第49話 婚約継続
「あ、れ……?」
「目が覚めましたか? なかなか目覚めないから心配しました」
いつかの言葉と重なる。
クリスティーナはうっすらと瞳を開けると、そこには安堵した表情のシキがいた。
手のひらにはさらりとしたシーツの感触があり、自分が寝かされていることに気づく。
「……ここは?」
「ザートツェントル家が所有する城の一室です」
辺りを見回してみると、気品のある調度品が並べられた、典型的な貴族が好む部屋だ。
あの時と違うのは、見慣れた帝国調のものが置かれていること。さすがザートツェントル公爵家といったところか。
ゆっくりと体を起こすと、ベッドの傍にいたシキが支えてくれた。
「体の具合はいかがですか? 痛いところは?」
「少し気怠いくらいで痛いところはないわ。どれくらい目覚めなかったの?」
「一週間くらいですね」
「ナウシエト遺跡の時と同じね。わたくし、魔力を暴走させたのかしら?」
シキが目を見開いた。
クリスティーナはその表情で、シキが何もかも分かっていると悟った。
「何があったのかを覚えているのですか?」
「ええ。今回はハッキリと何が起こったのか覚えているわ。魔力を暴走させると体力をとても使うのね」
「……そうですね」
ちらりと視線を移せば、シキが目を伏せていた。
「シキは……幼い頃からわたくしを知っていたのね」
「どうしてそれを!?」
はっと顔を上げたシキが、目を丸くし息を飲んだ。
「ティナ、まさか記憶が……?」
「ええ。ジェレミーお兄様に拘束魔法をかけられて、頭が締めつけられたのよ。その衝撃かしら、徐々に記憶が蘇ってきたわ」
「拘束魔法を!? ティナ、すみません。早く助けられれば良かったんですが。無理やり記憶を引きずりだすと、悪影響が出る場合があるんです。しっかり医者に診てもらいましょう」
焦った表情で、すぐに誠実に対応しようとしてくれるシキに、クリスティーナは安堵した。
「あなたはいつもわたくしを守ってくれるのね。今も、過去も」
「ティナ……」
「ありがとう……シキお兄様」
クリスティーナは少女の頃と同じように呼びかけた。
はにかみながら伝えるとシキの腕が回り、ぎゅっと抱きしめられた。
「本当に思い出してくれたんですね。想い人であるティナを守るのは当然ですよ」
「お、想い人って」
(あの記憶の中では、結婚の約束をしていたけれど……)
「私は十五の時から、ティナを愛しています」
驚いて顔を上げると、シキが甘く微笑んでいた。
ぼんと瞬間的に真っ赤になったクリスティーナは、恥ずかしくてシキの胸に顔を隠してしまった。
あんまりきれいに笑うから、記憶の中のシキと重なった。
――ありがとう。私は一生ティナを大事にすると誓うよ
あの言葉は本当だったんだ、とじわじわと実感が出てきた。
照れてしまったクリスティーナは、ごまかすように気になっていたことを口にした。
「で、でも、シキは婚約したくなかったんじゃ……」
「え? 私、そんなことを言いましたか?」
驚いた声に再び顔を上げると、シキがきょとんとしていた。
「だって帝国に帰還した後、レオンお兄様のところへ訪ねたんだけど、その時に……」
その言葉にシキは徐々に顔が曇り、短くため息を零した。
「まさか聞かれてしまっていたのですか」
「本当だったのね……」
「そうですね。私と婚約してもしあの事件を思い出したら、と思ったんです。私はティナが悲しむのを見たくない。でも結局、思い出してしまいましたけど」
伏し目がちに告白された真実に、クリスティーナは胸が跳ねた。
「私はあの事件であなたの一番近くにいました。トリガーになる確率は十分にありましたし、何よりティナを守れなかったことをずっと後悔していました」
「後悔だなんて……あの時、あの場所であなたが守ってくれなかったら、わたくしは生きていなかったと思うわ。だから、後悔なんてしないで」
ぎゅっと服をつかみ強く訴えると、シキがふわりと微笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます、ティナ。私だけじゃなく、レオンもあの事件の重荷を背負わせたことに、責任を感じているんですよ」
「お兄様が?」
「ええ。あの場所にいませんでしたからね。兄として守りたかった。そう零していましたよ。だから第二皇子派のこともあったでしょうが、本国にいて記憶が戻ることを心配していたんです」
「もしかして、わたくしを国外と婚約させていたのって……」
「あなたの幸せを願ってことですよ。レオンは妹姫を大事にしていますからね」
「そうだったの……」
まさか兄がそんなことを考えているなんて。
なぜ自分が何度も婚約させられていたのか、やっと理解ができた。
自分が思っていた以上に大事されていることに、兄の気持ちがくすぐたかった。
「私もティナの幸せを願っています。ただ……」
「ただ?」
「本当は、私がティナを幸せにしたいんです」
「シキ……」
シキの真摯な言葉に、クリスティーナの鼓動が跳ねた。
「ティナ。まだ婚約破棄したいですか?」
「どうしてそれを!?」
己の願望がばれていることに、クリスティーナはぐっと押し黙る。
「ティナはこれから魔力コントロールを学ぶ必要があるでしょう? 私なら傍で教えられますが」
「それは、そうね」
「これからも副官として支えますし、研究所に出入りもできますよ? 何より私はティナを軍人として否定しません。ティナが生き生きと幸せそうにしているのを見るのが私の幸せですから。だから、私と婚約してください、ティナ」
熱の籠った瞳で告白され、クリスティーナは目を瞠った。
確かにクリスティーナのアイデンティティーを否定しなかったのはシキだけだ。それはこれまでの婚約者が蔑ろにしてきたもの。
大事にしてくれていたから、彼の傍は居心地が良いと感じていた。
それにシキだけは、最初から触れられていても嫌じゃなかった。
むしろ触れていいのは。
「……こうやって触れるのを許しているのは、シキだけよ。婚約は継続でいいわ」
クリスティーナの返事に、シキの瞳が甘く溶けた。
「ありがとうございます、ティナ。良かった。自分からちゃんと婚約してほしい、って言いたかったんですよね。ティナに先を越されていますから」
「あ、あれは!」
「あ、それもちゃんと思い出しているんですね」
記憶を思い出したティナにすれば、昨日のことのように感じられてしまう恥ずかしい記憶。
にこにこと嬉しそうにこちらを見るシキを見ると、ティナはいたたまれなくなりそっと視線を外した。
「これで堂々とイチャイチャできますね。レオンも安心するでしょう。これからもよろしくお願いしますね、ティナ」
ちゅっ、とかわいらしい音が鳴ったと思った時には、すでに口づけられた後。
ピシリと固まっているクリスティーナの唇に、シキがとんとんと指で触れた。
「今も過去も、ここは私だけのものです。だから誰にも触れさせないで」
シキの言葉に行動に初心なクリスティーナは羞恥心が限界を超えし、顔を見られないように慌ててシキの胸に顔を埋めた。
そんなクリスティーナの行動はシキを喜ばせるだけで、嬉しそうにぎゅっと強く抱きしめられたのは言うまでもない。
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