第6話 つかの間の休息
夜泣きをする事がなくなったアレックスが寝静まったとある晩、つかの間の休息に息を吐く魔王と四天王達。机を囲い座る彼等の前にお茶と菓子が配られる
「おおっ!これは…!人間達の間で噂になっているきかんげんてーのけぇき!」
「えっ、良いの?僕達こんなの食べて…」
「ん、美味いぞこれ」
「我のものだけちょっと小さい…」
「何時も頑張っている褒美です。魔王は育児にほとんど参加してないので小さめにしてあります」
買い出しついでに買ってきたと付け足しフェルメもまた席に着く。ケーキを口に頬張り笑顔を浮かべるシャーロック達を横目に魔王はグスンと鼻を啜った。何故我が、と不満をこぼしながら魔王はケーキを口に運ぶ
「全く…我とてアレックスの為に色々動いておるというのに」
「えー?魔王様って、城の改築しただけじゃないですか。育児はほとんどフェルメがやってるよ」
「手伝って欲しいくらいですよ」
「む、吾等とて遊び相手にはなっておるぞ」
「アレックスが泣きだしたらテンパる奴がなんか言ってるぞ」
「グリーアだって、この前自分でアレックスを泣かせちゃったくせに一目散に逃げ出したじゃん」
「手に持っていた玩具が消滅したんだぞ!ビビるだろーが!」
…口を開けば喧嘩になる。貴重な休息を無駄にするつもりか、このふたりは。育児のストレスが人一倍溜まっていたフェルメはケーキを切り分けたナイフを手に持ち、揉め合っているグリーアとシャーロックに向けて投げつけた。二人の顔の間を通り過ぎたナイフは壁に突き刺さり、彼等は顔を青ざめる
「何方が先に的になりますか」
「ごめんなさい…」
「悪い…」
謝罪した二人は大人しく椅子に座り直し、黙々とケーキを食べ続ける。暫くの沈黙。耐えきれなくなった魔王がアレックスは最近どうだとフェルメに問いかけるが彼はケーキの上の苺にフォークを刺し「さぁ」とだけ答えた。これは相当キレている…直感した魔王は縮こまり、その横からフォールが声を発した
「さ、最近は歩けるようになっておりましたよ」
「…そうなのか」
「はい。少しずつですが言葉も発せるようになりまして……フェルメを"ぱぁ"と呼んでおります」
「…え」
「シャーロックは"ちゃあ"、グリーアは"ぐいや"、そして吾のことは、"うぉーゆ"と」
「…我は?」
「えっ…」
「我のことは何と呼んでおるのだ…」
「ぇ、ええと」
ジトッと此方を見ながら言う魔王にフォールは言葉を詰まらせた。アレックスは魔王を呼ぶどころか、魔王が持って来た玩具を「いや!!」と投げ捨てる始末…この魔王の自尊心を傷つける事のない適切な答えを考えているフォールをよそにフェルメがしれっと答える
「何とも呼んでいませんよ」
「んなっっ!!」
「フェルメ…」
「というか貴方の事を毛嫌いしているようにも見えます。貴方が持ってきたおもちゃ等はことごとく拒絶されていますよ」
まるで石になったかの様に硬直した魔王に追撃が加わる。ショックを受けた魔王はガラガラと音を立てて崩れ落ち、床に額を押し当て涙を流した
「拾って来たのは我なのにっっ!!!」
「そういえば人里でも、畜生を拾っておきながら世話を放置する人間がいると聞きました。あまりにも無責任だと思いませんか、魔王様」
「…うぐっ」
「拾っておきながら世話は全部人任せ。あれですかね、拾ってあげた自分は優しいとか思っているんですかね。生き物なんて世話をしなければ死ぬというのに。拾ってはいおしまい……一体命をなんだと思っているんでしょうね」
「ぐ…ぅ」
「で、貴方がなんですって?」
「世話を任せ切ってごめんなさい…」
「名前がなんでしたっけ?」
「呼ばれなくて当然です!!」
魔王の言葉にフェルメは息を吐き紅茶に手につける。この魔王と同僚達が想像しているよりも疲労とストレスがあるのだ。頼むから休ませて欲しいと彼は切実に願いながら紅茶を喉に流し込んだ。そんなフェルメを見ていたシャーロックは「あっ」と何かを思い出したように魔王へ視線を移した
「魔王様がアレックスを拾って来た理由。それを聞きたかったのを思い出した」
「拾ってきた理由?それはフェルメから聞いたのであろう、将来アレックスが我らを滅ぼしに来る、それを防ぐ為に」
「うん。聞いたよ。でもさ…もう既に半分壊滅してるじゃないですか」
「…」
「あー…確かに」
「そんでさ、魔王様はスキルでこの未来もみえていたはずでしょう?なのになんでかなって」
四天王の視線が魔王に集まる。真相は別にあるのかと訴えかける四人の視線に魔王は椅子に座り直す
「…シャーロックの言う通りだ。アレックスをこの城に連れて来た時、この未来も視えていた。アレックスを育てていく過程で軍が半壊する事もみえていた」
「では何故です」
「それは…」
「…買い出しに出掛けた際に、魔王がアレックスを拾ったと仰った道を通りました。あの子はこの城に来た初日に魔物を消滅させた…その際に遺された焦跡と同等のものがその道にもありました」
「え…」
「…」
「それも関係あるのですか」
「……はあ…お前にそこまで知られているのであれば虚言は通用せんな」
観念したように息を吐き、魔王は部屋の天井を見上げた。アレックスを拾った日の光景を思い浮かべながら、彼はゆっくりと口を開いた
「あの子の両親は、同じ町の者に殺された」
勇者を拾った魔王軍、最悪の未来を防ぐ為勇者育成に励みます アオツキ @dearjfan
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