第11話「過去材料」

「すっかり雪がやみましたな」


 と、ヘルテウスが嫌に上機嫌な顔で振り返り、遠くになりつつあるラミ殿の家を見ていた。


「ヘイディアス殿、いや、やはり吹雪いているようだ。ラクスミ様との接触には失敗したということにしないか?」


「ヘルテウス殿」


「道中を知らぬ我らだけで遣わせたのが間違いなのだ。なあにわかりはしまい。それよりも……ふふふ」


 ヘルテウス殿は完全に足を止めた。


 なんだ、ヘルテウス殿、何が言いたい。


 いや、わかっているんだ。


 わかるからこそなおさら腹が立つ!


「貴方の為に僕が勝利をささげましょう? それがカーリア式の求婚の仕方か。勝利を。女にはくだらないものかもしれんが、このヘルテウスの心は射抜いた。勝利を! ふふふ……あーはっはっはっ!」


 ヘルテウス殿が顔を戻して歩き始める。


 面白くない!


……言いすぎたことを今更自覚する。


 何が、勝利を、だ。


 僕にそんな力は無い。


 魔法を使えない無能なのだ。


「……誤解していたな」


「何を、ヘルテウス殿」


「貴殿のことだ、ヘイディアス殿。私はヘイディアス殿を、魔法を使えぬ無能で、いらぬことをしでかした木端の犯罪者程度だと認識していた」


「言ってることに間違いはないです」


「まあそうだ。魔法が使えると念じたところで使えないものはどうしようもない。霊山の黒曜石の、磨り潰された一粒さえもヘイディアス殿には動かせないだろう」


 ヘルテウス殿の言う通りだ。


 僕は、黒曜石を動かせない。


 本来であればバトルジャックに搭乗することなどできない。戦士の中の戦士、騎士の中の騎士が、長年に渡って魔力を鍛えあげて、伝家のバトルジャックへとおさまるのがならいだ。王都クシュネシワル、要塞デカンで戦ったカーリア戦士達はみんなそうだ。


 僕は?


 僕は、無能であるから人数十倍働く必要のある無能なのだ。魔法が使えないならば自分の筋肉しか頼れない。そして魔法を前提にしたバトルジャックは指の一本も動くことは決してない。


 ダインスレイフという例外もいるが。


「だが、良いな。女に勝利を誓えるのは良い男の特権だ! 禿げ頭を隠せるカツラでも、このヘルテウスの名前で進呈させてくれ」


「嫌味ですか!?」


「はっはっはっ!」


 笑って誤魔化された。


 だが僕は忘れないぞ。


 禿げと言われた怨みは深い。


……やっぱ、禿げてる、よな?


 いや禿げてない!!!!!!


「魔法と言えば、貴殿、なぜバトルジャックに乗れるのか不思議だな。秘密であろうことは容易く想像がつくので訊かなかったが、この縁の勢いで尋ねてみたい」


「ダインスレイフの秘密は明かしても構いません。しかし僕ばかりが話すのは不公平、ヘルテウス殿も一つ秘密を明かしてください。それを聞いて釣り合っていたら僕は話します。ただし軽いものなら話し損ですので悪しからず」


「むっ、遊戯だな。ダインスレイフと釣り合う我が秘密をおしはかれ、か……難題だな」


「道は長いゆえ長考していてください」


 ヘルテウス殿も少し静かになるだろう。


 と、僕は甘く計算していたことそ思い知らされた。ヘルテウス殿はとんでもない即断の男だったのだ。


「ではエパルタの対カーリア占領政策について披露することにしよう」


「ヘルテウス殿?」


「むっ、足らんか。ではエパルタの新世代バトルジャック・ドォレム群の秘技であるヴィシュタ博士から伝授された幾つか噛み砕けた知識を伝えるのならばどうだ」


「エパルタ帝国の屋台骨を揺るがす秘密ですよ。重すぎです。流石にそれは」


「情報に重い軽いはないだろ」


 ヘルテウス殿に試されているな。


 迂闊に喰いつけば、ヘルテウス殿の背後にいる釣り人テミストスが怖い。はぐらかして誤魔化そう。


 そうした。


「つまらん……」


 ヘルテウス殿はすっかり臍を曲げたようにしてしまう。少しの申し訳なさもある。がっかりしているヘルテウス殿、その諦めている状態であれば、乾いた砂が水を吸うようにどんな情報でも呑んでくれるかな。


「ヘルテウス殿は学生時代どうでした?」


 僕は『学生時代』の話をした。


 カーリア王家から奨学金なるものを貰い、国外の学校に通っていたことがある。勿論、僕は魔法が使えないのでそりゃあ『可愛がり』を受けてきたわけだ。


 あらゆる学科では受講も拒否された。


 魔法が使える前提だったからだ。


 そんな時に僕を拾ったエパルタ人が、テミストス教授だった。当時のテミストス教授は、娘のヴィシュタしか抱えている人材がおらず、学校ではかなり浮いた存在だった。


 そんなテミストス教授は、手足が有れば苦労はしても働けると言うことで、僕をテミストス教授の一派に引き入れられた。


 ドォレム工学だ。


「ヘイディアス殿は、あのテミストス将軍の下で学び、ヴィシュタ博士の学友なのか……驚きだ、ヘイディアス殿」


「テミストス将軍は、犬に芸を仕込むくらい楽しんでいたようですが。ヴィシュタには嫌われてた。僕のほうがドォレムを上手く作れたから。今でもヴィシュタ博士は不健康?」


「その通りだ、ヘイディアス殿。ヴィシュタ殿はガリガリで寝不足のまま研究に没頭しているから時折、ふらついて倒れる」


「そう、ヴィシュタは昔から。心に余裕が無さすぎて大一番では上手く能力を出せないことがある。思考が固まる、反射が遅れる、数式の計算が滑る、理解するのが少し遅れる。完璧な状態のヴィシュタなら僕とは比べ物にならない知識を活かせるのに、性分だろうね」


 そして、テミストス教授の下で、僕とヴィシュタはドォレムの基礎を鍛えながら、ある遺跡調査に同行することになった。


 ドォレムの墓場だ。


 地層から推定すると何十世紀も古い文明、しかし、現代の最新ドォレムに施すオブシディアン加工技術を凌駕しているドォレム。


 ダインスレイフはそこにいた。


「むっ……話は後で」


 ヘルテウス殿のへリュトンが足を止めた。


 ダインスレイフもへリュトンにならった。


 野人でもあらわれかな?


 いや、あれはゲリュオネスか。


 特徴的すぎる形なのですぐわかる。


「使者殿! ラクスミ殿は既にお心を決めジュデスへと向かわれた! 急がれよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強無能禿げおじさん、魔法世界で巨兵軍団を繁栄させる! RAMネコ @RAMneko1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