第9話「天剣十二勇士」

 神獣から削りだしの繊細な彫刻の玉座の上にエパルタ女王だ。彼女のエキゾチックな肉体が色褪せるほど、眉根に深い皺を刻まれている。


「お初にお目にかかりますエパルタ女王陛下。私はカーリアのヘイディアス・ルナバルカともうします」


 えらい、どきんちょう。


 謁見の間てやつだよ。


 遠く、高くに、エパルタ女王。


 挨拶しないわけにはいかない。


 わかっていたことだが緊張だ。


 何度も繰り返し、暗記した文言を再生。


「よい」


……エパルタ女王に止められてしまう。


 粗相とかあった?


 そういうの以前の問題だ。


 僕の小心が汗を噴き出す。


「カーリアのヘイディアスと言えば、先の大魔獣クラーケン討伐の生存者だな。あのカーリアの小姫を助け出したという。噂は届いている。我が国もクラーケン討伐には参加していた。そしてみな帰ってはこなかった」


「……存じております、エパルタ女王陛下」


 エパルタ女王が玉座から立つ。


 王の衣は荘厳と言えるほど華美で重々しく、1人の乙女が近づいてくるというよりは、巨大な暴力あるいは恐獣が、臭いを嗅ぎながら獲物を間合いに入れてくるような圧迫感がある。


 冷や汗は流れそう。


 僕は膝をついたままエパルタ女王を見上げる。彼女は目の前に立つ。近習が側にいないので僕もそれなりに信用されているのだろうが……。


 エパルタ女王が見下ろす。


 褐色の肌、蒼の目、僅かに見える体は筋肉質を感じさせ、実物は聞いていたよりも美しい人だった。


「クラーケンの話を聞かせておくれ」


 と、エパルタ女王はしゃがむ。


 僕はエパルタ女王は変わった人なのかもしれないとあらためた。それから、僕が知る限りの、大魔獣クラーケンとの壮絶な戦いを見たまま話した。フォースアーマーが小枝のように折られ、小山のごときクラーケンには小さな傷しか与えられず、膨大な犠牲の中で少しずつクラーケンへの傷を深くし、ようやく倒れた……という英雄譚ならば失格の物語を。


 蓄音機じみた説明の中考える。


 クラーケンの話は自動で出た。


 エパルタの新型……エカトンケイルの膂力は大きそうだ。並みのフォースアーマー大剣シミターの水平斬りでは、エカトンケイルを砕くのに苦労する筈だ。


 エカトンケイルは力の余裕があるぶん分厚い装甲鎧として設計されているのは明白だ。対抗するには頭部から垂直に叩く。いかに装甲が厚かろうとも、騎士の乗り降りは変わらない。ハッチは薄く、継ぎ目の下には生身の騎士がいる。ならば斧あるいは鎌状の兵器が良い? 槌で殴るのも有効かもしれないねー。ただエカトンケイルとの白兵戦は、そこらのフォースアーマーでは不利なのも確か。強そう。


「ヘイディアス」


 ヴィシュタが小さく肘を当ててくる。


 エパルタ女王が、何かを求めていた。


 なんだろうか?


「我が息子……エイギス家の男の最後は見たか?」と、エパルタ女王は言う。謁見の間に固い緊張が走るのを感じた。


「いいえ。私はエパルタ人のフォースアーマーを見かけることはありませんでした。なので……申し訳ありません」


「良い、許そう。倅はまだあの森に残されておるのかもしれんな。それが聞けた。ありがとう」


 チクリ、僕の心に針が刺さる。


 エパルタ女王は息子を大魔獣クラーケンとの戦いで少なくとも行方不明になっていたのか。大勢がバラバラにされて本当は何人、誰が死んだのかさえわからない。フォースアーマーの戦いにはそもそも、そんな常識もある。死体を確認することはできない。


 黒曜石よりも人体は弱いからだ。


 エパルタ女王が残念そうに笑う。


 30歳とは思えないような疲労だ。


 だから、つい口走ってしまった。


「女王陛下。この私で良ければ何かお手伝いできることはありませんか。カーリアに贈られた恐獣の素材はエパルタ産のものであると知りました。優れた恐獣が産出するエパルタを私はより知りたいのです」


「ふむ……そうか」


 エパルタ女王はまばたき数回分の時間の後で口を開ける。彼女の顔には疲労も感情も仮面の下に隠されたかのように、うかがえなくなっていた。



「天剣十二勇士てのは──」


 ヴィシュタと一緒に、ゲリュオネス・シュナーンの固定を解きながら聞いた。


「──エパルタの最高戦力である騎士12人のこと。彼らは特別なフォースアーマーを特注していて、独自の騎士団を率いてもいる。つまりエパルタの騎士団は天剣十二勇士と同じ12個てわけ」


