

 桐央は例の簪を検分すると、そのまま聡に手渡しする。

「この簪はなんだったんだ?」

「あの怪異への供え物だな。本来は、石の祠の中にあったもんだ。その封印が緩んで、しかも見知った顔を見つけて、追いかけてきた。元は祟りを鎮めるためのもんだから、たぶんその石にも意味があるはず」

 聡は手のひらに転がるそれを見つめる。

「祠に戻す必要は?」

「別に無い。もう曰く付きじゃねえからな。気になるなら戻せば?」

「この石、調べてみるのも面白いかもな」

「……面白いのか、それ」


「なんでまたいる」

 桐央は不機嫌そうな顔で、問い詰める。

「食事に来ている。なにか悪いか?」

 『グリルあきなが』のカウンター席。そこに一人、聡は陣取っていた。

 注文したオムライスの卵はふわふわで、昔ながらのケチャップライスとよく合う。ふむ、やはり美味いなと思いながら、聡はオムライスを頬張る。

 聡はあの怪異事件の後、『あきなが』によく通っていた。事件の相談をした時に食べたオムライスが絶品だったからである。だが桐央と邂逅したのはこれが事件以来初めてだった。

「お前……ハァ、まあいいわ。ちょうど話しとくことあったし」

 桐央は聡の隣の席に座り、学生鞄をカウンターの上に置く。

「なんだ、話したいこととは」

 聡は口に入れたものを飲み込んでから、問う。

 桐央は左手で、びし、と聡を指差した。

「だいぶ苦労したからな、俺にも報酬もらうぞ」

「……なんだ、そのことか」

 何を言われるのかと身構えていた聡は、拍子抜けする。

「そのことはとは何だ」

 桐央が不機嫌そうに噛み付いてくる。聡はそれを特に気にすることもなく、

「なにがいいんだ?」

 間髪入れずにその内容を尋ねた。

 それに桐央は驚いたようだった。一瞬、動きが止まる。

「だからなにがいいんだと聞いている」

 聡は畳み掛ける。

「……やけに素直じゃねえかよ」

「実際、アレ以降あの夢を見ない。あれは怪異現象で、それをお前が解決した、ということで間違いないだろう。どうせ礼はしようと思っていたしな」

 そういうことかよ、と桐央は納得したのか、んーとしばらく悩む。考えてなかったのか。

「じゃあ、金。五千円」

 桐央の口から出たのは、報酬としては味気なく、そして実利的なものだった。

「そんな額でいいのか。もっとぼったくられると思っていたが」

「じゃあ一万円」

 すかさず、桐央は金額を上げる。

「倍か。まあいいだろう」

 聡は財布を取り出すと、折り畳まれた一万円札をのばしてから桐央に差し出す。

「ん」

 そう言って桐央はそれを受け取った。

「それと、」と、その万札を眺めながら、桐央は切り出す。

「お前は今後、怪異に遭いやすくなる可能性がある。気に留めとけ。んで、もし出遭ってしまっても、無視しろ」

 それは警告であり、命令のようでもあった。

「なぜ、避ける必要がある」

 そして、聡はその真意を尋ねる。それを問われるとは思っていなかったらしい桐央は、少し面食らったようで、一拍置いてからその質問に答えた。

「なぜって……お前は一度怪異に魅入られてしまった。怪異と縁ができてしまった。それは、なかなか切れるモンじゃない。極力関わらないことで、その糸をできるだけ早く切る必要がある」

「ほう」

 そう短く返事をした聡の表情を見て、桐央は眉間に深く皺を寄せた。

「……なんでそこで笑う?」

 そして、ごくまっとうな問いかけをした。

「おもしろい」

 と、聡はニヤリと笑う。そして、続けた。

「これまで、人生でコントロールできない出来事など、ほとんどないと思っていた。だが、怪異というのは違うんだな。不可解なことが理不尽に発生する。怪異に関わって、初めて賭けで負けた。これは、おもしろいものだと確信した」

 聡は一気にまくしたてた。美味しいオムライスを食べているからテンションが上がっているというだけではない。再び怪異に出会える可能性が高い。その事実が、彼をハイにさせていた。

「お前、それマジで言ってんの?」

 桐央は様子のおかしくなった聡に、ドン引きしているようだった。

「楽しませてもらおうじゃないか」

 ふっふっふ、と笑いながらオムライスに再び向き合う聡を見ながら、

 ――変人。

 そう桐央がつぶやいた。

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鬼灯の祠 @udoku_yokai

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