四十五話 遅すぎた決意

「その、思い切って高天をデートに誘ってみようかと思うのよ」

「んっ…………ん、そうか」

「何よその反応」


 九凪が帰宅した放課後。部活までの空いた時間に自分としては一世一代の決意を明かした奏だが、春明の妙な反応に眉をひそめる。奥手な彼女が珍しく行動に出ようとしているのだからそれに驚くのはわかるが、なんというかその反応が好意的なものではないように彼女は感じたのだ。


「散々あんたが煽ってくれたから私もいよいよ覚悟を決めたんだけど」

「うん、まあ、その通りだな」


 その行動がなんで今なのだと春明は叫びたいのを我慢した。彼がことあるごとに彼女を煽っていたその時に行動してくれていれば、結果はどうだったのにせよ彼が今こんな罪悪感を抱くようなハメにはならなかっただろう…………まあ、自業自得と言えばそれまでなのだが。


「しかしあれだ、デートに誘うって言うとほとんど気持ちを伝えるようなもんだが…………」

「だから…………そのつもりよ」


 流石の奏も顔を赤らめて春明から顔をそむける。これまでずっと勇気が足りないという理由で告白することから逃げ続けていた彼女が遂に勇気を出したのだ…………感慨深い。本当にこれが手遅れのタイミングでなかったらと思わざるを得ない。


「…………」


 だがまあ、これも悪くないかと春明は思う。確かにもはや遅すぎる決意ではあるが、その決意も固められず気持ちを抱えたままでいられると九凪と春明も心苦しい気持ちを抱え続けることになる。デートとなれば人目のないところで告白もするだろうし九凪が正直に月夜とのことを明かしても周りに知られるような可能性は低いはずだ。


 問題はその後のフォローだが…………それはまあ、自分が責任もってやるしかないだろうと春明も覚悟を決める。自業自得ではあるしあばら骨の数本くらいは覚悟するべきだろう。


「そうか、場所のセッティングはいるか?」

「ば、場所って…………まさか着いてくる気!?」

「んなわけないだろうが」


 呆れながら春明は今の叫び声で誰か来てないか教室の外を確認する。二人がいる教室はすでに人が出払っているが学校から人がいなくなったわけではない。誰かに見られて変な噂を立てられるのもごめんだった。


「デートも告白場所もお前が決めてお前だけでやれ…………俺が言ってるのは誘う場所だ。いくら何でも教室で昼めし食ってるときには誘えないだろう?」


 人目のあるような場所でそんな誘いができる勇気があるなら、もっと早く奏は告白しているはずだ。


「それはそう、だけど…………別にそっちも要らないわよ」

「じゃあどうやって誘うつもりなんだ?」

「それはほら、メールとかで」

「…………」


 つまり覚悟は決めても直接誘う勇気まではないというわけだ。それでも一度誘ってしまえばそれ自体が楔となって決意が鈍ることもなくなるだろう。それを考えれば誘う時の敷居は低い方がいいのも確かだ。


「まあ、いいんじゃないか…………ただ、世間話から入るような誘い方は止めとけ。お前のことだから関係ない話をしてるうちに絶対決意が鈍る。最初から本題に入るような誘い方にした方が絶対にいい」

「…………わかってるわよ」


 奏だって自分の臆病な性格はよく知っている。


「あ、それとだな。今の話と矛盾する陽であれだが誘うのは二、三日空けてからにしろ」

「え、なんでよ」


 奏としては覚悟を決めた勢いのあるうちに九凪を誘ってしまいたかったのに。


「ほら、専門学校に進路を決めたってあいつも言ってただろ? その関係で二日くらいは色々忙しいらしいんだよ」

「…………確かに少し待った方がみたいね」


 九凪の邪魔をすることは奏も本意ではない。進路に関わるようなことをしている間に心を乱すような横槍は入れないほうがいいに決まっている…………冷静な時の彼女であればそれくらいのことはちゃんとわかるのだ。


