第11話「甘く危険な匂い」
けっこう大顰蹙を浴びて落ち込んでいる。
エパルタの大英雄である天剣十二勇士の1人を卑劣なほど圧倒的な戦力差で蹂躙したのは、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
フォースアーマー程度でゲリュオネス・シュナーンに戦えると思われているほうが意外だった。シュナーンは大魔獣を撃滅する為のフォース“バトラー”なのにだ。
でも知らないほうが当然なんだ。
エカトンケイルに乗っていた騎士らを病院送りにしてしまったので見舞いに行ったのだが普通に拒絶された。
落ち込んでしまう。
「はぁ……」
エカトンケイルを蹂躙してから、シュナーンを会場に着陸させてからも大騒動だった。凄い怒られた。罵倒された。
「カルタ・ノウァのダルネイトだ」
エパルタ王国のフォースアーマーともまた違うフォースアーマーが立っていた。カルタ・ノウァ王国だ。
生誕祭には各国が揃っている。
フォースアーマーも多く飽きない。
都を囲う城壁の上から、外に並ぶフォースアーマーを観察する。ゲリュオネスがどんどん大きくなっていたので忘れていたが、フォースアーマーは特別な重量型でも精々ゴリラほどのサイズしかないのだ。
ゲリュオネス・シュナーンは大きすぎた。
シュナーンは好きだ。
気持ち悪い自覚があるのだが……ヴィシュタとの共同で生み出しているからこそ、僕だけでなくヴィシュタと血を共有している子供のように感じる。彼女がいなければ生まれてこなかった“怪物”だ。
悍ましくも見えるが美しさもある。
ちょっと見慣れないだけだろうね。
ヴィシュタがデザインを気持ち悪いと言ってきたことも無い。外装が生物由来なので変えようにも限度はあるのだけれど……。
そんなヴィシュタだが今はいない。
エパルタ女王に呼ばれているのだ。
ヴィシュタはヴィシュタで、テミストス先生と同じ氏族でもあるし忙しいのだろう。そもそもエパルタ女王の前に出れる時点で普通の市民とは言い難いのだ。
リアー姫はカーリア王国。
ヴィシュタともはぐれた。
2人とも女の子で、この数年間、数少ない大切な友人が近くにいないとどうしようも無く心が痛む。
僕は城壁から下を見た。
陽の位置が変わり影が落ちている。
黒々と深く、濃く……目を凝らさなければ地上がよくわからないなかを、ぼんやち見続けていると、一瞬、死んでいった人達が見上げている気がした。
「ッ」
幻覚だった。
幻を、見た。
クラーケンの悪夢は続いているらしい。
「……カート・ハダシュトのヘリュトン」
細身でかろやか、山間部の上昇気流をたくみに読みながら、尾根から尾根、山から山への頂点を結んだ立体高速移動での展開は有名なフォースアーマーだ。少しでも軽くする為に、ヘリュトンの乗り手は10歳前後が素質の限界だと聞く。小さすぎて成長したら乗れないのだ。
フォースアーマーの騎士団勢揃いだ。
「知っているのか?」
と、声をかけられた。
リアー姫?
そんなありえない勘違いをした相手である天剣十二勇士の末席オレイステスが詰めてくる。肉弾戦で復讐しようと挑発しにきたのだろうか。
「フォースアーマーを開発していたから、他国のフォースアーマーも調べていたことがある」
「カーリアの世界樹の館か。あそこは生涯1度は言ってみたいものだ。天井まで続く本の壁が並ぶのは想像もつかん」
オレイステスは何を目的にきたんだ?
僕には話の先が見えてはこなかった。
「空飛ぶ大魔獣を手懐けたのはお前?」
「質問が多いな。僕はヘイディアス・ルナバルカ。君の騎士団を蹂躙したのはゲリュオネス・シュナーンて言う。僕とヴィシュタの共同開発だ」
「テミストス『将軍』とこの小娘か。カーリアに留学していると思ったら随分な化け物を連れてきた。俺はオレイステス。知っての通りのな」
オレイステスは戦い──と呼べるものであったかは置いておいて──の時の姿とは少し違う印象を受けた。黒い髪、浅く黒い肌、筋肉質な体は30歳手前くらいで肉体の完成度と経験のバランスが最盛期だろうか。そろそろ落ち着きがで歳の筈だが、オレイステスには子供のような恐れ知らずな行動力が溢れているのを感じる。
「将軍?」
と、僕は訊き返す。
「ん。あぁ、テミストス将軍。あの人は知ってるだろ。カーリアの学園にいた筈だが
「知ってる。なんならテミストス先生の講義も受けてた。だがエパルタの将軍てのは初耳だった」
「ヘイディアスは知らなかった」
まったく、全然だ。
将軍がなんで他国の教師を?
