第3話
桜が舞い落ちるのを眺めながら、春休みが終わったら高校生かと考える。といっても、高等部は同じ敷地内にあるし、そこら辺に高等部の先輩たちが歩いてるし、高校生になるって実感は制服が変わるくらいのものだ。
うちの学校の十五歳は全員、性別を決めたらしい。卒業式では短パンの子供はおらず、全員スカートかスラックスをはいていた。
人間が生まれつき性別を持っていた頃は、女性はスカート、男はスラックスと決まっているのが差別だと問題になったらしい。今は逆に女になった奴はより女らしさを、男になった奴らはより男らしさを求めるようになった。性別が不安定だから、みんな形から入りたがるのだ。
桜の木をぼんやり眺めていると、誰かが近づいてくる気配がした。振り返れば、俺と同じく卒業証書を持ったヒカリがいた。俺がずいぶん待たせたから、俺もヒカリも子供時代の幼名のままだ。春休み中に本名を決めなければいけない。
「ユウはさ、なんで男を選んだの」
俺が性別を決めた日から、聞こうか聞くまいか、悩んでいるのは察していた。そのうち聞いてくるだろうとは思っていたが、今日このタイミングかと驚く。卒業というイベントが後押ししたのかもしれない。
「俺が女じゃなくて残念?」
ヒカリの方へ体を向けて、両手を広げて見せる。女みたいに柔らかい胸はないし、凹凸もない。男を選んだら身長が伸びて、先に男を選んでいたヒカリをすぐに抜いた。
たぶん俺には男の才能があった。男になっても線が細く、女みたいな整った顔をしているヒカリは女の才能があったのだと思う。
「なんでヒカリは男を選んだんだ?」
ヒカリが答える前に次の質問をした。ヒカリは驚いたように目を見開く。その瞳は男にしてはパッチリしていて、子供の頃のヒカリの面影がある。性別が決まったって、ヒカリはヒカリなんだとやっと安心出来た。
「女になったらユウは俺のこと護るだろ?」
「そりゃな。お前、すぐ誘拐されそうだし」
「……俺はユウに護られるんじゃなくて、護る人間になりたかったんだ」
ヒカリはぎゅっと拳を握りしめる。小さい頃、犬が怖い、お化けが怖いと泣いていたヒカリの姿は見る影もなかった。知らない間にヒカリは大人になっていて、俺は一番近くにいたのにそれに気づいていなかったらしい。
「……なんで、ユウは男になったの? 俺が嫌だった?」
悲しそうにヒカリは聞いてくる。子供の間に思い合っていた子供達は異性を選ぶ。その方が恋人になれるし、結婚出来るし、子供も出来る。人間の性別が決まっていた頃に比べれば偏見は薄れたと聞くが、異性の方がいいという風潮は根強い。一度滅びかけて、性別が不安定になるほど追い詰められたから、子孫を残さなければという意識が強いのだ。
だからヒカリはフラれたと思っているのだろう。俺は恋人じゃなくて親友をとったのだと。
「俺、ヒカリと恋人になりたいのか、親友のままでいたいのか、よくわかんないんだ。色々考えたけどさ」
考えて、考えて、でも答えは出なかった。姫香には一つぐらいくれと言われたが、俺は一つだってあげたくなかった。幼馴染みも、親友も、恋人だって。誰がこのキラキラした生き物を一番最初に発見したと思ってるんだ。ヒカリの親に一番と二番は譲るが、三番目はこの俺だ。そこは絶対に譲らない。
「お前、俺が女になったら親友としては見られないだろ」
「うん」
即答するユウに俺は白い目を向けた。さすがにあからさまだと思ったのか、ヒカリは目をそらす。その頬が赤いことには突っ込まないでおいてやろう。同性のよしみだ。
「だから、男のうちに親友満喫しようかと思って」
「男のうちに……?」
「お前、冊子ちゃんと読んだか? 性別って第二次性徴期以降も変わる可能性あるんだぞ」
俺の言葉にヒカリは目を見開いた。知らなかったらしい。といっても、俺も悩みに悩み過ぎて、ゴミ箱から引っ張りだした冊子を毎日、毎日、アホになるくらい眺めていたから気づいたのだ。
「性別がコロコロ変わるのは体に負担あるし、社会的にもどうなんだってことで、第二次性徴期でどちらかに決めるよう推奨されてるけど、一度決めたら一生変わらないってわけでもないんだってよ」
現代人の性別は不安定だ。ストレスやら環境の変化で、一時的に変わってしまったり、数年おきにかわったりなんてこともあるらしい。大人はそれを知っているが黙っている。オカンに聞いたところ「選び直せるって聞かれたら、真面目に考えないでしょ」とのことだ。たしかにその通り。よくよく見れば冊子にも書いてあると言われてしまえば文句もいえない。
衝撃の事実にヒカリは固まっている。気持ちは分かる。この一年、俺に振り回されたのは何だったのかという気持ちだろう。
「じゃあ、ユウと俺との関係は?」
「とりあえず、親友であり幼馴染みでよろしく」
「えぇ……」
ヒカリががっくりと膝をつく。制服が汚れたら怒られるのではと思ったが、これを着るのも今日が最後だと思ったら、まあいいかという気持ちになった。来月の今頃は、二人とも真新しい男の制服を身にまとっていることだろう。
「散々、待たされてそれ……」
「お前が勝手にまってたんだろ」
「そうはいうけど、ユウ以外選んでたらどうするの?」
「殴り飛ばす」
「理不尽……」
はあとヒカリは深いため息をついた。俺が理不尽なことは昔から知っているので、それを好きだと思う物好きなのが悪い。こんな綺麗な生き物なのに、男になっても女になっても引く手あまただっただろうに、俺みたいなのに捕まって可哀想な奴。
そう思ったから、最後は俺が折れてやろうと思ったのだ。
「親友、満喫したら女になってやるよ」
そういって、ヒカリの頭をかき混ぜる。しゃがんだおかげでなでやすく、性別が決まっても変わらなかったふわふわを満喫する。それから何事もなかったようにヒカリの横を通り過ぎた。
「ゆ、ユウ!?」
「本名決めないといけないよなー。どんなのがいいかなー」
冷静になったら相当恥ずかしいことを言っていることに気づいて、俺は赤い顔を誤魔化すのに必死だった。心臓が死にそうなほどに動いてるなんて悟らせてたまるか。意地でも振り返らないが、走って逃げるのも負けた気がするので我慢する。
それでもヒカリには分かっているだろう。俺がヒカリをよく知っているように、ヒカリも俺をよく知っている。
正気にもどったヒカリが背後から追ってくる気配がしたので、俺は平静を装うのも忘れて全力ダッシュした。
アンステーブル 黒月水羽 @kurotuki012
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