祖母と猫とティータイム

はくすや

みゃあ!

 穏やかなが、閉めきった窓を通してし込んでいた。朝はまだ寒いが昼下がりはもう春だ。

 縁側への中戸は開け放たれていた。八畳間で座布団を枕にうたたをする彼女。

 スイッチの切られた炬燵こたつの上で目覚まし時計が鳴っている。

 彼女は寝返りを打った。

 炬燵こたつのかけ布団の上で丸くなっていた猫が二匹。そのうちの一匹、黒い方が炬燵に飛び上がり、鳴っている時計にからみつく。

 もう一匹の三毛猫みけねこが彼女のほおをなめた。「みゃあ」と鳴いたのは彼女だった。

「ああ、もうこんな時間か」彼女は体を起こした。

「目覚ましも止めたのね」彼女は炬燵の上の黒い猫をでた。

 そしてかたわらにいるもう一匹にも手を伸ばす。「ありがとうね、ミケ、カザリ」

 二匹の猫はうなずくように鳴いた。

「さてと……」彼女は台所に向かった。

 猫が足許あしもとまとわりつく。

「ごめんね」と言うと二匹の猫はあきらめたようにまた炬燵こたつのある部屋に戻った。

 台所には彼女の祖母がいて、のんびりとお茶を飲んでいた。

雅代まさよちゃん、起きたの?」祖母は微笑ほほえむ。

「もう良い時間よね」雅代は止まっていたオーブンを開けた。

「あら、とても良い匂い」

「完璧ね」雅代は自賛した。

 仕掛けていたガトーショコラの甘い匂いが部屋に広がった。

 菓子を取り出してます手順にうつる。

「夕方には食べられるかしら」雅代は言った。

「明日の方がもっと良いわよ」祖母が言った。

 昨年の夏、祖父が亡くなり、この家には祖母が独りになっていた。

「じゃあ泊まっていくね」雅代は笑う。

 ときどきこうして祖母がいる家を雅代は訪れていた。

 一人住まいをしている自分のマンションにはオーブンがない。気まぐれにお菓子を焼こうとしたら祖母のところへ来るしかなかった。

「ちょっと遅れたホワイトデーなの」

「あらホワイトデーなら雅代ちゃんがもらう方では?」

「私、バレンタインは貰う方が多いから」と雅代は笑った。

「そうね」

 祖母はにこやかにうなずき、ダイニングキッチンの壁に飾ってある写真を見上げた。そこには魔法使いのお婆さんや男装の麗人にふんした雅代の姿があった。

「お芝居は続けるの?」

「うん、そういうのができるところに就職したから」

 大学を卒業し四月からは社会人だ。劇団では何のやくでもこなした雅代だったが、本物のOLになる。

「お給料が入ったら何かご馳走ちそうするね」

「楽しみね。少しくらい硬いものでも大丈夫よ」

「それは鉄板焼をご所望しょもうってことかしら?」

 亡くなった祖父がよく銀座まで鉄板焼を食べに連れていってくれた。それを思い出して二人はなつかしくなり目を細めた。

「今はチョコレートの匂いを楽しみながら紅茶を飲みましょう」

 ケトルがカチッと鳴った。

 祖母と過ごす午後。洋菓子を焼いては居間でうたた寝をする。

 ほぼ一、二時間おきに目覚まし時計が鳴るようにセットしている。それで起きなければ二匹の猫が起こしてくれるのだ。

 ここではゆっくりと時間が流れる。雅代にとっては、ある意味リフレッシュするためにこもる異空間だった。

 チョコレートの匂いを堪能しながら、祖母は緑茶を、雅代はアールグレイを口に含んだ。

 舌をやけどし、雅代は思わず「みゃあ」と洩らした。

「あらあら」と微笑む祖母。

 雅代は自分のこめかみに小さなこぶしをあてた。

 春はもうすぐだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祖母と猫とティータイム はくすや @hakusuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