第10話「天才放蕩息子」
遠雷のごとき戦の音がとどろいた。
黒曜石の巨塊がぶつかりあう音だ。
「意地悪な人だ、オレイステス」
今夜は、雲が出ない夜になりそうだ。
静かな空だ。
青く澄んで。
シュナーンが一歩を出し、爪が荒野を掴みながら進む。歩きだしはいつものようにややもたつき、襤褸のコートがなびく。
凄まじい砂煙が巻き上がるのが見えた。
申し訳ない気持ちになってくるが……。
僕はシュナーンの操縦席に入る。そして奥底のシートに座り、ヴィシュタを招いた。ヴィシュタの足がちょうど肩にかかる。肩車が近いか。
シュナーンの黒曜石総質量を下げようと少しでも小型化した弊害だ。窮窟でヴィシュタと密着してしまう。
「頭動かすな!」
「そんな無茶な」
設計したのは僕じゃない。
ヴィシュタが「これでいいでしょ?」と手分けした部位の仕様を採用しただけだ。ヴィシュタも自分が乗るとは考えていなかったらしい。
僕かヴィシュタしか乗らないのにね!
前世のロボアニメならエロコクピットだ。正直、ちょっと照れくさい。僕の後頭部にヴィシュタの股が当たる。シュナーンを動かせば振動で、ぶつかってしまう。……女の子にこういうのはなんだが少し臭う……砂風呂に入って欲しい。
「鼻に皺寄せてると殺すわよ」
「すんません」
集中しよう。
「魔力圧力計は正常値、増幅魔力流量も同様。黒曜石への魔力供給、フォースアンプからの増幅魔力流量も安定値」
シンプルだからチェックは簡単だ。
メディカルチェックにいこう。
「ヴィシュタ。倦怠感とか痛みは?」
「平気。いつもの感じ。……耐加速度服が相変わらずゴワゴワだけど。空気圧はちゃんと制御されてる」
「よし。僕も体調の異常なし。倦怠感、痛みともにね。耐加速度服の機能は正常。飛ぶ前の確認。各部の動作確認」
シュナーンのフォースジェットが軽く唸り、あらゆる方向に向かって動く。2本の腕も動作が正常かを確認。
「フォースジェット、腕部、共に正常」
僕の役割は補助の魔力タンクと兼ねて、フォースジェットの制御と監視だ。爆発されたらたまったもんじゃない。ヴィシュタが開発したフォースジェットは空気混じりぼ魔力を多段で圧縮して噴射することで推力を得るのだが、迂闊に扱うと黒曜石の多段圧縮ブレードが溶ける。空を飛んでいるときに落ちれば死んでしまう。
シュナーンが2人乗りの理由だ。
「ヴィシュタ、飛べる」
「了解。行きましょう」
フォースジェットが、現代地球のタービンと同じよう回転の始まり、そして甲高く盛大な騒音を立てる。
「回転計異常なし。フォースジェットのブレードに異音なし。回転数をあげる。ゆっくりと温めてからだよ、ヴィシュタ。急に熱を与えないで。念の為ね」
「了解──飛ぶわよ」
キュッとヴィシュタが足を閉める。
瞬間、僕とヴィシュタのシュナーンは垂直に逆バンジーじみた加速度がかかり、そして直角にフォースジェットの推力を集中して高速飛行へ入る。
イベントに飛び入り参加だ。
生き残ってしまった罪悪感が、フォースアーマーやフォースバトラーに冒頭している時間以外だというのに消える。
フォースアーマーとは比較にならない人体に破壊的な加速度が体を押し潰そうと押さえてくるが、それさえもどこか心地良い。意地の悪いヴィシュタは自分が真っ青になるとわかっているのにバレルロールまでする。
ただでさえ目玉が押し潰され呼吸で膨らむ肺が握られているように止められ苦しさがあるというのに、さらに違うベクトルの加速度が肉体を虐めてくる。
「ヴィシュタ、気絶しないでよ」
「なん、で、余裕なの!?」
「余裕なわけないよヴィシュタ」
シュナーンは超低空で土煙をあげながら飛び続けるが、ヴィシュタもシュナーンの操縦に手間取っているのか鼻面が緩い円を書いていて僅かに上に下にブレている。
僕のほうでも補助、修正する。
喉元に剣を突きつけられた緊張だ。
いつ死んでもおかしくはないんだ。
「照明弾があがってるのが見える? ヴィシュタ、ちゃんとオレイステスさん達はシュナーンに気がついてる。群衆から離れたエカトンケイルの団体を確認した。見える?」
「見えてる!」
「オレイステスさんと騎士団だ。あれに突っ込む。僕らは大魔獣役、力を暴力的に振るう怪物としていこう。あぁ、全力で戦うよ」
「最初からそのつもりよ!」
低空を高速飛行するシュナーン。
それに対決を仕掛けようとするのはオレイステスと騎士団のエカトンケイルだ。重量級のフォースアーマーと言えども、シュナーンの巨体と比較すればドラゴンとハチドリ程の絶望的な体格差がある。
だというのにオレイステスのエカトンケイルらは密集陣形を固く築いて、正面から突進するシュナーンを『受け止める』つもりだ。
