地球一周光速パンチ

コサジ少将

地球一周光速パンチ



 ────秒速1メートル。平均歩行速度。

 


 荒野に、ポツンと小さな墓があった。

 一人の男がそれにゆっくりと近づいていく。


 陰鬱な空気感のある長身の男だった。年は三十手前といったところか。喪服なのか、黒いスーツを身に纏っていた。漆黒のスーツと同じくらい、光を感じさせない暗い瞳の持ち主であったが、暗い瞳とは対照的に鍛えられた筋肉がワイシャツの下から主張し、輝いていた。

 男は軽く眼を閉じて墓に小さな花を捧げると、乾いた笑いとともに虚空に言葉を投げた。


「…じゃあ、そろそろアイツをぶん殴ってくるわ」


 男の後方。山が動いていた。日本人なら誰もが見慣れた、日本一高い山よりも更に巨大な山がズズズズと地響きのような音を立てて動いている。


 否。それは山ではなく生物であった。あえて例えるとするならば、巨大な、あまりにも巨大なガマガエルといったところか。しかしその生物はガマガエルと違い、口にはギラギラとした牙があったし、バイソンのような野太い角が生えていた。

 そして何より、顔面にはうじゃうじゃと無数の眼球が蠢いていた。


 そのあまりにも奇妙でおぞましい生物は、ただ【化け物】とだけ呼ばれていた。


 男は、今からその山のように巨大な化け物に殴りかかる。

 地球一周分の助走をつけて。



 ■■■



【地球一周光速パンチ】



 ■■■




 ────秒速2.5メートル。平均的ジョギング速度。




 約10年前。

 人類はみな突如として異能に目覚めた。

“爪切りの場所が分かる”だとか

“プリンを固めにできる”だとか

“髭を鉄にできる”だとか

 しょうもない能力が大半であったが“火を吹ける”だとか“触れた物体の重量を変更できる”だとか“瞬間移動が出来る”だとか、僅かながら当たりの能力を引く者もいた。


 この男も、当たりを引いた側だった。

 “走れば走るほど肉体が加速され強化される”能力。


 ただ、その能力はあまりにも強力すぎて、日常で使う機会はほとんどなかった。少し気合を入れて走っただけで、新幹線のような速度が出てしまうのだ。程よく速度を保つなど器用なこともできないその能力を男は完全に持て余していた。


 …それでも、幼馴染に宿った“蛍光灯がいつ切れるか分かる”能力よりはだいぶマシだと思っていたが。


 なんにせよ、世界中の人間が異能に目覚めたことによって、世界は大混乱に陥った。世の中は当たり前だが善人ばかりではない。強力な異能を犯罪に用いるものも当然出てくる。テロもクーデターも起きた。

 多発する異能による犯罪や戦乱をある程度鎮静化させるために4年。破壊された社会が復興し法整備が整うまでに更に4年。人類は未曽有の混乱に相対して、それでもよくやったといえるだろう。強力な異能を持った善人が存外多かったことも幸いした。8年程度で世界には少しばかりの平穏も戻ってきた。


 しかし、その勝ち取った平穏はあの化け物によって打ち壊された。




 ────秒速10.4メートル。人類最速だった男、ウサイン・ボルトの世界。




 化け物は、いつの間にかいた。

 あれほどの巨体にもかかわらず、本当にいつの間にかいたとしか説明のしようがなかった。

 その化け物は、宇宙からの侵略者だとか、神の怒りだとか、人間以外の生き物による復讐の代行者だとか色々と言われた。真実のほどは誰にも分からない。


 ただ、人類はその化け物を見た瞬間に直感的に理解した。

 “アレ”は人間を滅ぼすために現れた存在であると。

 “アレ”に抗うために人類は進化し、異能に目覚めたのであると。


 人類は団結して懸命に抗った。これまで培った文明と急遽身についた異能をフル回転させ、もてる限りの力を振り絞った。それはまるで神話の世界のような闘争であった。異能を得た人類が光とともに空を飛び、化け物は地震を起こし、津波を起こし、山を削り、巨大な光線を世界中に撃ち数多の街を廃墟とした。


