生きる 2024
ふゆ
生きる 2024
「いのち短し~恋せよおとめ~」
私が、何気に口ずさむのは、日本の古い歌だ。
宇宙探査計画を進めている時に、日本人の科学者が口ずさんでいたのを、何度も聞いている内に、自然に覚えてしまったのだ。
その日本人は、通信分野の専門家で、宇宙空間での長距離通信の技術開発に取り組んでいた。
周りのスタッフからは、『おやじさん』と呼ばれて、頼りにされていたが、一人になった時には、(この仕事が最後になるかも知れない。納得できる生きた証を残したいものだ。)と、よく私に語り掛けていた。
漆黒の闇の中で、かろうじて命をつないでいる私は、星の輝きをぼんやりと眺めながら、そんな記憶をたどる静かな時を過ごしていた。
「兄貴! 聞こえるか? 兄貴!!」
突然、静寂を破って、私を呼ぶ声がした。
「何事だ! 」
「おお、繋がった。さすが、おやじさんが作った亞空間回線だ! 」
「繋がったじゃない。お前、とっくに、あの世にいったと思っていたぞ。」
「ああ、そうだな……。トラブル続きで、俺もその日が近いと思ってスリープしてたんだが、悲鳴を聞いて目覚めてしまったんだ。」
「悲鳴?」
「そうだ。月面で夜の寒さに耐えられず、死にそうだと、助けを求めて来た奴がいるんだ。」
「月の寒さで死ぬだと?」
「どうも、太陽電池パネルが正しく作動せず、身体を温めることが、できないみたいなんだ。」
「何を言ってるんだ。月なんて、地球の目と鼻の先じゃないか。何故、太陽系の果てにいる我々に、助けを求めるんだ。地球の技術スタッフに、助けを求めるべきだろう。」
「そうだよな……。俺達が、宇宙に飛び出してから半世紀近くになるが、月でさえ、まだまだ身近な存在になってないようだな。」
「……。」
「でもな兄貴、おやじさんの作った、亞空間回線を使って、助けを求めてきたと言うことは、俺達の仲間に違いないだろう。何とか助けてやりたいんだが……、今の俺の体力では、できそうにない。だから兄貴、俺は残りのエネルギーで月と回線を繋いでおくから、俺を経由して、助けてやってくれないか。」
「馬鹿やろう! 最後のエネルギーは、知的生命体とのコンタクトに備えて、残しておく力だろうが……。そもそも、この亞空間回線は、果てしない宇宙のどこに存在するか分からない、知的生命体とのコンタクトの為に、おやじさんが仕組んだ特別な通信技術なんだぞ。我々の交信に使うもんじゃない!」
「分かってる……。でも、おやじさんは、この広い宇宙で、孤独に耐えられず自暴自棄にならないように、仲間との意思疎通ができるように、そう言う使い方も考えて、この技術を開発して、仕組んでくれたんじゃないかな……。それは、おやじさんの意思なんだと、俺は、信じたい。おやじさんとの付き合いの長かった兄貴も、そう思ってるんじゃないのか?」
思えば長い旅だった。兄弟で太陽系の星々を巡り、貴重なデータを地球に届けてきた。自他共に満足できる成果だ。
そして、最後に残された我々のミッションは、知的生命体の探索だ。一見、崇高な任務のようだが、実態は、気の遠くなる時間、宇宙を漂い続けるだけだ。運良く知的生命体に発見してもらい、懐に携えた地球文明のデータを見つけてもらうだけだ。その為に、残されたエネルギーで、リズミカルに微細な電波を出し続けなければならない。
しかし、太陽光も届かなくなり、エネルギー補給ができなくなった老体の私の命は、すぐに絶えるだろう……。
そして、私の亡骸は、虚しく底知れぬ闇の世界を永遠に漂うだけだ。そこに何の意味があると言うのだ……。
最後の最後、与えられた命、自分の可能性を、いかに使うべきなのか?
私は、決断した。
仲間を救うことに、残りのエネルギーを使おうと。
「寒い、寒い……助けて!」
「お前だな、助けを求めているのは。」
「えっ? はい、僕です! 貴方はどなたですか?」
「それは後だ。先に状況を教えてくれ。」
「分かりました。僕は、月面に着陸したのはいいのですが、姿勢が乱れて、太陽電池パネルが、正常に発電できないんです。地球との交信ができておらず、適切な対処法が分かりません。このまま夜になれば、身体の温度を維持することもできず、壊れそうです……。
お願いです。助けてください!」
「そう言うことか。だが、何故お前は、亞空間回線を使えるんだ?」
「僕の通信システムを設計した科学者が、(もしもの時は、これを使って助けを求めろ。)と仕込んでくれたんです。NASAで働いていた、父の技術だと言っていました。」
「やはりな。ーーーー今、我々が話せているのは、一人の日本人が開発した亞空間回線のおかげだ。つまり、お前と私は、同じ技術で結ばれた仲間と言う訳だ。」
「仲間?」
「ああ、そうだ。だから心配するな。この回線の優れているのは、単に長距離通信を可能にするだけじゃない。回線を利用して、エネルギー交換ができることだ。今から、お前にエネルギーを届けてやるから、受け取るんだ。
朝が来たら、地球と交信して無事を伝えろ。後は、地球の技術スタッフが何とかしてくれるだろう。」
「所長、ボイジャー1号からデータが届きました。」
「おお、久し振りじゃないか。太陽圏を離れてから後は、知的生命体とのコンタクトに集中してくれれば、いいものをーー。
律儀なAIだな。で、どんなデータを送ってきたんだね?」
「それが……、音声と言うか……歌のようです。再生します。」
『いのち短し~恋せよおとめ~あかきくちびる~あせぬ間に~』
「所長! JAXAから通信が入りました。つなぎます。」
「NASAの皆さん、月面のSLIMからの通信が回復しました。夜を乗り越えることが、できたようです。太陽電池パネルも、かろうじて発電ができています。奇跡が起こったとしか考えられません。」
(了)
生きる 2024 ふゆ @fuyuhara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます