M’sメランコリー・ナイト
ジェン
M’sメランコリー・ナイト
瞼が鉛のように重い。
四肢に枷をはめられたかのように身動きもできない。
それなのに、寝付ける気もしない。
まともに眠れなくなってから数年。
いろいろ試してみてはいるが効果はなく、もはや常にまどろみの中にいる感覚。
気負うから眠れないんだ。
こういう時は無理せず起きていた方がいい。
私は身体を引きずるようにして外へ出た。
夜風が気持ちいい。
この浮遊感があればなんとか歩けそう。
どこへでも行けそうな気さえする。
とはいえ、別に目的地なんてなかった。
このまま歩き続けたってどこにも辿り着かないとわかっていながらも、今はただ流れに身を任せていたかった。
街灯も疎らになってきた頃、ぽつんと存在感を放つ光に目を奪われた。
どうやらバーみたい。
近所にこんなところがあるなんて知らなかった。
普段は飲まないけど、今日くらいは……いいよね。
暗い闇の中で一際輝いて見えるバー。
砂の城のごとき儚い美しさに惹きつけられる。
ここなら私の中のしがらみを壊してくれるかもしれない――そんな希望を胸に、私はドアに手をかけた。
「いらっしゃい」
「あ……こんばんは」
バーテンダーの視線に促され、ゆっくりとカウンターを目指す。
初めて訪れる場所に不安はあったが、今はそれよりも興味の方が勝った。
恐る恐るカウンターに腰かけると、瞬く間に落ち着いた雰囲気が全身を包み込んだ。
まるで自分がインテリアの一部にでもなったみたいだ。
「ご注文は?」
「えっと……お任せで。できれば、よく眠れるようになる飲み物を」
言ってから急に馬鹿らしくなった。
そんな飲み物、あるわけないのに。
無茶な注文されたらさすがに困るよね。
しかし、バーテンダーはふっと意味深な微笑を浮かべた。
「それなら、少なくともリラックスできるカクテルを作ろう。きっと落ち着いた気分になれる」
「きっと?」
「ん……じゃあ、必ず」
私は思わず噴き出した。
予想外の返答に面食らって、なんだかおかしくなったからだ。
眠れない憂鬱な夜。
だけど――今夜はそれでいい。
たとえ時が止まることを望んだとしても、幸か不幸か夜は更けていく。
これが運命だというなら、今はそれでいい。
M’sメランコリー・ナイト ジェン @zhen_vliver
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