四十六話 水を差さされる
月夜に振舞ったシュークリームは好評だった。帰宅後すぐに作り始めても完成は夕飯を超える時間になってしまったがデザートなのでちょうどよかった。しかし用意した分をぺろりと平らげた月夜は物足りなそうに彼を見ていた。
「のう九凪、シュークリームとやらはまだあるのじゃろう?」
「残った分は冷蔵庫に入ってるけど」
シュークリームに限るわけではないが大抵のお菓子はある程度の量をまとめて作るほうが効率はいい。だから九凪も最低限の二人分ではなくある程度の分量を作った。なので夕食で食べた分を除いてもまだそこそこの数のシュークリームが冷蔵庫には残っている。
「食べてよいか?」
「駄目」
「なぜじゃ!」
「夜中に甘い物のとり過ぎは良くないよ」
「わしは神じゃぞ!」
「あー」
常識的な慣例を口にするとそんな返しをされて九凪はそうだったと思いだす。月夜と接しているとどうにも彼女がただの少女ではなく神様なのだという事実を忘れがちだ…………決して月夜に神としての威厳がないわけではない。ただ月夜は九凪の前だととてもリラックスするのかそう言った威厳や雰囲気が消えてしまうだけなのだ。
「ええっと、神様は太らないの?」
そういえば自分は神様の生態については良く知らないなと九凪は尋ねる。長命だったり神通力という超常の力を使えるのは知っているが、身体的には人間とどう違うのだろうか。少なくとも見た目だけは人と変わらないようには見えるのだけど。
「太らぬぞ。神にとって人の食べ物は嗜好品のようなものじゃ、食えるが食わずとも死ぬようなことはない」
「えっとそれじゃあ、神様は何を糧にして生きてるの?」
「知らぬ」
生物は生きる以上何かを取り入れて活動のエネルギーに変えている。人であれば食料だが神は違うというならなんだろうと疑問を九凪は口にしたが、それにきっぱりと月夜は知らないと答えた。
「自分のこと、だよね?」
「そうじゃが…………わしは元々持っておった知識に関してはきれいさっぱり消えておる。今のわしが持っておる知識は真昼に押し付けられたものだけじゃからな…………知らぬということはあやつが意図的に隠したが重要度が低いと判断したんじゃろう」
そう言えばそんな話も聞いたなと九凪は思い出す。大昔に罪を犯した月夜は今の時代まで封印されていて、その間に記憶や知識のなにもかもが擦り切れて消えてしまったのだと。しかし罪と言われても今の月夜を見るとピンとこなかったし、真昼も具体的にそれが何なのかを口にはしなかった。
「それよりシュークリームじゃ…………それでも食べては駄目なのか?」
「…………一個だけだよ」
上目遣いで悲しそうに見つめられては九凪が折れるしかない。
「たくさんあるのに一個だけなのか? あれはあまり長くは持たぬものなのじゃろう?」
「だから後で真昼さんに持っていくつもりだよ」
「なに!?」
それを聞いて月夜が憤慨する。
「なんであやつに! しかもわしよりたくさん!」
「真昼さんにはお世話になってるし…………全部真昼さんにってわけじゃないよ」
そもそもこのマンションも真昼の物だし、シュークリームの材料だって真昼から生活費として渡されたお金で購入したものだ。一般良識を持つ九凪からすればお礼できるところではきちんとお礼をしておきたい。
「詳しくは知らないけど真昼さんは神秘に対応する組織の長なんだよね? それなら一緒に食べる部下とかはいるんじゃないかと思って」
このマンションも組織の人員で固めると言っていたし、それを考えればかなりの人数がいる組織なのは間違いない。その全員で食べる分にはもちろん足りないだろうが、親しい部下数人で食べるにはちょうどいいだろう。
「あの女のことじゃから独り占めにするに決まっておるぞ」
「月夜はどうしてそんなに真昼さんを嫌うのさ」
「…………あの女は信用ならぬとわしの本能が言っておるのじゃ」
なぜ信じてくれぬのか、と拗ねるように月夜は九凪から顔をそむける。しかし九凪から見れば真昼は面倒見のいい頼れるお姉さんといった印象だ。月夜のその態度もそれこそ姉に素直になれない妹のように見えてしまう。
「でも、借りを作ったままは嫌なんだよね?」
「…………うむ」
「だからここ僕が少しでもその借りを返しておくってことで」
義理堅いのか月夜は真昼を嫌っていても世話になった分を借りと受け止めて返さなければいけないと考えている。だからその借りを代わりに九凪が返すのだと提案したのだ。
「うー、わかったのじゃ」
「それじゃあ後で届けてくるよ」
「じゃがわしの食べる一個と、明日の朝食べる分は残すのじゃぞ!」
「はいはい」
九凪は鷹揚に頷いて冷蔵庫へ行こうと立ち上がる。月夜の分をよけてもまだ個数は充分にある…………と、テーブルに置いていたスマホが震えたのを確認する。春明からだった。そう言えば大事な話があると夕方にメールを貰っていたことを九凪は思い出す。
彼は十分待って、とメールを返し、先に届け物を済ませることにした。
◇
「それでなに?」
あの後すぐに真昼へとシュークリームを届けて戻ると春明と通話する。夕方受け取ったメールからすると真剣なもののように感じられたので、一応月夜には席を外してもらって九凪は自室に一人でいた…………不満そうな表情は見せたもののきちんと応じてくれるのは彼女の良いところだろう。
「すまん」
「…………ろくでもない話というのは分かったよ」
開幕から謝罪で入るなんて他にない。
「いやもうお前にとってはただただ迷惑な話でしかないとは思うんだがな…………」
「つまり三滝のことだよね?」
「そうだ」
他に思い当たることのない九凪に春明は肯定する。別に奏が悪いわけでもないし悪いのは春明なのだが、九凪も友人として無碍にはできず気が進まなくても話を聞かないわけにはいかない事柄だった。
「それで、具体的には?」
「三滝が今度お前をデートに誘うそうだ」
「!?」
「で、お前にそれを受けて欲しい」
不意打ちの衝撃を受ける九凪に春明が追い打ちをかける。
「いや、僕には月夜がいるんだけど…………」
「それはわかってる」
それでも何とか冷静に答える九凪に百も承知だと春明は続ける。
「それでも受けて欲しいんだよ…………あいつはそのデートでお前に告白をするそうだ」
「っ…………それを受けろと?」
九凪も馬鹿ではない。春明の目的も想像できていた。
「ものすごく気が進まないし罪悪感があるんだけど」
「わかってるが、受けて欲しい」
「…………わかったよ」
そうしなくては奏は前に進むことができない。それがわかるから九凪は受け入れるが、それがわかってしまうのも春明が彼女の気持ちを九凪に教えたせいだ…………少しだけ電話の向こうの友人を恨みたくなる。
「俺にできる埋め合わせならいくらでもする…………一応誘うまでの猶予は二日ほど作ったからその間にあの子を納得させてやってくれ」
流石に春明も気まずいのかそれだけ告げると通話を終わらせた。九凪は通話終了を占めるスマホの画面をしばらく見つめてから息を吐く。
月夜の説得にその後の奏とのデート…………その何もかも気が重い。
年上(ロリババア)の神様と普通に恋愛するだけの話 火海坂猫 @kawaneko
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