スパイをやるにも目立つし。
謎な人だ、テミストス先生。
「そうか」
と、オレイステスは急に距離を詰めて馴れ馴れしくしてきた。そういう距離感はノーサンキュー。
「俺達は同級生てわけだな! よろしく頼むぞ。俺もテミストス将軍から学んでいた。同じ学生仲間だな、ヘイディアス」
「貴方は30を超える歳でしょ、同級生はない、オレイステス」
「ヘイディアスはそういうこちを言う人間か! いいじゃないか同級生で!」
オレイステスが馴れ馴れしく僕の肩に手を回しながら陽気に言う。そういう空気は苦手だ。
同級生。学友に良い記憶がない。
大魔獣クラーケンが、よぎった。クラーケンの触手で生きたまま千切られる、叩き潰される、ゆっくりと押し潰されていく断末魔や黒曜石の割れる音……。
「ヘイディアス。ここだけの話だが」
オレイステスが声をひそめる。
「……お前、ヴィシュタ嬢の婿か?」
「どこ情報だよ、オレイステス」
僕はオレイステスの腕を解く。太く、力があるのはクラーケンの触手みたいだ。つまりは不快だ。
「ヴィシュタ嬢を見ればわかる。随分と楽しそうじゃないか。俺はヴィシュタ嬢を相手に月が欠けて満ちる程の時間をかけても微塵も懐かなかった」
「オレイステス、猫でももっと時間がかかるぞ。だが……ヴィシュタ嬢とはもう2年くらいの付き合いになるから、少し気を許してはくれたのか? 気がついたら今みたいな関係だが仲は良くないと思うぞ」
「ヘイディアス、お前は知らないな」
「そのムカつく顔やめろオレイステス」
「ヴィシュタ嬢は王女様だぞ。テミストス将軍も手を焼くようなお高い姫様だ。それを手懐けるとは凄い男だぞ」
「そりゃどうも。でもオレイステス、訂正してくれ。まるでヴィシュタが面倒くさい女みたいに侮辱されてる」
ヴィシュタは喋る面倒くさいけれども。
ただヴィシュタは可愛いところが多いのだ。ずっと力も貸してくれた大恩もある。面倒くさい欠点があろうともヴィシュタなのだ。欠点を外して彼女を見ることはできない。長短合わせて初めて彼女、ヴィシュタなのだから。
「はーはっはっはっ!」
突然、オレイステスは大声で笑う。
「俺はお前が好きになったぞ! ついてこいよ、エパルタ最高の娼館に案内してやる。男は戦う前は禁欲し、生き残れば種を蒔くものだろう? 今日は、最高の勝者がお前だったと認めようじゃないか」
オレイステスが僕の背中をバシバシ叩く。本当に、印象がまったく違う。オレイステス、いったいどんな男なんだ。少なくとも変人の類なのは間違いない。
僕は変人に連れて行かれる。
強引にだ。
そういえばヴィシュタにも言われたことがあるな、娼館。あの時はけっきょく行かなかったんだっけ?
そうだね……そういうのも勉強かな。
「ちなみに店の名前は?」
「のってきたな! 店は“廻る天馬亭”。ヘイディアスにとっては最高の女がいるぞ。今晩は奢るから楽しめ」
オレイステスの物言い。
ちょっと、気になった。
だが僕は廻る天馬亭へと案内された。外見はどこにでもある店舗で、娼館と言うといかがわしさを連想するが、いかがわしい雰囲気はない。色の売り買いの雰囲気も無い。
「ちょ、ちょっと、オレイステス……」
僕は怖気づいた。
女の子を買うのはまだちょっとハードルが高い。肩に見えない手が置かれた気がした。学友の手だ。「何を楽しもうとしているんだ?」と言われている気がする。
僕の躊躇いはオレイステスに無視された。
「ヴィシュター!! 飯ー!」
と、オレイステスが大声と共に入る。
ヴィシュタ?
僕はドッと汗が浮かぶ。
店内からは料理の匂い。
甘ったるく粘りつく香水とは、違う。
腹の空いてくる匂いが流れてきていた。
「この男、娼館だってほいほい来たぜ」
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