第10話「ラミという淑女」

 臆病なアーレイバーンから依頼を受けたのだから答えなければならない。ジュデスの護民官は変わらずアーレイバーンだしね。


 ファラミウス殿との話し合いか。


 アーレイバーン殿の仲介として功を立てさせるために、使者に行け、と。


 裏切り、て言葉がよぎる。


 アーレイバーンが旧同盟かファラミウス殿に通じていて、カーリア・エパルタ軍を売るという絵だ。


 とはいえ、断れない。


「山向こうの娘に良い知らせを、ねぇ」


「アーレイバーンの嫁いだ娘てファラミウス家にいるのであろう? 良い感じが微塵もない」


 と、ヘルテウス将軍が言う。


 道中はダインスレイフとラーミア・フェランギだけだ。たった二機で霊山の支配者に会いに行くのは、使者の宿命とはいえ自殺みたいなものだよ、まったく。


 自分で志願したのだけれども……。


「ファラミウス一族の領地内て嫌がらせだよ。アーレイバーンとかいう男、工房に破壊工作でもするのかな、どう思う、ヘルテウス将軍」


「さぁな。わからん。裏でコソコソとする男という雰囲気だ。こちらに罠があるならば我々で食い破れるだろう」


「ラーミア・フェランギ使わないクセに」


「当たり前だ。もしもに備えて、へリュトンを輸送したのはやはり正解だった。……エカトンケイルが展開できるにこしたことはないのだがな」


「ラーミア・フェランギは今の工房の力で安定して消耗できるバトルジャックだから仕方ないけどね」


「うむ。だが今は言ってられん」


 へリュトンは良いバトルジャックだ。


 それこそラーミア・フェランギよりも数段は上の性能をしているだろう。エカトンケイルよりも貧弱だが、代わりに、山岳部ではおよそ、無敵に近い滑空能力がある。


「良い風が吹いてる」


「……噂では聞いていたが、何度も見ているとそのバトルジャック、ダインスレイフの異常さが際立つな」


 と、ヘルテウス将軍に言われた。


 へリュトンが滑空して渡った崖を、ダインスレイフは単純な跳躍だけで届いて着地する。


「古代バトルジャックだからね」



「いらっしゃい。えっと……」


 おっとりとした女性が扉を開けた。


 妙齢な女性で遂胸がトギマギした。


「……どなた、なのかしら?」


 数拍空いて、僕は慌てて自己紹介した。


「僕はヘイディアスです。こっちがヘルテウスくん。ラクスミさんに会いにきたのですが、迷子になってしまいまして……」


「あらあら。ドォレムで山越えをしていたのね。大変、中にお入りなさいな」


「いえいえ! 急ぎの用事なのでお教えいただければそれで充分です! すぐに立ち去りますので!」


 背は高い。


 均整の取れた体型。


 なぜま革製の軽鎧を身に着けている。


 まあ、ささいな問題だよ、狩人かな?


 あれよと部屋に引き込まれてしまった。


 極寒に変貌した外とは違い、中は暖かかった。燃料は何を燃やしているのだろうか。煙突から暴風で逆流しないのだろうか。不思議だった。


「あまり長居は……」


 思いのほか暗いな。


 影が溜まり隠れている。


「……ラクスミ様を探しているんだって?」


 女性が影の奥に消えていた。


 あれ? どこ行ったんだ?


「えぇ、アーレイバーンのクソ野郎の使いで挨拶に来たんです。カーリアの王になってくれ、て。変な話ですよ。あッ、でも吹雪だからこのまま行けませんでしたで引き返しちゃいますか」


「おい」


 と、ヘルテウスに脇を小突かれた。


──カチャリ。


 影溜まりで黒曜石が擦れる音だ。


「王様になるんだ。似合わないね」


 と、女性の声だけが届く。


「カーリアの反撃、その神輿だね」


「あの、お名前は……」


「うふふ。必要かしら。すぐに行かれてしまうのでしょう?」


 と、悩ましげな声だ。


 凄い悶々するのだが。


「聞きたいです!」


「では……ラニと」


 ところで、と、ラニは続けた。


「簡単に反撃なんてできるのでしょうか。勝てるのですか? クシュネシワルでは精鋭がエパルタに敗れ、デカンでは神聖同盟に完全に包囲されて降伏を強要されたカーリアが?」


「リアー姫のご尽力で、エパルタと共闘できる流れになったんですよ、ラニさん。カーリアは復興しようとしています」


「かつての敵と手を組んでいると」


「はい、エパルタです。侵略国家です。しかしカーリアは残りました。逆に、盟友である神聖同盟諸国はカーリアを完全に消そうと展開していてこれを防ぐために戦っています」


「カーリアには多くの騎士がいました。しかし全て失いました。本当に勝てると考えているのですか」

「だから最初から諦めて、こうして閉じこもったままでいるのか?」「いらっしゃい。えっと……」


 おっとりとした女性が扉を開けた。


 妙齢な女性で遂胸がトギマギした。


「……どなた、なのかしら?」


 数拍空いて、僕は慌てて自己紹介した。


「僕はヘイディアスです。こっちがヘルテウスくん。ラクスミさんに会いにきたのですが、迷子になってしまいまして……」


「あらあら。ドォレムで山越えをしていたのね。大変、中にお入りなさいな」


「いえいえ! 急ぎの用事なのでお教えいただければそれで充分です! すぐに立ち去りますので!」


 背は高い。


 均整の取れた体型。


 なぜま革製の軽鎧を身に着けている。


 まあ、ささいな問題だよ、狩人かな?


 あれよと部屋に引き込まれてしまった。


 極寒に変貌した外とは違い、中は暖かかった。燃料は何を燃やしているのだろうか。煙突から暴風で逆流しないのだろうか。不思議だった。


「あまり長居は……」


 思いのほか暗いな。


 影が溜まり隠れている。


「……ラクスミ様を探しているんだって?」


 女性が影の奥に消えていた。


 あれ? どこ行ったんだ?


「えぇ、アーレイバーンのクソ野郎の使いで挨拶に来たんです。カーリアの王になってくれ、て。変な話ですよ。あッ、でも吹雪だからこのまま行けませんでしたで引き返しちゃいますか」


「それが良いわよ。帰りなさいな」


 と、ラミが鳥のように笑う。


「えぇ、やっぱりそうしましょうか。あぁ、そうだ、こういう約束とか信じられないでしょうから、口約束だと思って気楽に聞いたくださいラミさん」


「何を……ですか?」


「貴方が戦争に抱く不安を取り除く勝利を。カーリアの再興を信じて戦う人間に、僕が勝利を与える。それまで待っていてください」

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