第41話 スポーツクライミング

 壁沿いに闘技場をぐるりと回りこんで、いつも朝練で使わせてもらっている剣術部のエリアを目指す。通い慣れた闘技場も、普段通らない側を歩くと新鮮だね。

 途中、垂直の壁にカラフルな突起物が取り付けられているエリアを横切る。数人の生徒が壁に取り付いて五メートルくらいの高さを横に移動している。ボルダリング部の練習場だ。ボクもパルクール部にお邪魔して高いところに跳びつく訓練はしているけど、この人たちみたいに壁をよじ登るスキルはない。そのうちここにもお邪魔して勉強させてもらおう。なんて思って眺めながら歩いていると、その先にとんでもない壁があった。

 高さは先ほどの壁の三倍はあるだろうか、十五メートルを超える壁が立ち上がっている。同じようにカラフルな突起物が取り付けられていて、あそこを足場にして登るのだろう。だけど、上のほうはオーバーハングになっているよ!あんなの、人間が登れるの?アメリカンヒーローのクモ人間じゃあるまいし。

「スポーツ・クライミングに興味あるかい?」

 呆気に取られてポカンと口を開け見上げているボクを見つけて、部活の人が声をかけてくる。

「あ、いえ、初めて見るんですけど、あれを登るんですか?」

「そうだよ。難易度設定されたコースを初見で攻略する競技、到達した高さを競う競技、それに、登る速さを競う競技もある」

「スピード競技?」

 登るだけでも超人的なのに、速さを競うってどういうこと?

「あそこに同じコースが二つ並んでいるだろう?あれに同時にトライして、先に上にあるスイッチを押したほうが勝ちだ。わかりやすいだろ?」

 よく見ると十五メートルの壁は数メートルの幅でできたいくつかのコースに分かれている。そのうち、垂直の壁には足場の突起が同じ配置で設定されたコースが二本一組で立ち上がっていた。その下で、今まさに壁に取り組もうと見上げる二人の選手が見える。選手の体には長いロープが装着されており、崖のてっぺんにある巻き取り機につながっている。

 うわー、本当に登るんだ。登るほうも大変だけど、周りでサポートしているほうの人たちもあんな姿勢で何十分も見上げているなんて大変だなあ。と、ボクも思っていました。初めてスピードクライミングを見るまでは……

「ちょうど今、始まるところだ。見ていてごらん」

 選手たちが壁に取り付く。クラウチングスタートみたいに全身のバネに力を蓄え、両腕と片足を壁の足場に引っ掛けた姿勢で構える。残りの足は床につま先を着けたままだ。

 ビーっとブザーが鳴る。

 同時にスタート。一歩、また一歩と足場をクリアしていく……

 なんて思っていたら、全然目が追い付かなかった。

 あれよあれよという間に壁を登っていく。いや、手で駆け上がる、といったほうがいいかもしれない。ロープはたわまないよう自動的に巻き上げられていくようだ。そのせいで映画のワイヤーアクションみたいにロープで引っ張り上げられているように錯覚する。そのくらいのスピードだ。

 ダンッ!

 二人の選手がほとんど同時に壁の十五メートル上にあるパネルを叩く。

「六秒三四!?」

 ゆっくりとロープが繰られて選手の二人が降りてくる。

「うちのエース二人だ。これでも日本記録には遠く及ばないよ」

 これで最速じゃないなんて、どんな世界なんだろう。あまりに速くてどんなふうに登っていたのか見て取れなかった。

「興味があるならいつでもおいで。歓迎するよ」

 そういって部活の人がメンバーの下に駆け戻っていった。

 すごい世界だ。あんな高さを、あんな垂直の壁を、あんなスピードで。

 でも、高校生にできることなんだ。だったら、ボクにもできるかもしれない。スピードは無理でも、あの高さに登れたら。

 ぶるりと身震いをして我に返る。背中を走ったのは高所への恐怖か武者震いか。

 いずれにしても、今はまずスリングの使い方をマスターするのが先決だ。ボクの目的はダンジョンの攻略。そのために、いつかあの壁登りにも挑戦したい。でもまずは一対一の戦闘力を上げること。ボクは練習場所へと足を進めた。

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ウチの学校にはダンジョンがある ~ 御陵森学園高等部 魔法道具同好会の日常 塞翁猫 @yam-yam-cat

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