第8話「エパルタ軍」
「技術て素晴らしいね」
テミストス先生の言葉を思い出す。彼の講義では人間の素晴らしさよりももっと冷たい物を尊ぶ癖がある。
僕は今、カーリア王国を離れてエパルタ王国にやってきていた。王命というのもあるが、1度、来てみたかったのも事実だ。テミストス先生とヴィシュタの祖国でもある。
カーリア王国と変わらないような荒涼とした痩せた土地、点々とくり抜かれたような巨大湖という似たような景色の先に、白亜の城壁に囲まれた都市が見えてくる。
エパルタ王国首都ヘイラだ。
「大きい……」と、僕が城壁を見て驚いていると、ヴィシュタが説明してくれた。
「恐獣はもとより大魔獣にも耐えられるだけの高さを誇る、ヘイラ三重の城壁。城壁はやや斜めになるよう上まで土を盛られていて、大魔獣の放つ破壊的な魔法パルスの攻撃にも充分耐えることができる大陸でもっとも堅牢な場所だ」
「ヴィシュタは物知りだね」
「嫌味? 頭でっかちだと」
「全然! なんでそんな受け取りするの」
僕はヴィシュタをなだめながら、ヘイラの場外を染める巨大な『群れ』を見た。
大地が黒い。
音さえ黒い。
あげる土煙さえも黒かった。
新式のフォースアーマーだ。
黒曜石で人の形に作った鎧。
それの大部隊。
それがならぶ。
それが整然と軍隊をしている。
「エパルタ軍のパレードだ」
「私達はこれを見にきたから」
ヴィシュタは自慢気に言う。もしかしたら、今、見ているエパルタのフォースアーマーはヴィシュタの設計なのかもしれない。
僕でもゲリュオネス『発展型』を独自に開発しているんだ。優秀なヴィシュタならありえる。むしろそうでないとおかしい。
ヴィシュタは天才なんだ。
パレードだか祭りは都市の外まで溢れていた。荒野にはカラフルに出店がならびヘイラの町から溢れた商人や客が遠くから見ても賑やかだ。
主役はフォースアーマーのパレード。
頭を右上に向け、開けたバシネット。
操演者である騎士らが胸に手をあて歩く。
何度も練習してきたから華やかなもんだ。
黒曜石の巨人騎は心臓の鼓動をひそめた。
群衆からの歓声を、一身に聞いていた。
「エパルタの新型か。見るのは初めてだ」
単眼鏡で噂のフォースアーマーを観察した。エパルタの、と言えば、今最新鋭のエカトンケイルだ。周辺各国のフォースアーマー関連は、ゲリュオネス開発の参考の為、頭に一般知識レベル程度には入れてある。
随分と大きいな。
重量タイプかな。
エパルタの新型……エカトンケイルとやらは通常のフォースアーマーよりも一回りは大きい。動きが重めになろうとも膂力と防御重視なのだろう。
エカトンケイルの脚の膨らみが目立つ。意味もなく太いわけがない。戦い方か、なんらかのギミックにしろ意味があるのだろう。
「変わったフォースアーマーだね。特に足」
「……ゲリュオネス“シュナーン”と比べたら普通でしょ? こっちのはバケモノよ」
「うッ……ま、まあ……」
エパルタ王国でも、でも隣国カーリアの新型フォースアーマーが気になるのか、ゲリュオネスに改良を入れたゲリュオネス・シュナーンを持ち込んだ。……改良というには原型が微塵もない。
ヴィシュタの魔力噴進機関を活用しようと細く長く絞り、手足を退化させ、段々と飛行機だか船な形に近づいたのだが……もはや人間の形はしていない。ジェットの加速だけで飛び、超高速から大質量の爪で引っ掛ける。初飛行では魔獣だと通報されてしまった。
そう言うわけで、国外放逐みたいな物だ。
リアー姫が同行していない理由でもある。
「シュナーンを見たいなんて変わってる」
テミストス先生経由の要望らしい。
僕はカーリア王からリアー姫経由。
テミストス先生が見たいだけでは?
僕は邪推したが、テミストス先生は不在だ。何をしているのかいつも忙しそうにしている。まあそれはなんでも良いだろう。
エパルタ王国だ。
恐獣の町で有名。
リアー姫からの贈り物である、恐獣の素材の仕入れ先がエパルタ王国からである。仲良ししたいものだよ。
花火が打ち上がっている。
エパルタ女王の生誕30歳。
国を挙げた祭だ。
◇
「テミストス将軍!」
近衛が前に出ようとするのを止める。
肩慣らしにはちょうど良い感じだよ。
小さなフォースアーマー達を押し退けて、ウーラノースを進める。フォースアーマーの数倍巨体であり、賊のフォースアーマーの振るう剣は、ウーラノースの分厚い装甲脚にしか届かない。
「化け物めッ!」
「侵略者どもめこれ以上はゆかせん!」
威勢の良いフォースアーマーが迫る。残党の割にまるで高貴さを語るような口振りだ。古臭い年鑑で読んだ記憶があるね。骨董品な、フォースアーマーだ。
フォースアーマーを着る騎士崩れが勇ましい、勇者をしながら走ってくる。周囲のエパルタ新型フォースアーマーであるエカトンケイルが大剣を既に抜いていて、重々しくも大きな躍進で走る。
お望みの白兵戦だ。
関節の摩耗を防止する布切れの端を降り続く雨で濡らし、雨粒を装甲で弾きながら偏向複眼黒曜石の四つの目が頭部で光った。
敵は憎悪と闘志と義務で燃えて光る。
背の高いウーラノースからだと、賊を見下ろす形だ。身長差を活かし、賊は最初の私の一撃をかわして、足を狙うだろうか?
「貴様の首さえとれば!」
精鋭なのだろう。
仲間の骸が、中身ごと叩き潰されて沈黙するフォースアーマーが点々と転がり、エパルタ軍に始末されていく中、全てを生贄にしてここまできたのだ。
尊敬に値する。
気高い精神だ。
技量も高いな。
「ッ!」
賊のフォースアーマーが大剣を振り上げる。まさにウーラノースの足を叩き折ろうと。しかし賊はそれ以上、動けなかった。賊のフォースアーマーは体の半分を貫かれ、砕けた黒曜石の鋭利な破片と一緒に血肉が、フォースアーマーの背面から撒き散らされている。
ウーラノースの短刀が速かった。
刃が分厚くぶかっこうな醜い剣。
プギオと呼ばれるものだ。
一方的ではない緊張感ある戦い、黒曜石が火花と破片を散らせる血肉と興奮には近いほうが良い。
「他はどうでもいい。さっさとうるさい連中を黙らせろ。捕虜はとるな。どうせ脱走するか工作ばかりだ。捕虜は次から狙おう」
ウーラノースが破壊したフォースアーマーが力無く崩れると、それまで踏ん張っていた賊が次々と崩れ始めた。
心が折れれば、腕も覚悟も関係ない。
黒曜石を震わせホルンが響く。
罠にかけられて追い詰められていた我々の頭上、窪地の上からエカトンケイル達が覗く。乱戦に持ち込んでいた賊が増援の登場に怯む。
逃げ場などあるまい。
エカトンケイルが突進した。
窪地に入りこんだ浅慮な賊の暗殺部隊を、上から駆け降りてくるエカトンケイルの大部隊が枯れ草を薙ぐように刈りとる。
「ヘイディアスくんの新型を見たいのに」
まったく。
無謀な突進をする賊のフォースアーマーを頭から両断した。黒曜石が磨かれたように光る断面は美しく、血肉と骨と脂にまみれた体液が撒き散らされる。
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