第8話「蛇の血筋」

 カーリア王国崩壊より、旧同盟の跋扈を許していた王国内だがジュデスで、エパルタとカーリアが連合を組み、ジュデスを防衛したことが伝わったらしい。


 国土を荒らす旧同盟軍の諸国の活動は急速に縮小を始めている。ひとまずはお互い様子見をするという、のんびりとした戦略展開になりそうだ。


 少し退屈か?


 まあいいよ。


 ジュデスにある工房群。


 王都クシュネシワルに続いて、規模の大きな工房を手に入れることができた。工房以上に貴重な熟練の工匠も含まれている。


 立地も良い。


 霊山の黒曜石鉱山と直結されている。


 資源の輸送、工匠の道具さえ揃えられれば、一大生産拠点として機能させられるな。


 問題があるとすれば、今日までジュデスは工房都市としてまったく機能していないことだ。恵まれた立地でそうしなかったのには理由がある。


「しかしファラミウス一族に無許可で、ジュデスの内政をおこなうなど……」


 護民官であるジュデスの最高責任者アーレイバーンが冷や汗をかきながら言葉を濁す。


 ファラミウス一族の存在だ。


 黒曜石は加工品とせず原材料として諸国へと輸出する、という、ファラミウスのくびきとでも言うものが存在する。


 カーリア王国と言っても諸侯が独立しておさめてきたわけで霊山はファラミウス一族の自治の圏内。


 霊山が無くとも黒曜湖があったので黒曜石資源にカーリア王国が困ることはなかった。むしろ大量に黒曜石が流入することで価格の下落が防げて、黒曜湖の人間はよく潤っていた。ゆえに、霊山の黒曜石はカーリア以外に輸出されてきたし、独占権も与えられた。


 とはいえ、だね。


 霊山ウーレイアの大半を占領されているのは予想外だったが、ファラミウス一族で粛清があったことは悪くない。


 ジュデスから切り崩して……。


 黒曜湖はデカン要塞の戦区だ。


 旧同盟に接収されて供給は絶たれた。


 まあどの道、ファラミウス一族を丸ごと味方に引き入れたとて、リアー姫の権力を脅かし、エパルタのテミストス将軍にいらぬ隙を作るばかりだ。


 味方になるかも?


 などと温く考えて、出来るだけ手に入れようと欲深く手を伸ばしても痛い目にある。


 状況は悪くない。


 ファラミウス一族は影響力を下げた。


 ダルネイトがいたということはカルタ・ノウァと手を組んだのだろうが、弱体化したファラミウス一族もまた、餌になりえるのだ。


 滅びたくなければ対価を多く払っても、カルタ・ノウァから守ってほしいという心の底ができてくる。


 ファラミウスもすぐに死なないだろう。


 腐っても“不動”のファラミウスなのだ。


「護民官殿、そう焦りたもうな。テミストス将軍とリアー姫は直々に軍勢を入れたと言うことはそれだけ本気! 山に入るならばともかく、城壁を埋めるよう斜堤を造成し、ジュデスを防衛した戦功は認めていただきたい」


「それは勿論! しかし……」


「護民官殿の不安もわかる。疲れたので有れば変わりの者を置くこともできよう。王都で暮らすか、他国へ行くのも悪くはない。どちらにせよジュデスが戦場となることを否定できん」


 護民官アーレイバーンは、工房が変わっていくのを睨みつけて帰って行く。


 やれやれ、だな……。


 報告に持ち帰ったか。


 アレは夜逃げするかもしれん。


 確か妻がいて娘が四人だったね。


 ジュデスで護民官をやってはいるが貧乏くじで、新天地に向かって行くほうが楽だろう。


 さっきも言ったように、戦場になるんだ。



「ヘイディアス殿、いつもいるな」


「工房に入り浸って暇なのか?」


「姫様に耳引っ張られてたの見たぞ」


「暇じゃあなさそうだな」


「やべッ目が合った逃げろ!」


 工房で僕の扱いどうなってるんだ。


 話題にあがるだけまあ良いほうか。


 そんな悪いひそひそ話でもなしね?


 さてみんなが嫌がる工房の視察だ。


 ボルト弾を研磨している工匠が気がつき、仕事を少しの間止めて手を振ってくれた。振り返しながら、工匠には無理をさせているなぁともよぎる。工匠全員に食事か酒でも差し入れするか。


「また腕が上がったな。日が経つごとに要領が良くなってるぞ。丁寧な仕事だ」


「もう一人前だからね!」


「馬鹿者、お前はまだ半人前だぞ!」


 と、やりとりを繰り返したりしながら工房の邪魔は最小にしながら観察を続ける。


 前までは、ジュデスの工房には埃を被った資材と廃材が捨てられていたくらいだったが、今では多くの工匠やまさに建造中のバトルジャックが列を成していた。


 何十と並んでいるのは、まだ未完成のラーミア・フェランギばかりだ。彼女達は工房いっぱいに並んでいて、左右には別で組み上げた部品を天井から下がるチェーンで運び、工匠の手で組み立てられていく。


 工房は最終組み立てなので、部品の製造はしていないが、一番、バトルジャックを建造していることを自覚できる工程だろう。


 腕がまだ弱い人間が、組み立てや修理などで登用されている。どうしても部品の製造には技術が必要であり、細々とした土台から狂っていると、現物合わせは楽ではないのだ。


 新人が気持ちよく苦労しながら学んで、育って行くには苦労もいるということだね。


 修理も、動力は魔法使いで、黒曜石が動くだけの機構なこともあり、分解して研磨、微調整くらいで済んでいる。本当は高い技量とか要求したいのだけど……手が足りていないのが現状だ。


 とはいえ、王都と同じく、ラーミア・フェランギの製造と整備は教本の改正版を出してすぐに開始させられる程度には、纏められている。


 王都の工房の努力の賜物だ。


 後でちゃんと手紙と贈り物がいるね。


 ラーミア・フェランギが、徐々に安定した姿になりつつある。前まではこうはいかなかった、歪で、全高や全幅でさえ一目でわかる誤差が出ていたものなのに。工匠の腕が上がって、ある程度の同じ形で建造できるようになっている。


 成長だね。


 極初期型は、関節の合わせが悪く、粗製そのものだ。数回の戦闘で、既に激しく摩耗してしまっている。これなら初期型ラーミア・フェランギとして乗り換えさせられるかな。


 とはいえ、まだまだ正規バトルジャックに太刀打ちはできない。運用には慎重に、かつ、色々考えていかないといけないか……。


 次の目標はラーミア、蛇の原点を再現できる程度の技量向上を目指して……。


「失礼します!」


 工房に似合わない一人の兵士が現れる。


 可もなく不可もなしな彼は姿勢を正す。


「ヘイディアス殿! アーレイバーン様より執務室へ来ていただけますよう伝言を承っております」

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