廃墟の肖像画

淵海 つき

廃墟の肖像画


これは俺が大学生の時に体験した話です。



俺は大学生のころ、テニスサークルに所属していた。

このサークルは8月になると合コンをする。男女10人くらい集まって飲み会をやったりカラオケに行ったりする。


正直、俺はテニスは下手だったが、この合コンが目的でテニスサークルに入った。



それで。

その年もテニスサークルの希望者だけを募って合コンをすることになった。


俺と、当時俺の親友であったTが、先輩にさそわれて合コンに参加した。

男5人、女3人の計8人。

飲み会で良い雰囲気になって、さっそく男女のペアが3組うまれた。


しかし俺とTは余ってしまい、女の子とペアになれなかった。



それで。

これから肝試しに行こうと先輩が言った。


これも先輩の作戦で、吊り橋効果を狙ったものだ。吊り橋効果とは男女が二人っきりで緊張状態にあると、脳が恋をしてると錯覚してしまう現象。うまくやれば短期間で急激に関係が深まる。


近くに山があって、そこに屋敷の廃墟がある。

ちまたで有名な心霊スポットである。

そこに肝試しに行くと必ず怪異が起こるという噂だ。

さっそく先輩の車(ハイエース)に乗ってみんなで向かう。

女の子はみんなキャーキャー言いながらも興味津々。


時刻はすでに深夜0時。

山奥の廃墟に着いた。

先輩が肝試しのルールを話す。


二人一組ずつ廃墟に入る。

暗い廊下を進むと一番奥に書斎がある。

その書斎の壁には肖像画が掛かっている。

その肖像画の下に空き缶を置いて戻ってくる。

最後の男女が空き缶の数をかぞえて戻ってくれば、全員が行った証拠になる。


くじ引きで行く順番を決める。

最初は俺とTの男同士のペアだった。


さっそく中に入る。

床板は腐食してボロボロ。天井もカビだらけ。

しかも雨漏りの染みが人間の顔のように見えて、なんだか気味が悪い。

俺はだんだん怖くなった。



それで。

Tがポケットからスマホを取り出す。

Tはスマホでアダルトサイトにアクセスしてエロ動画を再生した。

スケベなTはバイトで貯めた金を使い、アダルトサイトに会員登録していた。




Tが再生したエロ動画はいわゆる『外人モノ』だった。彼の嗜好らしい。

外人の男女が絡みながら「オーイエス! オーイエス!」と喘いでいる。

いかにもTらしい恐怖心をおさえる戦法だ。

それを聞いてると、俺も恐怖心がどこかへ吹き飛んでいった。




おかげでなんなく一番奥の書斎までたどり着けた。

書斎の中は荒れている。

それに湿気がたまっていて嫌な臭いがする。





そして目を引くのは、壁に掛かっている肖像画だ。


口をへの字に曲げて、目を細めている、暗い表情の老婆の肖像画。

深々と刻まれた皺と、まるで骸骨のようにやつれた頬。

暗闇の中で見るその絵はあまりにも不気味で、俺は再び怖くなった。


もはやスマホから流れてくる喘ぎ声など、耳に入ってこなかった。




その時だ。

誰も動かしてないのに肖像画がガタッと音を立てて傾いた。

俺達は悲鳴をあげて全力ダッシュ。



息切れしてハアハア言いながら、先輩たちのいる車まで戻った。


その様子を見て先輩が「なんだよ。男のくせに情けねえな」とやじを飛ばす。


俺とTは必死に言い訳をするも、女の子にまで笑われてしまう。




そのときふとTが真顔になる。


Tが「やべえ。あの部屋にスマホを落としてきた」と俺にボソッと言った。

俺は「早く取ってこい」と言った。

でもTは「やだよ。気持ち悪くて、あの部屋には戻りたくねえよ」と言う。

それで俺は「もしかたしたら先輩たちが肝試しついでにスマホを回収してくれるかもしれない。それに期待しよう」と言った。




そうやって二人でまごついていると……。

次のペアが肝試しに行くことになった。


先輩と女の子のペアだった。

先輩が「ほな、行ってくるぜ」と言った。

ペアの女の子は怖がっていた。半泣きだった。


それから数十分が過ぎた。

先輩と女の子のペアが戻ってきた。

先輩は余裕の表情。しかも笑っている。

行くときは半泣きだった女の子も余裕の表情。クスクスと笑っている。


最近の子は意外と度胸があるんだなと俺は思った。


先輩がTのスマホを見つけて持ち帰っていた。スマホをTに渡す。






「これ、お前のだろ。しかもお前ら、肝試し中に怖くなってエロ動画見とったな」


と先輩にすべてバラされた。






それを聞いてみんなが大笑いする。


Tは「すんません」と頭を下げてスマホを返してもらった。


「どこに落ちてたんすか?」


とTが質問する。





「一番奥の部屋の、ババアの肖像画の真下に落ちとったぞ」


と先輩が答えた。





最後のペアも無事に戻ってきて肝試し終了。

それから先輩の車でカラオケに行った。


カラオケで盛り上がり始めた頃。

ふと、さっきの肝試しの話題になった。


その時、俺はここぞとばかりに、


「あの肖像画……無表情のババアが書いてあって気持ち悪かった」


と言った。



しかしみんなの反応がかんばしくない。

「おまえ何言ってんだ?」という目をされる。


そのとき先輩が言った。




「ちげえよ。下を覗くようにして、頬を赤らめて、よだれ垂らして笑っているババアの絵だったろ」





それを聞いて女の子たちも笑いだす。



「そうそう。あの絵ウケる!」

「なんであんな顔の肖像画を描いたんだろうね!」

「あの変顔の肖像画のせいで、ぜんぜん怖くなかったよ!」



みんなが絵の話で盛り上がっている。


でも俺とTは顔から血の気が引いて、ガタガタガタガタ震えていた。


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廃墟の肖像画 淵海 つき @Sinkainolemon

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