第7話「フォースバトラー」

「リアー姫……」


 僕は居心地の悪さの只中にいる。


 王都クシュネシワルでももっとも厳重な場所の、更に深奥にいる。カーリア王家の居城の、リアー姫の私室だ。彼女の部屋に料理も用意された。


「ヘイディアスは会食みたいなものは苦手でしょう? だから私室で、私だけを見て食べられるほうが落ち着くはず」


「まあ確かに……そうですが」


 料亭で食べていると、周囲の視線が気になる。腰抜けとか卑怯者と言われてしまうのはわかる。『事実』が広まりきった今では、僕は王都で立場が無いのだ。


 しかしリアー姫に話したかな?


 なんでリアー姫知ってるんだ?


「ん? わぁ! 良い匂い。魚の蒸し料理ですか。大好物ですよ」


「ふふふ。だと思ったかしら」


 クシュネシワル近くの川から獲られた魚だろう。川と言っても岸から見ると海と変わらないほど大きい。本当は丸い湖なのだそうだ。似たような丸い湖はあちこちにある。


 それはおいといて。


 蒸し魚の料理をリアー姫と一緒にいただいた。「ここは私が」と流石にリアー姫によそわせるわけにもいかないだろう。僕が皿にわける。


 蒸し加減が最高の状態だ。


 骨に身が残り過ぎず素晴らしい。


「リアー姫。魚の骨についた肉を見てください。うっすら血合が見える程度だけ残してほろりと剥がれます。城の料理人の腕は超一流ですね」


「うふふ」


「面白かったですか?」


「えぇ。久しぶりに楽しそう」


「よくわかりませんが、リアー姫がそう言うのであればそうなのでしょう。良かったです。それより早く食べましょう! 美味しそうですもの!」


「うふふ。えぇ。それでは食べましょうか」


 やはり蒸し魚は最高の味だった。


 そんな料理を楽しみながら言う。


「本日はありがとうございます。こんな最高の魚料理をいただけて。恥ずかしながらリアー姫との食事はこの1年半でもっとも心休まりました」


 心からの言葉だ。


 クラーケン戦で一緒に生き延びてくれた学友という印象のほうが、リアー『姫』よりも遥かに勝っている。同じ経験をした仲間だからと自分を慰めれる。まだリアー姫に責められてもいないしね。


 恐怖は誰ともわかちあえない。


 黒すぎる影のごときリアー姫が、口元をナプキンで拭う。夜の黒猫にも見える彼女は、心地の良い恐ろしさで、凛々しさと言い換えることもできるだろう。だと言うのに、声を発すれば、緊張が溶ける柔らかい声だ。


「ダクタス卿の件のお詫び気にしないで」


「ダクタス卿、ですか、リアー姫」


 意外な名前が出てきた。


 王立技厰のダクタス卿だ。先の評価試験で手酷く罵倒されてしまった、クラーケンに殺された学友の父君の名前だ。


 僕は緊張した。しかし全て抑え込む。


 リアー姫の前だけは無様ではダメだ。


「えぇ。あの会場をカーリア王に頼んだのは私なの。成果をあげる貴公に余計な心労を与える結果になってしまったわ。許して」


「いえ、全ては僕の責任です」


「私もいたのよ? そして気候に救われた。事実は変わらない。命の恩人ね。だから本当はこんなものじゃ釣り合わないくらい」


「充分です。えぇ、本当に充分」


 蒸し料理は最高だ。


 最高のもてなしだ。


 使っている魚は、カーリアの湖にいるサクラノクエ。この手の料理にはカーリアでもっとも適している魚で、伝統料理でもある。カーリアとしての謝罪ということだろう。最高の食事でだ。ここまでされて、謝罪を受け入れないような心を、リアー姫に向けるわけがない。むしろ僕からお釣りを返したいくらいだ。


「王家の身だから、なかなか貴公と話す機会はなかった。それだけに不安なの。聖工房で歴史的な成果をあげているのは知っているわ」


「リアー姫とカーリア王のおかげです」


「いいえ、貴公の実力よ」


「僕は古い論文を継ぎ接ぎしたり、優秀な仲間であるヴィシュタの手伝いをしているだけです」


 大したことはしていない。


 たぶん普通の人なら1年半もかからなかった。もっと早く……もっと凄く作れる。


「貴公だからできたのよ」


「ありがたいお言葉です」


 僕は表面上、リアー姫の言葉を素直に受け取った。彼女を否定することこそダメだろ。


「……ゲリュオネスの次はもう?」


「次ですか。幾つか計画と試作品は既に。要素の研究や開発も手広く済ませていますので。ヴィシュタが開発した魔力噴射機関をもっと上手く組み込ん新型をできないか考えています。手足を省略してより大型、空を飛ばすとか……」


「なんですかそれは!?」


 リアー姫が食いついた。


 だよな、という印象だ。

 

 リアー姫と僕は学友なのだ。つまりは騎士学園でフォースアーマーの基礎講義を一緒に受けている。同門というわけである。


 あぁ、そういうことか。


 リアー姫は聖工房で作られている物がずっと気になっているんだろう。今度からはもっと頻繁に、リアー姫へ報告を、顔を出さないとな。


「まったくフォースアーマーとは異なる概念……貴公の頭はどうなっているの?」


「そうでしょうか?」


「えぇ。ちょっとおかしい位よ」


 傷つくんだけど。


 リアー姫に頭おかしい言われるのは。


 パワー勝負ならゲリュオネスで大魔獣と戦えるかもしれない。だが不安もある。同じ土俵で戦う必要はない。一方的に蹂躙する為にはもっと巨大で、もっと速く、もっと強い一撃を繰り出したい。


 今はまだ対等でしかない。


 まったく、まったく不足だ。


「ヘイディアス」


 リアー姫の黒すぎる影の顔が、真っ直ぐ見つめる。黒猫の瞳は本当に猫みたいだ。心の中では猫扱いしているから、心が休まっているのかしれない。


「貴公に贈り物がある。此度の優秀な成果は諸侯も我が父も目にした。貴公の功績から従士団への配属を提案する」


 従士団。騎士団とは別の組織だ。騎士団の次に名誉がある、カーリアの2本柱だ。


「謹んでお受けいたします」


「それともう1つ。大魔獣とまではいかないが恐獣の死骸を贈る。新しいフォースアーマー……いや、フォースアーマーを圧倒する新しい武『フォースバトラー』を生み出した功績は余りある功績だと王家は認めた。その旨を刻み、今後も励んで」


 恐獣の死骸ラッキー。


 どころの話では無い。


 フォースバトラー……まったく違うフォースアーマーとは一線をかくす物であると、名前をもらった。


 喜べば良いのか?


 嬉しく思えば?


 僕はどう感じれば良いのかわからない。


「良く頑張ったな」


 リアー姫が誉めてくれた。


 それが全てで、初めてだ。


 初めて誉められ、泣いた。


 大の男が……泣いたのだ。


 今日、やっと立てたのだ。


 ようやく僕は生まれることができた。


「……申し訳ありません。情けない姿を晒したばかりかお手を煩わせてしましました、リアー姫。どうかお許しを」


「許します、ヘイディアス」


 止められなかった涙がようやく止まる。


 僕はリアー姫に深く謝罪した。


「ありがとうございます。ところで恐獣などいったいどこで手に入れられたのでしょうか。よろしければ聞かせていただけると」


「もっともな意見ね、ヘイディアス。恐獣は隣国エパルタから買った。あの国は日々恐獣の脅威に晒されて天剣十二勇士など強力な軍備を持っている。今回のは間引きで手に入れたものだ。ヘイディアスの為にな」


「僕の……ありがとうございます、リアー姫。期待をかけていただき光栄の極みです」


「よせ。私と貴公の特別な仲だ。遠慮も配慮もない。だが……聖工房の件は、私が謝罪するべきだった。ヘルテウス・ダクタスの干渉で、妨害を受けていることに気づけなかった私の重大な失態だ。許してほしい」


 リアー姫が深々と頭を下げる。


 王女がやるべきではない。


 だがもし、僕がリアー姫の謝罪を否定したらどうなる。彼女を否定するのか。悩んだ。悩んで、受け入れる言葉を選んだ。


「リアー姫の謝罪を受け入れます。これでお互い、謝るべきことはなくなりましたね、リアー姫」


 途端、リアー姫に花が咲く。黒すぎる彼女が、影のようであるのに今は、明るく、眩しく、美しかった。


 だからリアー姫の言葉がわからなかった。


「王都の整理のついでだ。暇を出そう」

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