 そんな化け物との闘争が続くこと2年。

 その結果が、世界の大半を埋め尽くす荒野である。健闘虚しく、人類は敗れ果てたのだ。生き残った人々は細々と、気まぐれのように破壊を行う化け物から身を隠すばかりである。




 ────秒速20.8メートル。史上最速競走馬、カルストンライトオの景色。




 男は、そんな荒れ果てた世界において能力を活用して逃げ続けていた。化け物に勝負を挑むつもりなんて全くなかった。

 人間、誰だって自分が一番大切だと男は思っていた。その上で余力があれば誰かを助ければいいとも思っていた。

 化け物が暴れ、人々が抵抗する惨禍が広がる地球において、男は自分の家族と幼馴染家族くらいが手を伸ばせる範囲であると考えた。


 世界が戦場となる中、男は必死に逃げた。家族と幼馴染とともに逃げ続けた。

 人類の数が残り数%となった段階でも、男の家族と幼馴染家族は生き延びていたのだから優秀と言えるだろう。

 だが、化け物が巨体を揺らしプレートに干渉することで発生した地震の落石により男の母は死んだ。直後に発生した津波で幼馴染の家族は流された。食料を求める暴徒に男の父は殺された。


 気が付けば男と幼馴染の二人で荒野をただ生きる日々。

 …それも先日幼馴染が死んだことで終わりを迎えた。


 男は、このままダラダラと死を先延ばしにするくらいならば化け物にをとらせて死んでやろうと思った。




 ────秒速107メートル。急降下するハヤブサの心持ち。




 男は、能力を得る前から何もかもが速い男であった。

 足が速く、手が早く、頭の回転が速かった。


 そして、常にどこかスピードに飢えていた。より速く、更に速く、ここではないどこかへ飛んでいきたい欲求を常に抱えて生きていた。周囲の人々からはせっかちだとか生き急いでるだとか短気だとか色々と言われた。しかし彼に言わせれば自分以外が遅すぎるのだ。どうしてそんなにノロマに生きていけるのかが理解できなかった。


 男の家の隣に住む幼馴染などはその最たるものであった。男と正反対でのんびりとした思考、ニシシという緩やかな笑い、ぼんやりとした目、ぽっちゃりとした丸みを帯びた体つき。話し方や思考も何もかもゆったりと遅い幼馴染との日々は、スピードの刺激がない酷く退屈な関係性であった。


 男は、幼馴染を馬鹿にしていた。





 ────秒速340メートル。貴方が誰かに話す言葉の速さ。音速。マッハ。





 男は、パキリと何かを破るような感覚を味わった。音速の壁を超えたことを明確に意識出来た。常人であれば生身で音速移動をしていることに恐怖を覚えたかもしれない。しかし男は嬉々としてさらに足を踏み出した。


 男は、この能力を得てから一度たりとて本気で走ったことがない。音速を平気で超える能力が周囲に与える影響、本気で走ることのできる場所の不在、自身の肉体に返ってくる反動。諸々の要因が男に本気で走ることを許さなかった。


 しかし、今は男を縛るものは何もない。

 進む先は人類滅亡を見つめる一面の荒野。

 守るべき家族ももういない。

 ノロマな幼馴染も死んだ。


 ならばもう、走るしかないではないか。望む世界は既に目の前に開けている。くだらない何もかもを置き去りにしてやろうと、男はさらに足に力を入れた。空気抵抗が肌を傷つけるが、それも心地よいスパイスであった。





 ────秒速2279メートル。X15。有人飛行機最速記録。





 能力による肉体強化を、速度の負担が上回り始める。鼓膜が破れでもしたのだろうか。轟轟と風の音が頭蓋を渦巻くような感覚が男を襲う。鼻血が一筋垂れたが、あっという間に乾き果て剥がれていった。心臓はターボエンジンのように爆音を鳴らし続けている。血が全身を駆け巡っているのが手に取るようにわかる。


 男は自らに言い聞かせる。これこそが自分が望んだ世界なのだと。速く。より速く。常に飢え、求めていたスピードの世界のただなかに自分はいるのだと。


 純然たるスピードへの焦がれが、自らの足をまた一歩進めていることを男は実感した。手の爪が一つ剥がれた気がしたが、その程度ではもはや痛みすら感じなかった。




 ────秒速7000メートル。地球低軌道上でのスペースデブリの周回速度。





 プツン、と男の脳内で何か音がした。何か重要な血管でも切れたのか、神経がやられたのか。眼球はとうに乾き果てひびが入り視界はおぼつかない。


 脳髄が男にこれ以上は危険だと信号を送るが、男はそれを無視してなお足を踏み出す。空気抵抗は更に激しさを増し男の全身を苛烈に痛めつける。もはや男は、走っているのか飛んでいるのかすら分からぬ状態だった。体が痛いのか熱いのか冷たいのかもよく分からなかった。


 ただ全力で、ただ速く。神か何かに与えられた能力を全開にし、加速を続けながら猛スピードで直進していく。目に映る世界は瞬きの間に後ろへと置き去りにされる。男の目には直線めいた何かの影しか映らない。皮膚は剥がれ髪は燃え骨がきしむ。男は人間というよりも炎と光の塊となって、なお駆けた。


 男は、もしかしたら自分はとうの昔に死んでいて、死後の世界で一人遊びをしているだけではないかと錯覚をした。それほど、男の目に映る世界は現実離れした映像となっていた。それでも男は骨をきしませながら、血の泡を吹き出しながらさらに進んだ。ギシギシと肉体が悲鳴を上げ続けるが、それは男にはどうでもいい話だった。


 無理に無理を重ねる生涯一度の全力疾走。

 その消耗の果てに、遂に男の脳髄は限界を悟った。


 限界を悟った脳髄は、消滅を前に最期の演目を男に披露する。

 すなわち、走馬燈。

 男の今まで経験してきた世界が、矢継ぎ早に男の視界に映っては消えていく。男は走馬燈を見ることで、逆説的に自分はことを悟り笑った。


 ならば、まだ進むべきだ。


 男は駆けた。走馬燈よりも更に速く。思い出よりも尚速く。





 ────秒速1万7260メートル。ボイジャー号が地球から離れる速さ。





 速く。ただ速く。更に速く。疾走を続ける男に、脳髄は慌てた。

 このままでは走馬燈よりも速く男の命は尽きてしまう。

 窮余の一策として、脳髄は走馬燈を更に吟味し、男にとってより大切な記憶を走馬燈に組み込むことにした。


 男のこれまでの人生、楽しい思い出も煌びやかな思い出も山ほどあった。

 両親に愛されていた男は、父と山にピクニックに行ったし、海に泳ぎにも行った。母の手料理はとても美味しかったし、受験に成功した時は泣いて抱き合った。

 

 しかし、その思い出は走馬燈に現れなかった。


 昔から足の速かった男は、部活動でも目覚ましい成績を残した。特に中学最後の大会は部活の仲間たちと切磋琢磨しあうことで母校に初の金メダルをもたらした。あの日の快挙は胸に誇らしく輝いている。夏の合宿、煌々と輝く星の下で仲間たちと語り合ったことは今でも財産であると胸を張って言える。

 

 しかし、その思い出は走馬燈に現れなかった。


 代わりに走馬燈を埋め尽くした思い出は────


 ・・・・・・


 幼稚園の頃、幼馴染は芋虫を可愛がっていた。拾った木の棒に芋虫を乗せると、うじうじと動くそれを楽しそうにニシシと眺めていた。

 男は、「トンボの方が速いしカブトムシの方がカッコいい、芋虫はノロマだ」と馬鹿にした。


 ・・・・・・


 小学校低学年のころ、ごっこ遊びをする幼馴染はプリキュアの変身シーンを懸命に真似ていた。長い口上と必殺技を必死で覚える幼馴染を、「そんなことしていると隙だらけで攻撃されてしまう」と男は馬鹿にした。

 幼馴染は最近まで男に「技名を叫ぶロマンが分からない野暮天」と文句を言い、男は男で「誰がどう考えても無意味」と主張を変えなかった。


 ・・・・・・


 中学二年の頃、男の所属していた陸上部は全国大会に出場し、100mリレーで準優勝をした。男はアンカーとして懸命に走ったが、あと一歩だけ届かなかった。

 走り終えた直後、あと僅かで勝利を逃した悔しさを男は当時付き合っていた彼女にぶつけてしまい、その場で別れた。敗北と破局を同時に味わい呆然とする男に、幼馴染はボロボロの泣き顔で山のようなおにぎりを持ってきた。

「本当に惜しかった」と自分のことのように悔し泣きをする幼馴染を、男は「何故こいつは自分が負けたわけでもないのに泣いているのだ」と馬鹿にした。食べたおにぎりは塩味が効きすぎていた。

 翌年、男の所属していた陸上部は優勝を果たした。


 ・・・・・・


 高校三年の頃、男は能力に目覚めたことをきっかけに陸上部を追い出された。能力で加速できる男など、どこの陸上部であろうと在籍を認めるわけがない。

 もっとも、大半のスポーツは人類が異能を獲得したことで意義を見つめなおす必要に迫られていたのだが。

 人生の大半を走りに費やしてきた男は自暴自棄になった。男は能力を暴力的に用いてやろうと思った。自らの能力を暴力団に売り込もうと考えたのだ。男の能力ならば戦闘力として申し分がないし、周囲への破壊を無視すれば最速最強の運び屋にもなれるだろう。


 ところが、男がいざ暴力団の事務所に行こうと思うときに限って幼馴染が訪ねてきた。


「陸上やめちゃったけどさぁ~、大学とかどうすんのぉ~?」


 全く空気を読まない、弛緩した雰囲気とともに幼馴染はニシシと笑っていた。許可も出していないのに部屋に入り込みベッドにドカリとすわり、『ばかうけ』をボリボリ食う姿に男は毒気を抜かれ、暴力のことなど忘れていた。

 仕方ないので男は無難に進学、自動車メーカーに就職をすることでスピードに関わることにした。


 ・・・・・・


 化け物が現れてから丁度2年目のある日、空から岩石が無数に降り注いだ。のちに聞いた話では例の化け物が山を砕き、それを無造作に世界にばら撒いたらしい。

 空からの岩石を警戒しながら生きている人間などいない。当然男もそうだった。気が付いたときには尖った岩石が間近に迫っていた。


 その時である。普段のノロマな姿はどこへやら。幼馴染が凄まじい勢いで駆け付け、男を突き飛ばしたのだ。


 尖った岩石は男の代わりに幼馴染の胸を貫いた。即死だった。

 幼馴染はコプリと赤黒い血を口から垂らすと、何も言葉を残さないまま躯と成り果てた。あまりにも呆気ない死に様だった。


 助けられた男は、幼馴染を心底馬鹿だと思った。人間、誰だって自分が一番大切なはずだ。ここまで何とか生き延びてきたのだから男のことなど無視してただ生き延びればよかったというのに。そもそも男の能力ならばギリギリで岩石を躱すことが出来たかもしれない。


 まったくもって無茶で無謀で無意味なことだと男は思った。


 ただ、幼馴染の死体を冷たい荒野に晒すのは忍びないな、とも思った。

 男は淡々と幼馴染を埋めて小さな墓を作った。

 それだけでは寂しいので荒野を駆けて一輪の花を何とか見つけてきた。

 花を捧げるのに、汗だらけの汚れた服で墓の前に立つのは格好がつかないと思い、化け物に破壊され尽くした街を巡り、どうにかこうにか喪服も手に入れた。


 黒ネクタイを結びながら男はふと思った。

 全力で走って、あの化け物を殴らねばならないと。




 ────秒速100万メートル。太陽フレアの引き起こす衝撃波。




 幼馴染が。幼馴染を。幼馴染は。幼馴染と。

 限られた走馬燈には、退屈と笑い馬鹿にしたはずの幼馴染との日々が詰め込まれていた。のんびりとした幼馴染のニシシと音を立てる緩やかな笑顔が、男の最期の幻想に広がった。



「…ハハ‥ハハハハ!」



 男は笑った。どうやら、本当の馬鹿は自分の方であったらしい。


 何がケジメだ。

 何が走りへの欲求だ。

 何がスピードへの焦がれだ!


 男が走ったのは、ただただ怒りのため。走馬燈の大半を埋めてみせた幼馴染。その仇に対しての燃えるような憤怒。

 無駄だと分かっていても、全霊の一撃を叩き込まずには気が済まない。人類を滅ぼして見せた化け物が相手であったとしても、この一撃だけは入れねばならない。


 幼馴染を殺したあの化け物を、何もせず許すわけにはいかないのだ。


 そんな単純極まる行動原理を、自分に言い訳を重ねて気が付かぬふりをした。

 その事実に走馬燈の段階になってようやく気が付いた馬鹿な男は、改めて吼えた。


「オオオオオァァォォォ!!」


 その咆哮に意味はない。喉が割け、僅かな余命がさらに縮むだけの愚行である。ただそれでも、男は叫ばずにはいられなかった。自分のこれまでの人生と、積み重ねてきた一切合切のために、今ここに俺はいるのだと主張せずにはいられなかった。


 ギリギリと音を立てて、持てる限りの力を尽くして拳を握る。その拳に意味はない。十中八九、男の一撃は無駄打ちに終わる。ただそれでも、男は拳を握らずにはいられなかった。

 憤怒、悲嘆、悔恨‥湧き上がる感情全てを握り締め、生涯最後の一撃を準備する。


 男は走力エネルギーの全てを跳躍に用い、化け物の顔面に向かい飛び立った。その軌跡は、夜空にほんの少しだけ輝く一条の流星のようで。





 ────秒速2億9979万2458メートル。それは────光の────





 男は大きく叫んだ。




「地球一周!光速パンチ!!!!」




 文字通り全てを賭け、全てを駆けてきた右ストレートが化け物の顔面に炸裂した。その瞬間に男の拳も全身も粒子となり砕け散った。


 最後に男は、「技名を叫ぶのも存外悪くないな」と思った。馬鹿げた技名のシャウトが、地球に響く弔いの歌であると知るものはどこにもいなかった。


 化け物は果たしてどうなったのか。

 地球は、人類は今後どうなっていくのか。

 それはもう、男にはどうでもいい話だった。





 ・   ・ ・

     ・    ・・  ・・

        …・  ・    ・    …





 ────秒速0メートル。停止した世界。




 夢か、現か、幻か。

 男はどこかの空間に揺らいでいた。

 それが死後の世界と呼ばれるものか、男の死に際の妄想か、神様が最後にくれたボーナスタイムなのか。男には判断が付かなかった。


 戸惑い、呆然とする男の前に、先ほど散々走馬燈で見てきた姿が現れた。

 化け物に殺されて、男がその手で埋めたはずの幼馴染だ。

 のんびりとした笑顔と、危機感のないぽっちゃりした体形は記憶と寸分も変わらなかった。


 それが幻であっても構わなかった。男は急いで幼馴染の元に駆け寄り、ついぞ口にしてこなかった言葉を紡ごうとした。



「お…俺、俺!俺は…お前のことが!!俺は!俺は……」



 慌てて早口になる男に幼馴染はニシシと笑って言った。



「色々遅すぎぃ~」



「いつもどんくさいお前にそんなことを言われるのは初めてだ」


 だとか


「これでも俺はめちゃくちゃ速く走ってきたんだぜ?」


 だとか


「…お前が早すぎただけだろ」


 だとか


 男は色々と言い返したくなった。

 しかし、最後の最期に男はようやく素直になれた。



「…そうだな。俺が遅かった。待たせてごめんな。」



 地球一周分の回り道を素直に詫びながら、男の意識は光に溶けていった。




 幕












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