「なんで無茶な! 質量差がわからないのか!?」と叫ぶがシュナーンは空前絶後の巨大なフォースバトラーだ。彼らは初めて見ただろう。感覚が無いんだ。
エカトンケイルは、オレイステスはフォースアーマーの戦いでは一般的な近接白兵戦が起きるものだと勘違いしている。
エカトンケイルが突撃を始める。
伝統の突撃での戦いは常識だ。
相手がシュナーンでなければ。
僕は頭を回し、言葉に変える。
「正面からぶつかったら『エカトンケイルが』バラバラになっちゃう! ヴィシュタ、槍に当たらない程度に上昇して! フォースジェットの推力を弱めつつ“爪”を射出して地面を引っ掻く!」
「わかったわ。ッたく、任せた!」
「任されて」
シュナーンのフォースジェットの回転数が少し低くなる。音が変わり、推力の偏向だけで力任せに上昇する。
エカトンケイルの隊列がくっきりだ。
絶対通さない意志が壁になっていた。
「はっはっー! 通すものかよ!」
天剣十二勇士オレイステスの声が聞こえて来るようだ。下がることはありえない。強固な確信と実力から出る自信……精鋭なのは町はいないんだ。
エカトンケイルが重厚な盾を揃える。
その姿は、荘厳で、城壁そのものだ。
「1回、空を回って気づかせる? ヘイディアスのシュナーンが、大魔獣と同じくらいの強さがあるんだって」
「いや、エカトンケイルのちょっと上を抜ける今のままで充分。フォースアーマーも頑丈だし、念の為“爪”は割れるよう筋を入れてある。びっくりさせてあげよう、ヴィシュタ」
「遠慮はいらないてことね」
シュナーンがエカトンケイルへ近づく。
僕はシュナーンの両手を射出する。バネ仕掛けで打ち出された“爪”はテンションを保ってエカトンケイルの防壁へ衝突した。速度と質量のある“爪”がフォースアーマーを完全に中の騎士ごと叩き割る前に、砕け散ってエパルタ騎士の命を守る。
エカトンケイルは、吹き飛んだ。
シュナーンが鼻先の空を通過だ。
強烈な衝撃が城壁を完全に崩す。
急上昇の為、再度、フォースジェットが回転数をあげつつ轟音とヴィシュタの隠せない笑い声の混じる風切り音の後には──オレイステスらのエカトンケイルが倒れている姿が残った。
「やりすぎた、ヴィシュタ!」
「そんなことないわよヘイディアス。天剣十二勇士のオレイステスと言えば色狂いで傲慢で有名。これくらい良い気味!」
「ヴィシュタ、オレイステスと何かあったの? ヴィシュタらしくないみたいに聞こえるんだけど」
「オレイステスは私のお尻に何度も指を挟んでるの! 気持ち悪いったら!!」
「く、くるし〜!」
ヴィシュタの足が僕の首を絞める。
お尻触られて怒っている乙女とは思えない行動! ヴィシュタの足が意地悪に僕を捕まえてくるとなんでか心が落ち着かない。
「きゃっ!」
僕はヴィシュタの足を押さえながら地上を見た。一撃で無惨に崩壊したエカトンケイルの城壁の中で誰かが叫んでいる。他のエカトンケイルと違う……そうか、あれがオレイステスだな。
フォースアーマーから出たオレイステスが、シュナーンを見上げながら怒っているようだ。
「卑怯者。降りてきて戦え。そんなふうな言葉にあとは憚られる下品な罵倒がいっぱい」
「天才と持て囃された放蕩息子の戯言」
「ヴィシュタ、ちょっと酷いよ」
エカトンケイルが壊滅した。
僕は観客の様子も見た。
まあ、大魔獣が襲ってきたかのような大混乱なさけで蜘蛛の子を散らしたように逃げている。事故で怪我とかしなきゃいいのだけれど……。
「叔父様が婿養子にするかとか言ってるし、ここで叩いておきたいな」
「ヴィシュタ、それってテミストス先生が、オレイステスをてこと」
「そう言ってるじゃない、ヘイディアス。放蕩男が勘違いしているからカーリアまで留学してたの」
「じゃあ今回はヴィシュタはとばっちり」
ヴィシュタには申し訳ないことをした。
「ヘイディアス、気にしないで。あんた1人じゃシュナーンを飛ばせないし、死ぬときは私からじゃないとフォースジェットの開発者として責任がとれない」
「ヴィシュタには死んでほしくないなぁ。僕、ヴィシュタのことが好きだって気づけたから」
2年近くも一緒にいたのに大半の時間、ヴィシュタには酷いことをしてしまった。彼女にはもっとお礼をしないといけないのに頼ってばかりだ。
「……」
「ヴィシュタ……? ちょ、絞まる!」
弛んでいたヴィシュタの足がまた僕の肩を引き寄せた。今度はぽかりとヴィシュタに叩かれる。
なんでさ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます