第2話
クラスメイトが一人、また一人と性別を決めていく。意外な奴もいれば、納得する奴もいて、四月はほとんど膝丈短パンだったのに、今はスカートとスラックスをはいている奴の方が多い。
無性の短パン組の立場は日に日に悪くなり、「まだ決められないの?」と冗談交じりに言われたり、「悩み事があるの?」と心配される。
ゆっくり決めてといったくせに、大人は早く早くとせかす。
オトンとオカン、姉貴もなかなか決めない俺に何か言いたげだ。俺はずっと男みたいな言動をしていたから、悩まずにあっさり男を選ぶと思っていたんだろう。クラスメイトも同じ事を思っていたらしく、意外だとことあるごとに言われる。ほっとけ。俺が一番思ってる。
男になったヒカリは予想通り女にモテた。子供の時はヒカリにご執心だった大晴は時折恨めしげにヒカリを見ている。女にモテまくっているのが鼻につくのか、ヒカリと付き合う未来が消えて悔しがっているのかは知らないが、ざまあみろ。お前とヒカリじゃ釣り合わねえよ、バーカと口に出して、大喧嘩の末に反省文を書かされたのは数ヶ月前のことだ。
時間はあるといったけど、悩んでいる間にあっという間に季節が変わって、気づいたら中学卒業が迫っていた。といっても高等部に上がるだけだから、顔ぶれは変わらない。だからそのまま高校生になってもいいのに、なんとなく落ち着かない。
気づけば、クラスで性別を決めていないのは俺だけになっていた。
最近は家族からの無言の圧も強い。いい加減に覚悟決めなければと思うのだが、どう覚悟を決めればいいのか分からない。
女になってヒカリに告白する覚悟なのか、男になって一生親友だっていう覚悟なのか。結局、そこでずっと悩んでいる。
俺はヒカリとどういう関係になりたいのだろう。なんとなくずっと一緒に居られたらいいなと思っているが、それが友達としてなのか、好きな相手としてなのかがよく分からない。
今日も答えが出ずに、ぼーっと沈む夕日を眺めた。家に帰ると家族からの視線が痛いので、最近は教室で暇を潰している。
ヒカリとも最近は距離が空いていた。ハッキリとは言わないが、ヒカリは俺に女になってほしいんだと思う。どんなに可愛い子に言い寄られても、ヒカリは曖昧な笑みを浮かべて断って、ちらっと俺を見るのだ。いくら鈍感でも気づいてしまう。とっくに性別が決まってるのに、幼名のままでいるのも俺を待っているのだろう。
自意識過剰だと笑えれば良かったが、ヒカリの性格はよく知ってる。嘘なんてつけないし、恋の駆け引きなんて出来ない。男になっても、フリスビーをとってきた犬みたいな顔で俺に駆け寄ってくる。これで勘違いするなというほうが難しい。
沈む夕日を見ながら、今日も決められなかったとため息をつく。完全に真っ暗になると先生と親に怒られるので、そろそろ帰らなければいけない。面倒くさいなと思いながら机にかかっていた鞄をとって帰ろうとすると、がらりと教室のドアが開いた。
こんな時間に誰だと驚いてドアの方を見れば、姫香が立っている。私服だから一度家に帰ったのだろう。宿題でも忘れたのかと見ていれば、姫香は険しい顔をして、ずんずんと俺の元へ歩いてきた。
「いい加減、男になってよ」
女でもこんな低い声出せるのかと俺は驚いた。女になった奴らの声はみんな高くて、姫香はその中でもひときわ高かった。いつもヒカリの側にいて、甘ったるい声でヒカリの名前を呼んでいた。その声と、先ほど聞いた声があまりにも違うので、俺は驚いて固まった。
「あんたが男にならないから、ヒカリ君は私を選んでくれないの。ユウくんはずっと男になるつもりだったんでしょ? さっさと男になればいいじゃない」
姫香は殺しそうな目で俺を睨み付ける。初めて怖いと思った。女ってこんなに怖い生き物だったのかと驚いた。
こんな生き物にヒカリを渡したくない。
「なんでお前に、そんなこと言われなきゃいけねえんだよ」
負けじとにらみ返すと一瞬、姫香はひるんで、すぐに眉をつり上げた。ヒカリに見せる可愛い顔とは全く違う。
「優柔不断にダラダラ悩んで、そのくせヒカリ君の隣は独占してるの、目障りなのよ! ヒカリ君とは幼馴染みで親友なんでしょ! なら男になればいい。それでいいじゃない! 幼馴染みと親友だって特別でしょ。なら、恋人くらい私にくれてもいいでしょ!」
姫香は眉をつり上げ、泣きそうな顔で叫んだ。
「あんなに思われてるのに、決めないで! 決めないくせに好かれてるって疑いもしないで! 実際好かれてて! なんなのよ! 私だって、女になる前からずっとヒカリ君が好きだったのに!!」
しまいにワンワンと泣き出した姫香に俺はどうしていいか分からなかった。落ち着かせようと思って背中に手を伸ばしたが、「触んないで」と俺の手を振り払う。敵に情けをかけられてたまるか。そんな武士みたいな意地を前にして俺はつい笑ってしまう。
急に笑い出した俺を姫香は睨み付けた。泣きはらしたせいで目は赤く腫れて酷い有様だったが、ヒカリに媚びを売っている姿よりよほど格好よく、綺麗に見えた。
「残念だったな、俺の方が先にヒカリと出会ったし、俺の方が好きなんだよ」
何しろ俺の人生には常にヒカリが存在していた。気づけば当たり前みたいに隣にいて、兄弟のように育ち、いつのまにか兄弟とはまるで違う存在になっていた。
姫香は俺の言葉を否定しない。ヒカリをすぐ隣でずっと見ていたから分かるのだ。俺の言葉は嘘じゃない。俺にとってヒカリが唯一ならば、ヒカリにとって俺も唯一だ。
「ユウくんが女になったらどうしようって、ずっと思ってた……」
さっきまで大声で泣いていたのが嘘みたいに、静かな声で姫香は呟いた。頬を涙がつたう。さっきよりも痛々しくて、俺はつい慰めそうになったが、伸ばしかけた手を握りしめて我慢した。姫香にとって俺は恋敵で敵なのだ。
「ユウくんが女になったら、絶対に勝てない。私がユウくんに勝てる要素、女だけだもん」
姫香はそういって唇を噛みしめた。
その姿を見て、俺はなんて酷い事をしていたんだと気がついた。俺がずるずる悩んでいる間、姫香はずっと気が気じゃなかったんだろう。だからヒカリにべったりくっついて、女であることを最大限に利用した。俺が女になる前にヒカリに惚れてもらおうと必死だった。
「私、あんた大っ嫌い」
泣きはらした顔で姫香は俺を睨み付けた。写真をとって、これが山姥の顔ですって発表したら信じてもらえそうなくらい、めちゃくちゃ怖い顔だった。
だからこそ俺は笑みを浮かべて見せた。なるべく余裕そうに見えるよう。内心びびってるなんて悟らせないように、とびっきりの悪人顔を意識した。
「俺はお前のこと結構好きだけど」
姫香は「バーカ! 愛想つかされろ!」と叫びながら帰って行った。それが呪いの言葉に思えて、俺は教室で一人、心臓をおさえて深呼吸した。
当然のように待ってくれていると思っていたが、姫香のいう通り、愛想尽かされる可能性もあるのだ。なんて傲慢。自意識過剰。正直にいえば、未だに俺は親友になりたいのか、恋人になりたいのか分からなかったが、先延ばしは限界だと理解した。
次の日、俺は性別を決めた。
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