第9話「厄介ごと」

 集まった面子を見て嫌な顔が浮かびかけたのを隠す。ジュデスの城館、最近なで埃を被っていた雰囲気のある会議室には大物ばかりだ。


 僕が一番最後だ。


 遅れたことを謝罪して、話が始まった。


「由々しき問題が横たわっている」


 護民官アーレイバーンが仕切る。


 司会はアーレイバーンなのかな。


 先程、僕と別れたときと雰囲気違う。


「私たちには解決しなければならない大きな問題が残っている。カーリアの玉座の空席だ」


 しょうもないので聞き流そうかな。


 リアー姫に決まっているだろうに。


 エパルタとも話をつけているんだ。


 そのエパルタが、リアー姫を王都クシュネシワルに呼んでいたわけだしね。護民官殿は……いや、まさか……。


 アーレイバーンの気弱な声が、しかし、次期王の不在をどうするのかという話題に貴族が顔色を変えた。


「国王をどうするかということだな?」


 と、エパルタのヘルテウスが言う。


 隣にはリアー姫がいるのだ。


 エパルタと王都側は、リアー姫を擁立して正統なカーリア国としての立場を作ろうとしている。


 だが、アーレイバーンはバカじゃない。


 言ったということは別にいるのだ。


 次期国王として擁立する王族がだ。


 ジュデスは重要な拠点だ。


 王都以外で確実に確保した拠点で、手放せないのは事実だよ。でも、アーレイバーンが欲を出している。


 アーレイバーンらしくない。


 彼は、今にも逃げ出そうとするほど気弱だったのにいきなりここで次期国王を擁立しようなどと、エパルタの将軍とカーリアの姫を前に言う?


 アーレイバーンだけの力じゃないね。


 貴族の多くが、アーレイバーンの発言に驚いていた。ジュデスの総意ではないことは明白だ。


 一人、違う貴族がいた。


 その男がアーレイバーンの肩を持つ。


「左様。アーレイバーン殿が正しい。カーリア王を失い、次期国王が、今まで誰も国王になるなどと予想もしていなかったリアー姫になどと誰が支持しましょうか?」


 中年の男だ。


 腹が出てるが体格が良い。


 そして身なりが素朴なほど飾り気が無いが、指には財産を主張するかのような極めて高価な指輪を嵌めている。


 これを見下すのは難しい。


 ファラミウス一族か。


 バレンヌス・ファラミウスなんとかだ。


 山の向こうの敗残兵だろう。


 追い出されて流れ着いたか。


「現状、カーリア国は、国家を成してはいない。国王がいないからだ。私は……陛下の直系の血筋こそもっとも抵抗が少ない理想的な後継者であると考えている」


 アーレイバーンは言ってしまう。


 エパルタ側が隠しきれない殺気。


 そりゃあね……エリー姫を擁立したエパルタ側を全否定する発言だ。エカトンケイルが突進する日が近づくような恐れ知らずの物言いだよ。


 足元を見ているのだろう。


 デカン要塞でエパルタの主力は足止め。


 王都に展開するエパルタに、全滅したくないなら欲を出すな、と……アーレイバーンがというよりはバレンヌスが絵を描いているのだ。


 まいるよね。


「ラクスミを次期王として推薦する」


「げッ……失礼」


 僕は、こほん、と、咳払いした。


 リアー姫の表情が見るからに悪い。


 なんというか嫌悪する虫を見る目。


 ラクスミて女子は武闘派だ。


 馬も乗る、ドォレムを扱う、剣もだ。


 戦う姫様なのだが……降嫁した王族の末裔だ。王位継承権は無いが、カーリア王の血筋で唯一残された直系だ。


 カーリア王の嫁が色々あって降嫁して、その時に『カーリア王の血があるのかないのかわからない』娘を産んでいる。


 直系と言われてはいる。


 そして種に違和感は無い次期だ。


 市民に王家の血筋があるという言いふらし。誰も真実がわからない血筋は、ラクスミの母でさえ知らないかもしれない。


 曖昧なのだ、ラクスミは。


 ただし本当ならもっとも血は近い。


 リアー姫の血筋はとても遠いのだ。


「ラクスミだと?」


 ヘルテウスがやっぱり噛みついた!


「血筋であれば最良であろう。しかしリアー姫は王都復興に尽力され、であるからこそ我らは惜しみなくリアー姫をカーリア国に据えようと手を貸している」


 ヘルテウス将軍が睨む。


「リアー姫の前で悪いが、旧カーリアはいささか図にのられているのではないか。エパルタをナメておられるのか? 余計な欲は身を滅ぼしますぞ」


「わかっているともヘルテウス将軍。しかしだからこそ正しき道を選ばねば……」


 アーレイバーンはバレンヌスを見る。


「ジュデスの協力は難しいかもしれない。ジュデスの市民はラクスミ姫がカーリア王に成られると信じていたからこそ、ファラミウス一族の霊山統一に最後まで抵抗できたのだ。もしそれを裏切れば……」


 脅しだ。


 ヘルテウスに青筋が浮かぶ。


 空気の読めないアーレイバーンは続けた。


「……今、ラクスミ姫は、お父上である最後のカーリア王を亡くされ深く傷ついている……」


 なら王位継承権を叫ぶんじゃないよ。


「アーレイバーン殿、であれば無理にラクスミ姫を引き立てなくとも、より、心を休める時間を……」


 僕は助け舟を出そうした。


 アーレイバーンが素早く反応する。


 ピシャリ、と、刃物のように、だ。


「それが王族のつとめであればラクスミ姫は義務をまっとうできません。王の血を持って生まれた者の宿命です。一時の感情の揺らぎに流されず、捩じ伏せ、国のために立たねばならないのです」


「アーレイバーン殿が、でしょう」


 僕の中で棘が伸びてくる。


 言っている意味がわかってるのか。


 アーレイバーンが口を開こうとしたのを、エリー姫が制して止めた。言葉を遮るのは大変に不敬だ。


 それをリアー姫はした。


 リアー姫は納得しかねる顔だ。


 だが、少し気楽になっていた。


 僕が挟むことがらじゃなかったね。


「アーレイバーン殿。女王という地位は思い。私もわかっている。血の力学も強い。しかしである。アーレイバーン殿、我々に挑戦しておいでか。それは少々不愉快であるな」


「ラクスミ姫に全てを背負わせません。実務では我々が補佐するのです。表向きカーリア王は血の力学のラクスミ姫に、実権はリアー姫、そしてエパルタやカーリアの者とすれば良いのです」」


 沈黙が満ちた。


 アーレイバーンは全て話したようで静かだ。提案の、取り敢えずの区切りなのだろうね。


「ラクスミ姫とお話しになられてみては?」


 俺はリアー姫に耳打ちした。


 リアー姫が小さくうなずく。


 アーレイバーンがまた言ってきた。


 嫌な笑みだ。


「ラクスミ姫にお会いするなら……」


 気の重い『お願い』だ。


 働くドォレムをずっと見てたくなるよ。

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