背中のネジ
高黄森哉
背中のネジ
俺はロボットだ。非常に怖い。
なぜなら、冷徹だからだ。わっはっはは。ロボットが人間の気持ちをかいするはずもない。冷たい金属の肌をなぞれば、それが心から由来する温度とも知れよう。
その皮膚は絶対零度とは言わないまでも、それに近しい温度だった。しかし、これは、己のぬくもりでオーバーヒートしてしまわないための、過冷却でもあることは、この俺すらも知らない。
目の奥の光をぎらつかせ、往来を進み、人を怖がらせる。人は道を退き、道すらも俺から外れていく。まっすぐに進んでいるのに、気づけば、知らない場所にいるのだった。そうだ、知らない場所に ………、、、
ここはどこだ。
と、ある歯車群から抜けてしまった、この一輪は、からからと音を立てて、そのままベンチまで転がっていった。ベンチの座り心地は最悪だった。背中のネジがつっかかるからだ。
なんて邪魔なネジなんだ。だがしかし、これがないと死んでしまうだろう。はて、最後に巻いたのはいつだったかな。そもそも、どうやって、巻くのだったかな。俺には遠すぎてわからない話だった。
前かがみになりながら、だがしかし、だった、で終わらせていい話ではないと考える。このネジが巻かれなければ、俺は動かなくなって、死んでしまうのだ。そうだ! 巻かれなければならない。この語感が示す通り、誰かに巻いてもらわねばならないのだ。
おい、そこ。と、ぶっきらぼうに呼びかけた。はす向かいのベンチに座っている小娘だった。といっても、俺と同い年か俺よりも年上なのだろう。彼女もまた前かがみであるが、人間であるため、背中のネジのためではないらしい。
それは、目の前まできた、俺を見上げるようにして眺めていた。この風貌の俺を見ても立ち上がろうとしないのは驚きだが、そうでなくては困ることを思い出し、ぎこちなく懇願する。
すると、彼女は大笑いで、目の端から涙を流していた。なにそれ、といった具合に。しかし、俺がやきもきし、地団太を踏みながら、背中のネジ回しを見せるとようやく冗談を言っているのではないのだ、と静かになった。
しかし、今度は静かになったきりなので、脅迫まがいに要求しなければならなかった。すると、女は猫のように、そっぽを向き、そんな態度ならば巻かないとぬかしやがった。この野郎。こぶしを振り上げるが、殴ることはできない。
交換条件。彼女がネジを回すかわり、俺もなにかしろというのが言い分である。さて、困った。俺は今まで人のため、なにかをしたことがなかったのだった。ここは屁理屈で乗り切るしかないぞ、と思い彼女を立たせ、背中にある架空のネジを回した。
不思議なことに女はそれで少し姿勢がよくなったように見えた。そんなことはともかく、俺はほら、お前のネジを回してやったぞ、と嘯き、同じことをしてもらう権利を主張した。等価交換というのだろうか。
へっ。さっきので、ネジが抜けてどこかへ行ってしまった? そもそもお前にはネジ回しなんてねえよ。ふざけているのか、と怒鳴り散らしそうになったが、よくよく考えれば、彼女の言う通り、自分の背中のネジなど見たことなく、俺のも不可視のネジである可能性は十分に考えられる。
俺は、唸った。相手に損失を与えた以上は、補填してやらねば、自身の発言と整合性をとれず、永遠にネジを巻いてもらえぬため、ネジを探す必要があった。透明なあるかもわからないネジだ。まずは公園から始まる。
女は背中側からずっとその模様を観察し、アドバイスを送ったりしていた。俺をいじめている彼女は、まるでネジを回したように生き生きして見えた。
俺たちは往来に出た。目をぎらつかせ、人々は退いた。それどころか、道すらも退いた。そして、まっすぐにネジへ進んでいるつもりでも、知らず内に知らない場所へきているのだ。ずっと巻かれていない俺のネジは、いっこうに止まる気配はない。
背中のネジ 高黄森哉 @kamikawa2001
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます