第40話 陸上部

 陸上部はインターハイを目指す通常の運動部で、ダンジョン攻略には関心を持っていない部活だ。だけど地上のグランドの面積の関係でフィールド競技はダンジョンの闘技場内に施設を持って活動している。全体に楕円形になっている闘技場の中で走り幅跳びや棒高跳びなどの跳躍競技を練習している姿は馴染んでいるといえなくもないし、横で物騒な剣を振り回している剣術部との対比は違和感があると言えばある。そんな中で割と風景に馴染んでいるのが投擲とうてき競技のチームだ。広めに取られた扇形の投擲エリアを槍がブーンと振動音のような異音を立てて飛んでいく。ズガッと地面に刺さるところなんか、魔物が串刺しになって飛散する光景を幻視してしまうほどだ。おっと、見惚れていないでハンマー投げの選手を探さなきゃ。

 いた。投擲エリアが空くのを待っているのか、手に松脂の粉ロージンを馴染ませ準備をしている。すぐに順番が来たようで、周りの部員に声をかけて床に描かれたサークルの中に入っていく。神経を研ぎ澄ませる儀式のような一連の動きをなぞり、鉄球に取り付けられたワイヤーの把手を握る。さらに呼吸を整える数秒間。見ている側にも選手の体内に腕力とは別種の力がみなぎってくるのが伝わる。選手の中で何かのタイミングに達した瞬間、ぐるんぐるんと回転を始めた。

 一回転、二回転、三回転……。このあたりではもう巨漢の選手の体が持って行かれそうな様子で鉄球の遠心力に逆らっている。パンプアップした上腕も背筋も、見た目は小さいとさえ言える鉄球の暴走に抗って悲鳴を上げているようだ。

 四回転目。ついに把手が離されて自由を得た鉄球が四十度の角度で放物線を描く。 放たれた鉄塊は五十メートルを軽く越えた先にドスンと落下した。

 先輩ぃ~、これとボクのちっぽけなスリングのどこが似たもの同士っていうのぉ。

 恨み節を抱えつつ、選手の練習が終わるの待つ。

「あのう、ちょっとお時間もらえますか?」

「ん、なんだい?」

「ダンジョン攻略のために武器の練習をしているんですけど、ちょっと教えてほしいことがあって。あの、陸上と関係なくてすみません」

「かまわないよ。ダンジョン攻略はうちの学校の基本方針だし、こうやって闘技場を使わせてもらっている身だからね」

 ハンマー投げ選手の先輩は爽やかな笑みで歓迎してくれる。うう、いい人だあ。

「あの、スリングっていう武器なんですけど、自分で練習しても真っ直ぐ飛んでくれなくて。コツを教えていただきたいなと思って」

 そういってスリングと鉄つぶてを差し出す。

「どれどれ、なるほどこうなっているのか。実物を見るのは初めてだ」

 受け取ろうと伸ばされた手を見て目を見張る。天井の高い開けた闘技場だったからサイズ感がバグっていたけれど、手のひらはボクの頭を鷲掴みできるほど、腕の太さはボクの胴回りくらいもあって、とても同じ高校生とは思えない。鉄球だってボクの鉄つぶてがビー玉に見えるくらいの存在感を持った質量のかたまりだよ。まさに子供と大人。ひーっ、場違いなお願いしてスミマセン。

「これは僕のところに聞きに来て正解だよ。原理はハンマー投と全く同じだ。君は右利きだね。真っ直ぐ飛ばなかったのは左の方にそれてしまったということかな?」

「はい、そうです」

「うむ、遠心力で飛ばす物は向心力と釣り合った状態で円運動を行いながら速度を上げてエネルギーを貯めるんだ。物が飛んでいくときは向心力がゼロになり、引き留める力がなくなった瞬間の遠心力の向きに向かって飛ぶ。スリングの場合、ヒモが向心力となって弾を円周上にとどめていることになる。遠心力は向心力と九十度方向がズレているから、自分の真正面に命中させたい場合は、ひもが自分の顔の真横にきたタイミングでリリースする必要がある。君は弾がヒモの延長線上に飛んでいくイメージで投げていないかい?」

「はい、その通りです」

 そういえば、さっきのハンマー投げでは回転する選手が真横で把手を離してハンマーが正面に飛んで行っていた。そういうことか。離すタイミングを間違えていたんだ。

 ひよりが原理を説明してくれたイラストでも、弾は円の接線方向に飛んでいくことが描かれていた。ボクがちゃんと理解していなかったわけだけど、こういうのは口で説明されるよりも実物を見る方が速いよね。

「だからこうやって、」

 おもむろにハンマー投選手の先輩が頭上でスリングを回転させ、体の横でリリースする。

 ズガーン

 破壊不能の壁が崩れるかと思うくらいの衝撃音を立てて鉄つぶてがぶち当たる。

「ちっ」

 ちっ?いま舌打ちが聞こえたような……。

 選手の方を振り返ると一瞬悔しそうな表情が残っていた気がしたけれど、すぐに先ほどと同じ爽やかな笑顔でスリングを返してくれる。

「まあ、こんな感じだよ。やってみて」

「はい」

 ボクも選手の見よう見まねでスリングを四回転回し、顔の右横に来たタイミングでヒモを片方離す。

 鉄つぶては鋭くヒュッと飛んで、がつんと壁にヒットした。

 前に飛んだ!

 手応えを感じて鉄つぶてを回収に向かう。

 壁に傷は付いていないけれど、先ほどハンマー投選手の先輩が投げた方は少し白く痕が残っている。よく見ると、壁のそこここに大きめの丸い痕がいくつも見られる。もしかして、ハンマー投選手がこの壁に向かってハンマーの投擲練習をしているのだろうか?それにしては執拗に一カ所を狙っているようにも見える。

 もしかしてあの先輩、ダンジョンの壁を力ずくで破壊しようと日々挑戦しているのだろうか?

 モチベーションは人それぞれだから、うん、見なかったことにしよう。

「できるみたいだね。この武器は威力もそうだけど、スピードと角度を調整すればかなりの飛距離が出せると思うよ。鉄球だから、空気抵抗である程度スピードが削られても位置エネルギーだけで相当な破壊力になるだろうし、生き物相手ならかなりエグい結果が得られるはずだ」

「何となくコツがわかりました。ありがとうございます」

 あまり陸上部の練習を邪魔しても悪い。場所を変えて飛距離と命中率をアップする練習に取り組もう。剣術部のエリアの外れに壊れた木人が立ててある場所があったはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る