「二日もすれば落ち着くとは言ってたからな」

「わかったわ」


 納得した奏の様子を見て春明は内心でよしと頷く。今しがた口にしたことはもちろん全て出まかせであり彼は時間を稼ぎたかっただけだ…………なぜなら普通にデートに誘えば九凪は断るだろう。しかしそれでは奏の気持ちに決着をつけることはできない。九凪にはデートを受けたうえで告白され、彼女を振って貰わなければならないのだから。


 その為の根回しの時間を春明は稼いだのだった。


                ◇


「お店をやるとしたらやっぱりメインはケーキ…………でも日持ちする焼き菓子もたくさんほしいよなあ」


 春樹と奏と別れて学校を後にし、けれど九凪はまっすぐにマンションへと戻らず帰り道にあったスーパーマーケットへと寄り道をしていた。そこは地域密着型の中規模店だが地元の農作物を優先して仕入れていて新鮮なものを置いている。


 最初は朝食を作ってもらったお礼に月夜の喜びそうなお菓子でも作ってあげようと寄ったのだが、将来設計を決めてから売り場を見ていると自然とそれに絡んだ想像が膨らんでしまった。


「最近はほとんど作ってなかったし…………とりあえず一通り作れるものを作ってから考えるべきかな」


 高校に上がってからはめっきりお菓子を作ることもなくなっていた。そうなればやはり腕は落ちるもので、久しぶりに焼いたクッキーも月夜は喜んでくれたし春明も褒めてくれたが自分では味が落ちたなと感じていた。店のことを考えるのはまずその錆びついた腕を元に戻してから考えるべきだろう。


「とりあえず、シュークリームかな」


 月夜との出会いのきっかけとなったお菓子だ。それに関してはリハビリとか関係なしに彼女のため焼いてあげたいと思う。お菓子作りを本格的に再開すると決めての一つ目としてはぴったりだろう…………なにせ月夜との未来のために再開するのだから。


「それじゃあ材料を…………と、そう言えば夕飯ってどうするんだろう」


 ふと気づくが九凪はもう実家住まいではない。実家にいれば母親が自然と食事を用意してくれていたが今はそうではないのだ。朝食は月夜が用意してくれたし、その流れで夕飯も用意してくれそうだけど確認したわけではない…………そもそもマンションの冷蔵庫に食材があるかどうかもわからないのだ。


「確認、しておこうか」


 九凪は自分がスーパーにいることと、夕飯をどうするかを尋ねるメールを月夜へと送る。考えてみれば寄り道をすることを伝えてもいなかったのでちょうどよかっただろう。大体の帰りの時間は伝えていたのでそれより遅くなっていることにヤキモキしていた可能性もある。


「月夜も大人だから家を飛び出して迷子なんてことにはならないだろうけどね」


 以前であればそんな心配もしただろうが、今の九凪は彼女が自分より年上であることを知っている…………まあ、正直に言えばそんな印象はまるでないのだけど真昼と同年代だという話なのだから大丈夫なはずだ。はずである。


「力が戻ったら月夜も真昼さんみたいになるんだろうか…………」


 九凪はふとそんなことを思って、その考えに自分が期待も落胆もしていないことに気づく。期待していれば今の月夜の姿に満足していないことになるし、落胆するということは今の彼女の姿がいいということだ…………後者でないことには安堵するけれど、月夜が成長することに期待も浮かばないというのはなぜなのか。


「まあ、きっと今を大切にしろってことなんだろう」


 九凪はそう考えることにするととりあえずシュークリームの材料を籠へと入れていく。


「あ」


 そうしているとスマホが着信を知らせて震える。月夜からの返事かと思ってみてみるとそれは春明からのものだった。内容を確認するとすぐに部活だから詳しい内容は書けないが、大事な話があるから夜に時間が欲しいというものだった。


「なんだろ」


 なんとなしに嫌な予感がしたものの、九凪は了承の旨を打ち込んでメールを返した。

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