予言の子供たち

ぬりや是々

1999.july.X

 1980年生まれの僕は大人になる前に死んでしまう、と子供の時から刷り込まれた。

 その予言を知ってから、小さかった僕は「本当なの?」と大人に何度も尋ねたと思う。大人達はみんなだいたい笑って、時には怒って「そんなのウソだよ」と言った。でも僕はみんなが「大人になれないなんて可哀想に」と心のなかで思っている事を知っていた。

 そのうち僕は予言について聞くことをやめた。



「もしキミが大人になれたら、あの樹の下に集まろうよ」


 とオカルト研究会の部長でもある先輩が屋上のフェンス越し、校舎に挟まれた中庭の欅の木を指さして言った。その日、僕と先輩は屋上で何度目かのUFOを呼ぶ儀式をしていた。


「でも、どうせ僕も先輩もみんな死ぬんですよ、大人になる前に」

「わたしは1979年生まれだから丁度大人になれるよん」

「あ、ずるい」


 先輩はニヤニヤと笑ってフェンス脇から僕の手を引いた。屋上スペースの中央でもう片方の手も繋いで向かい合う。「もう一回」と言って先輩が目を閉じるのを見て僕も同じ様にする。

 

 来てください来てください。


 僕と先輩は頭の中で念じて、淡い群青色の空に隠れているUFOに向かってメッセージを送った。その時先輩が不意に言った。


「キミが大人になっても子供だったらにしてあげるよ」


 僕が薄目を開けて伺うと先輩は目を閉じたまま薄ら笑いをしている。僕は急に手汗が心配になった。そんな僕を逃さない、とばかりに先輩は繋いだ両手をぎゅっと強く握り直す。

 全く、ずるい先輩だと思った。

 雑念ばかりの僕たちの元には、今日もUFOは降りてきてくれなかった。



「100万円貰ったら何を買おう」

「貯金······はしてもしょうがないですよね」


 僕たちは学校近くの草むらを掻き分けて、ツチノコを探しながらそんな会話をしていた。だいたいいつもツチノコは見つからず、その時していた会話の結論も見つからない。そんなものだし、それなりに楽しかった。でもその日は初めて会話に進展らしきものがあった。


「タイムカプセル買おうよ、ジュラルミンとかのちょっといいヤツ」

「タイムカプセル」

「そうそ。そんで欅の樹の下に埋めて大人になったら一緒に開けよ?」


 それはなかなか魅力的な提案に思えた。そう思うと、ツチノコを探して草むらを掻き分ける地道な作業にも一層力が入る。


「何を入れるんですか?」

「見られたら恥ずかしいような手紙を、お互い宛に」

「僕も書くんですか?」

「いいじゃん、どうせ世界は滅んじゃうんだから」


 と、恐怖の大王に託つけて先輩に押し切られてしまった。

 結局その日もツチノコは見つからず、懸賞金もお預けとなった僕たちは、適当に持ってきたクッキーのブリキ缶に手紙を書いて欅の樹の下に埋めた。



 部活帰りに先輩と寄り道した喫茶店でパフェを食べた後、僕たちはスプーン曲げの練習をしていた。


「僕、余りPKに向いてないと思うんです」


 どれだけ念じても、睨んだスプーンにはつまらない僕の顔が映っているばかりだ。一方の先輩はかなり熱心にスプーンの頭の下、細くなった部分を親指と人差し指で擦っていて、僕の言葉にも上の空だ。


「ごめん、なんて?」

「僕、PK、向いてないって」

「ふーん、じゃあESPは?」


 先輩は念動力を諦めて、パフェのグラスの底に溶けて残ったアイスをスプーンで掬って舐める。スプーンはやっぱり曲がっていない方が使いやすい、と思った。


「わたしの手紙の内容、読心術で読み取ってよ」

「なるほど」


 先輩がタイムカプセルに入れた手紙。

 僕に書いた手紙。

 見られたら恥ずかしい手紙。

 

 僕は集中して何とか先輩の心を読もうとしたが、さっぱり何も分からなかった。先輩の持っていたスプーンには、何故か一生懸命な僕の顔が映っている。


「駄目ですね」

「あ! 曲がってる」


 先輩は大きな声を上げ、持っていたスプーンを僕に突き出した。スプーンの頭の丸い部分がお辞儀をする様に曲がって下を向いている。

 僕たちは慌てて会計を済まし、逃げるように喫茶店を飛び出した。

 

 僕と先輩は7月の照りつける太陽の下を、火星人に追われる地球人みたいに走って逃げて、オーパーツを見つけた盗掘者みたいに笑い合った。

 数年後の同じ7月には、空から恐怖の大王が降りて来て僕たちは死んでしまう。

 今の僕たちはやっぱり可哀想なんだろうか。

 


 元々体が弱かった、と言うことをタイムカプセルに入れられていた先輩の手紙で知った。彗星から地球に飛来したと言われる流感を拗らせて、先輩は大人になる前にひとりで予言を的中させてしまった。

 成人式の代わりに僕はひとり欅の木の下を訪れて根元を掘り起こした。少し錆びたブリキ缶の蓋を外し、先輩が僕に宛ててくれた手紙を開いた。


 ──1999年8の月

   わたしとキミは

   恋人同士になっているであろう。


 僕の手紙も開封せず、こんな予言を書き残し、予言が的中しなかった世界に僕を置いていって。

 

 全く、ずるい先輩だと思った。

 世界なんて滅んでしまえば良かったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

予言の子供たち ぬりや是々 @nuriyazeze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