第50話 悪女断罪

 カツンカツン、と靴のかかとが響く地下空間に、クリスティーナはシキに先導されてやってきた。

 シキが足を止めた先には、二室の牢屋があった。



「閣、下……」


「あれ、目覚めんたんだね。クリスティーナ」


「おかげさまで。今度は立場が逆転しましたわね。ジェレミーお兄様、エドワード」



 牢屋に入っていたのはジェレミーとエドワードだった。

 クリスティーナが目覚めた翌日、シキに現状を聞いてここに訪れたのだ。


 シキによると、クリスティーナを救出しにきた第三師団は、首謀者であるジェレミーとエドワード、それに離宮を防衛していた第二隊を拘束し、地下牢に投獄した。



「君が来たってことは、処分でも決めるのかな?」


「そうです、殿下」



 まだ処分は下されていなかったのか、とシキとジェレミーの会話に内心目を見開いた。

 皇族同士とはいえ、皇女を誘拐し帝国の決定に背いているのだ。

 すでに何かしらの処分がくだされていると思っていたのだが。



「皇太子殿下はこの件を重くみています。ジェレミー殿下は廃嫡の上、国外追放。第二隊は解散及び帝国軍法違反者に対して処罰。エドワード・トリアトトは皇族に対しての罪、さらに帝国軍法違反も重ね、死刑宣告をしてもかまわない、そうおっしゃっています」



 シキの言葉に、誰かの唾を飲み込む音が響いた。

 レオンハルトの処罰の内容は妥当のように思えたが、クリスティーナはどうしても引っかかりを覚えていた。



(レオンお兄様はどうしてこの処分の通達を、帝宮や帝国軍本部で行わなかったのかしら)



 関わっている人間の身分を考えると、この場所で行うには違和感がある。

 帝宮や帝国軍本部で行うと公になるが、ここで行えば内密に処理できる。



(なるほど。レオンお兄様はジェレミーお兄様たちを利用しろ、と言っているんだわ)



 レオンハルトが皇太子に即位し、次代も盤石だと国内外で思われている。

 それに納得できていないのが第二皇子派だ。

 長きに渡る対立に対して、兄はそろそろ引導を渡したいのかもしれない。



(それにレオンお兄様やお母様に手を出されて、わたくしが黙っているわけないでしょう。いいわ、お兄様のご期待に応えましょう)



 クリスティーナは小首を傾げて、口の端を上げた。



「レオンお兄様も残酷な決定をなさるのね。でも、わたくしは納得できないわ」


「へぇ、兄上の決定が不服なんだ。クリスティーナ、言うねぇ」



 ジェレミーが軽口をたたいているが、内心焦っているのが手に取るようにわかる。

 クリスティーナはふふ、と笑った。



「ジェレミーお兄様、わたくし、記憶を取り戻したの」


「……それで?」


「わたくしは復讐したいの。そのために、あなたたちを使うわ」


「使う?」


「そう。あなたたちを使って第二皇子派を潰すわ。第二皇子派に密偵を送りたかったのよ。わたくしもレオンお兄様も。だから」


「だから?」


「わたくしの下僕になりなさい」



 悪女らしく言い放つと、牢屋にいる誰もが目を丸くした。



「ジェレミーお兄様、第二隊をわたくしにちょうだいな。魔導士が味方にいたらとても便利だわ。表向きは今まで通り、お兄様が指揮官だけど実権はわたくしよ。それとジェレミーお兄様は、第二皇子派の情報を逐一流してもらうわ」


「僕がそんなことするとでも?」


「するわ。お兄様もうんざりでしょう? 皇帝になりたくなかったら、わたくしに協力するしかないわ。毒を食らわば皿まで、ってお兄様の得意分野でしょうし」


「……そうだね。クリスティーナの言う通りだ」



 ふう、と息を吐いたジェレミーが諦めたように言うが、どこか吹っ切れているように見える。



「それと……エドワード」



 急に名前を呼ばれたエドワードが、びくりと肩を震わせた。



「エドワードは皇太子殿下の処罰通りにして?」


「それは閣下がオレの死を望んでいると……」


「ええ。一度死んで、皇太子殿下の元で働いてもらうわ」



 にこりと目を笑ませれば、エドワードがずるりと座り込んだ。



「お兄様、海外で自由に動ける密偵を欲しがっていたのよ。ドルレアンを第二皇子派が動かせると分かった以上、他の国の情報も欲しいところ。これまで副官として、わたくしとともに海外を渡り歩いていたエドワードなら適任よ」


「クリス閣下……」



 震える手で牢屋の鉄格子をつかんでいるエドワードに近づき、クリスティーナはエドワードの顎をくいっと指で上げた。



「エドワード、もうわたくしを裏切らないでね。あなたはわたくしのものよ」



 悪女らしく嫌味たらしく、それでいて艶やかに笑った。









「目標確認、ガーゴイルです」



 出動要請に従って、第三師団は戦空艇で出撃していた。

 戦空艇が向かう進路の先には魔獣ガーゴイルが五体いる。



「数は五体。距離百二十。ティナ、どうしますか」



 戦空艇の指令室で、クリスティーナの隣にいるシキが報告する。

 長く副官を務めてくれていたエドワードはもういない。

 レオンハルトの下で、隠密部隊として海外で任務を遂行しているだろう。



「まずは魔導弾を撃ち込みましょう。できうる限りダメージを与えたところで、戦闘部隊と魔導士団第二隊を出撃させる」



「了解。総員に告ぐ。魔導弾装填の準備、および戦闘部隊と魔導士団第二隊は、カヴァルリーでの出撃準備を開始せよ」



 ジェレミーに要求した通り、魔導士団第二隊はクリスティーナが実権を握り、時折ともに出動して作戦を遂行している。

 ガーゴイルもワイバーンと同じく空を飛ぶタイプで、魔獣の中では厄介な部類に入る。

 しかし、空という同じ土俵で戦える第三師団に、魔導士団第二隊がいれば余裕だろう。

 クリスティーナが率いる第三師団は、エドワードは失ったが大幅な戦力アップを成し遂げていた。



「距離五十まで詰めて。魔導弾を撃ち込むわよ!」



 団員たちがすばやく次の行動に移した。

 戦空艇に搭載されている大砲がぐるりと動き、ガーゴイルに照準を合わせていた。



「戦っている時が、一番生きてるって感じがしていたけれど……」



 ガーゴイルを見据えて、クリスティーナは呟いた。



「今は違うと?」


「ええ。確認しなくても大丈夫みたい」


「それは良かったです。確認したくなった時はいつでも付き合いますからね。夜に」



 シキがにっこりと微笑むと、真っ赤な顔をしたクリスティーナが、勢いよくシキの背中を叩いた。



「お二人さん。俺たちが出撃する前に、イチャイチャするのはやめてくれ」


「すみません、マルス」


「マルス、イチャイチャなんかしてないわ!」



 戦闘部隊として出撃しようとしていたマルスが呆れながら言った。



「まあまあ、マルスさん。お二人が婚約者としても仲が良いのは良きことですよ」


「推しの幸せは私の幸せとでも言うんだろ?」


「もちろんです!」


「モニカ。も、もういいから。そろそろ撃つわよ」


「はい!」



 精神を削られたクリスティーナだが、師団長の表情に戻す。

 クリスティーナの視線の先には、ガーゴイルが映っていた。


 本日も作戦は無事に完遂されるだろう。

 この後は皇女として、婚約者とともに夜会への出席が控えている。

 クリスティーナはいつにも増して忙しい一日を過ごすが、愛して支えてくれる人がいるから大丈夫だ。



「さぁ、始めましょうか」



 クリスティーナは艶やかに微笑んだ。






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7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない 結田 龍 @cottoncandy8

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