「わかりやすい」


 襤褸が外される。


 巨大な荷台に現れたのは、生き物とも機械とも言える、恐獣の外骨格を着たフォースアーマーを超える……フォースバトラーだ。


 一般的なフォースアーマーが人型の鎧であるのと違い、大型化で異形化した流れのまま、性能を追求した姿をしている。例えるなら……昆虫を細長く伸ばして、口吻状の先端は比較的細く、胴体あたりの部位は寸胴に膨れている。


 左右下部には退化した腕部があり黒曜石を捻り上げて作った綱と巻上機で射出と回収が可能な構造。これがメイン武器だ。


 また脚部は4本足だが歩行を完全に捨てたランディングギア程度でしかない。一応、人間よりも遅いが歩けはするけど……。



 後部にはヴィシュタがアイデアした魔力噴進機フォースジェットが8基搭載されている。他に小型フォースジェットが下面や側面やらあつこちアポジモーターだかサイドスラスター的に数十もある。単純なスラスターで飛行の制御だ。死ぬほど操作が難儀だったりする。


 他にも特徴で左右に分割したフォースアンプが2基。なんでも数が多く数が多いせいで、ゲリュオネス・シュナーンは人型を廃止された大型フォースバトラーとして完成された。


 フォースアーマーが小鳥のようだ。


 巨大人型ロボに憧れて、作ったのが『非人型』なんてマニアに殺されるな、なんてことを、ゲリュオネス・シュナーンの装甲を撫でながら考える。


 娯楽と言えば模擬戦だ。


「シュナーンと天剣十二勇士の……名前はなんだっけ、それにフォースアーマーも」


「天剣十二勇士、エイギス家のオレイステス! フォースアーマーは……あー……なんだっけ、エカトンケイル系。天剣十二勇士の専用フォースアーマーは全部大差ないわよ!」


「そんな乱暴な……」


「自分で見ればいいじゃない!!」


「ひえっ」


 ヴィシュタがキレてムキになった。僕はそそくさとヴィシュタから双眼鏡を受け取り『余興』を遠目に観察する。


 フォースアーマーの戦いだ。


 スポーツ的な競技をしてる。


 参加しているのは件の天剣十二勇士であるオレイステスとカスタムされたエカトンケイルだ。腕試しを願う猛者のフォースアーマーと戦う姿を興行している。


 見せ物てわけだ。


「エカトンケイルと戦ってるのティタノス式フォースアーマーか。手堅い良いフォースアーマーなんだけど」


 腕の差かな。


 エカトンケイルとティタノスは武器無しの徒手で組み合い力比べをするが、ティタノスは僅かな抵抗も許されず、圧倒される。


 魔力で変形した黒曜石が、外力にさらされてヒビが走る。だが、エカトンケイルが力を抜いたことで破壊されることは無かった。


 オレイステス……嫌な奴かも。


 瞬殺できた筈のティタノスが遊ばれる。


 見応えのある『演出』でティタノスが見た目にわかるほど壊れない程度に接戦を作りつつ、最後には逆転の大技でティタノスが敗けた。


 フォースアーマーが戦うことで生じる遠雷のごとき戦の音がと轟いてきていたのがやむ。代わりに観客の大歓声が響いた。


「意地悪な人だ、オレイステス」


 今夜は、雲が出ない夜になりそうだ。


 よく晴れ、荒涼さを忘れる美しさだ。


 静かな空だ。


 青く澄んで。


 シュナーンの爪が荒野を掴みながら進む。歩きだしはいつものようにややもたつき体を揺らしながら駆け足。襤褸のコートがなびく。


 黒曜石が砕ける音だ。


 鈍く、低く、山崩れのような音。


 エカトンケイル対エカトンケイル。


 だが天剣十二勇士が1人であるのに対して、一般のエカトンケイルは4機もいる。容赦なく全力でエカトンケイルが、天剣十二勇士へと殺到するが、1機ずつ、攻撃を集中されている。


 頭部を集中的に狙われている。


 一撃で即死技を叩き込まれる。


 あっという間のできごとだ。


 楽しむ余韻さえも許さないほどの一瞬の決着の付け方は、ティタノス相手だった時とはまるで違う。


 半端じゃないてわけだ。

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